お嬢様と一緒にベッドイン
「本当に危なかったわね……。どうなることかと思ったわ」
「そ、そうだね……」
大浴場での大騒動をどうにか無事に切り抜けた僕達は、サーチャの部屋へと戻ってきていた。部屋には相変わらず甘くとろけるような香りがほのかに漂っている。
サーチャは花柄のついた白い薄手のネグリジェに着替えていた。そして僕もサーチャとお揃いのネグリジェを着ている。身体のラインが分かりそうな薄さでなんだか恥ずかしい。そして目のやり場に困る。
「まったく、メトリの女好きには呆れたわ。まさか大浴場に入ってきてまでアンタのことを狙ってくるなんて」
「う、うん」
メトリさん女好きだったのか。だから食堂でもずっと見られていたんだろうか。刺激的なメトリさんが僕の事を--
だめだ。どうしても大浴場での出来事が頭から離れない。
「アンタ、さっきから何もじもじしてんのよ。 まさか大浴場でのこと思い出してんじゃないわよね!?」
「おおお、思い出してないよ!」
「嘘ね。その慌てっぷり、赤くなった顔、そしてピンと張った耳を見ればわかるわ」
サーチャはじとっとした目で僕を見ている。完全に見透かされてしまっているようだ。
大浴場でのこと。僕はそれだけで頭がいっぱいになる。改めて考えてもとんでもない状況だった。
「でもまあいいわ。あれはあれでしょうがなかったと割り切るしかないし。……さて、そろそろ寝るわよ」
サーチャからもっと罵声を浴びせられたりするんじゃないかと思っていただけに、あっさりと済んで内心ほっとする。
さて、これでやっと安心して寝れるかな。
僕は絨毯の敷かれた床に寝転がった。すると、
「なんで床に寝転がってんのよ。アンタが寝るのはこっち」
サーチャが指さしたのは、サーチャが毎日寝ていると思われるふかふかのベッドだった。
「え、でもサーチャは……?」
「アタシもベッドよ。……その、変なことは絶対にしないでよね」
「いやいや、さすがに一緒のベッドはまずいよ! ダメだよ!」
サーチャは一体何を言っているのか。僕は全力で拒否する。しかし、
「一緒に寝ないと逆にダメなのよ! じゃないとメトリの魔の手に襲われてバレちゃうわ! だから、アンタはアタシと一緒に寝ること! いいわねっ!」
僕の中のメトリさんがどんどん崩れていく。出会った頃の気品あるメトリさんはもういない。今この屋敷にいるのは、一番の危険人物と化したメトリさんだ。
そして僕達はそんな危険人物から身を守るため、同じベッドで一緒に寝ることになった。
お互い反対を向いて一つのシーツに入る。
しかし、やはり簡単には寝れそうにない。僕のすぐ側には女の子であるサーチャがいるのだ。
シーツからサーチャの温もりが伝わり、まるでサーチャに包まれているかのようである。ここ最近はどきどきの連続で心臓がどうにかなってしまいそうだ。
僕は今にも心臓が破裂しそうだけど、サーチャはどうなんだろうか、どきどきしてないんだろうか。
気になった僕は身体の向きを変えてサーチャを見てみることにした。すると、どうやらサーチャも眠れなかったようで、丁度同じタイミングで身体の向きをこちらに変えた。そしてばっちりと目が合う。
「サーチャ、僕、眠れないや」
「私もよ」
お互いに眠れないのを確認。僕はこういう状況の時、どうすればいいのかを知っている。
そして僕はそっとサーチャの手を握った。
サーチャの手は小さく、そして温かかった。
「ひゃっ! ちょっとシエル! 何してんのよ!」
「サーチャ。こうやってね、手を握ってると、なんだか不思議と落ち着いてくるんだよ」
僕も実際に体験している。これで落ち着いて眠れるはずだ。しかし、
「こんなんで眠れる訳ないじゃない! もうっ!」
逆に覚醒してしまったようだ。サーチャには効かないのだろうか。
そんなことを考えていたところ、
「でもまあ、ちょっとだけ落ち着いてきたかもしれないわね。その、ありがとう。……それより、このままちょっと話しましょうよ」
ちょっとだけ落ち着いたらしいサーチャが話しかけてきた。僕は頷く。
「シエル、今日は本当にありがとう。その、マザーベアから助けてくれて」
「サーチャが危ない目にあってたんだもの。当然のことだよ」
改めてサーチャは感謝の言葉を僕に伝えてきた。それにしても、マザーベアから襲われたのは今朝のことのはずなのに、それから色んなことが起きすぎて遠い昔のように感じる。
「前もこうやって助けてくれたわよね。三年前のことだけど、覚えてる?」
前も? あ、すっかり忘れていた。僕は以前もサーチャを助けた事があったんだった。
「今思い出したよ。確かあの時は森でベビーベアに襲われそうになってたのを、偶然僕が見つけて助けたんだっけ」
「そうよ。懐かしいわね。あの時も助けてくれてありがとね」
今思えばあれがサーチャと僕が初めて出会った時だ。こんなに綺麗な服を着た緋色の巻髪の子がこの辺りに住んでいるんだ、なんて思ったっけなあ。
そしてあの日以降、サーチャはパンと嫌味な言葉を毎日のように持ってくるようになった訳であって。
あ、そういえば質問の答えを聞けてなかったな。
「サーチャ、今朝聞いたこと覚えてる? 何でパンをいつも持ってきてくれるのかって質問だけど」
僕は改めてサーチャに聞いてみた。すると、
「何でって……。その、す、好きだからよ! パンが! アタシはパンが好きなの! だからアンタにも毎日食べて欲しくて……」
そうか、だから今朝はあんなにうろたえていたんだ。
そりゃあ『私はパンが好きだからアンタにも毎日食べて欲しい』なんて言葉、突然人前で言いたくないよな。ふふっ。
「サーチャ、僕も好きだよ。パンの事」
僕はサーチャを勇気づけるかのように、パンが好きであることを打ち明けた。
「もう、私のバカ……」
「サーチャはバカじゃないよ」
「ちょっ! 今の聞いてたの!? この、シエルのバカ!」
こうしてこの後も僕とサーチャの話は続き、夜は更けていった。
--
次の日。
カーテン越しに光が入ってきているのを見た僕は、いつの間にか眠ってしまい、そして朝を迎えたことを知った。
目の前にはサーチャの寝顔がある。サーチャはぐっすりと深い眠りについているようだ。いつもの強気な性格が嘘のように優しい寝顔をしている。この寝顔のようにいつも優しかったらいいのにな。
なんてことを思いながら僕は身体を起こそうとした。しかし、サーチャがいる方とは逆の方からも何か温かな気配を感じた。というか背後から抱きつかれている。背中には何かぽよよんとしたものが押しつけられている感触がする。
僕はゆっくりと後ろに向きを変えた。
するとそこには--
「うえへっ!?」
驚いてしまい声が出てしまった。
な、なんでメトリさんが一緒に寝ているんだ!?
「ふえっ?」
僕の声でサーチャも目覚め、寝ぼけた声を発する。まだ何が起きているか理解できていない様子だ。
サーチャと一緒に寝ていれば魔の手からは逃れられるかと思っていたが、まさか予想の上を行かれるとは思わなかった。一緒のベッドに入ってくるとは……。
僕は慌てて着衣の乱れがないか確認をした。
どうやら何もされてはいないようだ。よかった。ほっと安心する。
と、僕が身の安全を確認しているうちにメトリさんも目覚め話しかけてきた。
「エル様、おはようございます。お目覚めはいかがでしょうか」
「し、衝撃的な目覚め……です。少し刺激が強いといいますか……」
「それはそれは。このやわらかさが刺激的だなんて、光栄です」
「わっ! ちょっと、メトリさんっ!?」
と言うと、メトリさんは胸のたわわを惜しげもなく僕の胸に押し付けてくる。
そして僕がしどろもどろしている最中にサーチャも完全に目覚めたようで、
「なななな、なに勝手に部屋に入って一緒にベッドで寝てんのよ!」
「申し訳ございません、お嬢様。私もエル様と添い寝をしたいと思いまして、つい先程ベッドへと侵入していまいました」
「早くベッドから出て!」
「あと五分……いや、五十分だけ……」
メトリさんはそう言うと、僕を抱き枕のように、さらにぎゅっと抱きしめてきた。たわわで潰される……。
「だめっ! 五秒でベッドから出て!」
サーチャも負けじと僕を抱きしめ、メトリさんから引き剥がそうと躍起になっていた。
両方向からのぽよよんたわわ攻め。僕にはどうすることもできない。陥落するしかない。
僕にとっては刺激が強過ぎる朝だ。
その後、しぶしぶとベッドを出たメトリさんは、急遽執事モードへ切り替え、朝食の準備に向かった。やっとこの部屋に平和な朝が訪れた。
「ふぅ……。やっと去ったわね」
サーチャは安堵の表情を僕に向けている。
「サーチャ。その、もう抱きしめなくていいから」
僕はそっとサーチャに告げた。
ようやくサーチャも思いっきり抱きしめていたことに気付いたようで、
「ひゃああああっ!!」
今までに聞いたことのない声をあげた。




