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異世界軟弱物語  作者: よっきゃ
第一章
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ベッド脇のコスプレ美少女

 随分と長い間眠っていた気がする。闇の中をずっと彷徨っていたような、時を渡っていたような、そんな感覚だった。

 劇場の幕を上げるようにゆっくりと目蓋を開けていく。じわりじわりと光が眼内へと射し込んでくる。暗から明への切り替わりに目が対処しきれず、眩しくてチカチカしてしまった。


 ここは……病院だろうか。

 俺はどうやらベッドに寝かされているらしい。木目調でどこか温かみのある天井だけが見えている。


 なんとか俺は一命を取り留めたようだ。腹部はまだ少しズキズキと疼いているが、刺された時のような激痛は感じない。ほっと一息つき安堵する。


 そして別の不安が脳裏をよぎる。



 --姫は大丈夫だったのだろうか。



 ふと、姫の横たわる姿がフラッシュバックしてしまった。どうか無事でいてほしい。

 もしかしたら、同じ病院に運ばれているかも知れないな。


 そう思い姫を探す為に動き出そうとしたが、俺にかけられている布団を退かすことができなかった。


 右手が動かない--


 まさか後遺症で右半身不随になってしまったのか……?


 いや、違う。

 俺の右手が何かによって押さえつけられているような感覚がする。


 俺は原因を確かめるために、ぐいっと顔を横にずらし右手の方を見てみた。

 するとそこには--見知らぬ女の子がいた。


「うわっ!」


 驚きのあまり思わず声が出る。


 なぜ女の子が……?


 訳が分からない。

 なぜ女の子がベッド脇から上半身だけ身を乗り出し、そして俺の右手を握って眠っているのか。


 俺は未知の生物を観察するかのように、まじまじと女の子を見てみることにした。

 穏やかな顔で幸せそうに眠っている。肌は雪のように白く、睫毛が長い。丸っこい顔で、ぷるんとした唇が印象的だ。年齢は高校生くらいだろうか。

 まあ端的に言うと、かわいい。この一言に尽きる。

 というか、女の子ってこんなに睫毛が長かったんだな……。


 その一方で圧倒的な違和感も感じる。いや、むしろ違和感しかない。その、なんというか、普通の女の子ではない。


  まずは髪の色。水色でありながら、氷のような透明さも入り混じっている。限りなく透明に近い水色とでも言えばいいだろうか。俺の黒髪とはえらい違いだ。

 じっと女の子を見てみると、肩くらいまでの短めの髪が、女の子の呼吸に合わせて静かに揺れていた。深く眠っているようだ。


  そしてもう一つ違和感を感じるモノ。それは服装だ。

  ナース服ではない別の何か、例えて言うならば、魔法養成学校の生徒が着るようなローブに似た服を着ている。茶色を基調としたベーシックなローブだ。


  なぜ病院でこんなコスプレのような格好をした女の子が、俺の右手を握って眠っているんだろうか。訳が分からず様々な事を考えるが、何も思い浮かばない。


 ……いや、今日は何日だ?

 そう考えた瞬間、俺に電流が走る。

 ざわ……ざわ……

 と脳内が活動を始めた。


 確か姫のライブは十月三十日だった。そして俺が眠っていたことも勘案すると、今日は十月三十一日、ハロウィーンだ。

 そうだ。だからわざわざこんなローブを着ているのだ。そうに違いない。


 そしてこの状況……。ふむ。これはまさにトリックオアトリート。きっとイタズラに違いない。

 真実はいつもひとつ。そう、ハロウィーンによるイタズラ。これが真実だ。


 俺は通常の人間なら混乱して迷宮入りしてしまうようなトリックを見事に見破ったのだ。間違いなく俺は天才だ。


 ともあれば、こちらもイタズラを返さねばなるまい。やられたらやり返すの精神だ。

 そうだな……。とりあえず胸でもまさぐってみるか……。


 俺はそう考えるやいなや、何のためらいもなく女の子の胸へと手を伸ばす。そして程よい弾力とふよふよとした柔らかさを確認した。

 するとその瞬間、身の危険を感じたのか女の子が起きてしまった。そして目と目が合ってしまった。


 なんて最悪のタイミングなんだ……!

 うむ。こんな時はとりあえず挨拶だ。



「ハ、ハロー?」



「キャーーーーッ!!!」



 ---



「ふむ。つまり、君は俺の看病をしている内に、そのままうとうとと寝てしまった、という訳だ」


 強烈なビンタを頬にお見舞いされ、紅葉のように鮮やかに咲いた手の跡を擦りながら話す。


「そうですよ、この変態」


 ぶっきらぼうな口調で答えられた。女の子はご立腹のようだ。頬を赤く膨らませプイッと逆を向く。


 なぜ俺の手を握って寝ていたのかを聞き出すのに、これほどの時間がかかるとは……。

 何十回も謝ってやっとこんなに話してくれるようになったのだ。大変な苦労だった。次からは安易に胸を触るのは絶対に止めておこう。絶対に。……たぶん。


「まずはお礼を言わないとな。看病してくれてありがとう」


 感謝の言葉を伝えたものの、女の子の機嫌は悪いままだ。そっぽを向いて目を合わせようとしない。


 ……まあいいや、そんな事より、他にも色々と聞きたいことがあるし、質問をぶつけてみよう。


「そういえば、俺以外にもう一人、腹部を怪我して入院してるかもしれない人がいるんだけど、知らないかな? お姫様みたいな人なんだけど」


「にゅういん……? お姫様……? お姫様は元気ですけど」


 女の子は、ちらっとこちらを見て返答した。

 どうやら、姫は元気のようだ。ほっと胸を撫で下ろす。


「ところで、どうして君はそんな格好をしているのかな?」


「私のことを上から下までじろじろ見るような変態には教えたくありません。この変態」


 しまった。本能的にいやらしい目つきで女の子を見てしまった。気をつけなくては。


「ちょっと看護師さん、またまた〜。教えてくれたっていいじゃないですか〜。あ、今日はハロウィーンなんでしょ? だからそんな格好をしてる」


「かんごし? はろうぃーん? 何ですかそれ。変態の変態による変態のための変態用語とかですか」


 え、まさか、本気で看護師やハロウィーンを知らない……?


 急激な不安が俺を襲う。


「単刀直入に聞くけど、君は看護師なんだよね……?」


 それに対する彼女の答えは--


「私、召喚士ですけど?」



 俺は、目の前が真っ暗になった。



 --



「急に気を失うからビックリしましたよ……。その、体調は大丈夫ですか?」


「衝撃的な事を言われたり、変態と連呼されたりしたもんだから、心が耐えきれなくなってつい気を失ってしまった。でも、もう大丈夫」


 女の子が作ってくれた食べ物、俺達の世界で言うところの『おかゆ』のようなものをもそもそと貪りながら答える。


 薬草らしきものが混ざっているせいか苦味を感じる。あまりにも苦いので残そうかとも思ったが、『料理を粗末にすると天罰が下る』という俺のばあちゃんの教えを思い出し、一気に全てを平らげた。


 食べたら元気が出てきた俺は、ベッドから起き上がりリビングと思わしき別室へと移った。

 室内を見渡すと、木造の箪笥の他にどこかの街が描かれた絵画、食器棚、そして杖が数本壁に飾ってあった。

 また、リビング以外の部屋に続く廊下も見受けられた。

 察するに、ここは病院のような医療機関ではない。この女の子の家のようである。


「あの、エッチなことされてイラっとしたとはいえ、ちょっと言い過ぎたかもしれません、反省します。ごめんなさい」


「いやいや、こちらこそ色々と悪かった。その、ごめんな」


 俺は、『異世界』へ召喚された。


 この女の子によって。


 頬を引っぱったりすると夢から醒めるとはよく聞くが、ついさっき引っぱるどころか思いっきり頬を引っぱたかれた俺には分かる。これは夢ではないと。


 真実はいつもひとつ。これは真実だ。

 正直信じられないが、これは現実だ。


「とりあえずもう一度確認だが、俺は『パルフェニア』という名前の『異世界』に召喚された、ということで間違いないな?」


「はい、間違いありません。それと、この質問は既に七回目です」


 まだ気が動転しているようだ。七回も同じ質問をしてしまった。



 異世界か……



 いや、いやいやいや。

 まあ確かに、俺は刺されて意識を失う間際に


『俺は……この世界にはいられない……』


 なんてふざけたセリフを吐いたけどさ。

 いや、まさか……


 異世界? パルフェニア?

 そんなスウィーツみたいな名前の世界に飛ばされても……


 だめだ、理解が追いつかない。

 ここは異世界です、と宣告されるとこんなにも不安定な気持ちになるとは。心の整理が全くつかない。また気を失いそうだ。


 というか、今気付いたが言葉は普通に通じているようだな。日本語と言語が似てるのか?


「あ、ちょっと聞いていいかな? 俺の言葉の意味、通じてる?」


「私をバカにしてるんですか?」


 とりあえず通じているようだが今の会話は成立していなかったと思う。というか今のは俺の言い方が悪かったな。

 ということでもう一度、女の子が理解できるように説明をした。


 そしてこの子が説明するには、俺の言語が通じているのも、俺がこの子の言語を理解できているのも、全て魔法の効果らしい。

 通称『言語理解の魔法』を俺にかけたらしく、そのおかげで難なくコミュニケーションがとれるようになっているとのことだ。

 ただ、百パーセント通じる訳ではないとのこと。


「おっぱい」


 唐突に下ネタをぶっ込んでみたところ、


「急にそんな言葉を言うなんて、やはり変態ですね」


 と、ゴミを見るような目で返されてしまった。どうやらおっぱいは下ネタという概念で存在しているようだ。とりあえずおっぱいが共通の言語であったことに安堵する。


 それからも色々な言葉を呟いてみた。

 そして分かったことは、この世界にないモノ、例えば電車とかロボットとか、そんな俺が元いた世界にしか存在しないものを言葉にしても、通じなかったということだ。


 だが逆に言うと、その特定の言葉以外は通じるということだ。そう考えるとなんて便利な魔法なんだろうか。


 この便利さは、まるであの国民的アニメに出てくる道具--翻訳ができるこんにゃくのようだ。

 そう思い始めると、この子が未来から来た青いネコ型ロボットに見えてきた。まあ、そう見えてしまうのも、この子の髪が水色という点が少なからず影響しているんだろうけど。


 あ、この子がネコ型ロボットということは、俺は昼寝をしてのびのび過ごす彼の役割を演じていいということか……?

 俺は、異世界でのんびりごろごろとスローライフをする姿を想像してみた。うん。素晴らしい。実に最高の異世界生活になりそうだ。俺ワクワクすっぞ。



 と、話がずれてしまったが、とにかく言語のことで心配することはなさそうだ。

 ということで続けて色々と気になることを聞いてみることにしよう。


「えーと、そもそもどうして召喚しようと思ったのかな?」



「それはですね、その、世間のブームに乗っかったというかですね……」


 なんか急に歯切れが悪くなったな。ちょっと詳しく聞いてみるか。


「ブームっていうのは?」


「今、このパルフェニアでは召喚ブームが来ているんです。私も召喚士の端くれとして黙っていられなくて。それで、その、やっちゃった訳でして…」



 どんな訳だ。


「具体的にはどんな召喚ブームなのかな?」


「白くてもふもふした動物を召喚して、ペットとして契約するのが流行っているんです。その、若い女召喚士の間で」


「ふむふむ。じゃあ俺は、この世界のトレンドに乗っかっちゃった君のお陰で、召喚されたということでオーケー?」


「その通りです」


 なんということでしょう。

 俺は女の子の軽いノリで召喚されてしまい、この異世界へやって来てしまったらしい。


 もしかするとこの世界での召喚は、俺達の世界で言うところのコックリさんをやるような感覚なのかもしれないな。

 と思うと何故か納得……って、そんなわけあるか!

 気軽に召喚なんてしないでほしいものだ。


「そもそも、俺は白くてもふもふなんてしてないぞ」


 と言い、もそもそと黒いもっさもさな頭を触ってみる。うん。我ながらもっさもさだ。


「はい。私が思っていた動物とは全然違います。全くの真逆です」


「じゃあなんで真逆な俺が召喚されることになってしまったのかな? あ、もしかして君、実はウッカリさん?」


 俺が尋ねると、


「私、ウッカリさんじゃないですっ! ただ……」


 と口にして、女の子は黙り込んでしまった。



「ただ?」


「た、ただっ! 私が未熟なだけなんですっ!」


 女の子は顔を真っ赤にしながら、そう答えた。


 そして続けて、


「私、この世界の精霊は召喚できるんですけど、異世界召喚は全然できなくて。これまで何度やっても失敗してたんです。それでヤケになって、魔法陣を裏表逆に描いて召喚してみたら……やっと成功したんです……!」


 女の子は胸の内を打ち明けてスッキリさんになったようだ。これまでになく明るい表情になった。


 いや、失敗だろ!


 と言おうとしたが、晴れ晴れとした女の子の顔を見た俺はぐっと堪えることにした。


 とりあえず、白いもふもふじゃなくて黒いもさもさが召喚された理由はわかった。間違いなく魔法陣を裏表逆に描いたからだろう。


 しかしなあ……。


「ねえ? 召喚したばっかりでアレなんだけど、元の世界に還すことってできる?」


「え?」


「いやあ、看病してもらって助けて貰ったのは本当に感謝してるんだけどさ。ほら、俺も元の世界でやることとかあるし」


 そうだ。俺にはやることがある。

 姫の無事の確認とか、ゲームとか、アニメとか、エロ動画観るとか、色々とね。

 かわいいこの子との異世界生活も捨て難いけど、元の世界もなんだかんだで捨て難い。そういうことだ。


「すみません。今はできません」


「え?」


「本音を言うとですね、こんな変態なおっさん即刻強制送還したいんです。でも、あなたの召喚と治癒をした関係で、今日使える魔力が切れてしまいまして……。明日になれば還すことは可能です」


 ぐすん。

 こんな変態なおっさんて。

 泣くぞ。泣いちゃうぞ。


 こうして俺は、泣く泣く一日限りの異世界生活を開始することになってしまったのであった。

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