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異世界軟弱物語  作者: よっきゃ
第一章
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姫は女神様で俺は駄騎士で

 今日も姫は輝いている。


  俺の瞳に映っているのは、かの有名なアイドル『天音李衣愛(あまねりいあ)』の微笑んだ姿だった。


  小さく整った顔に備えられた真珠のような両目。すっと通った鼻筋。ぷっくりとした唇。そのどれもが相互に干渉し合い、完璧な微笑みを作り出していた。


  俺がその姿を瞳に焼き付け終わると、姫もそれを待っていたかのように完璧な微笑みを崩す。そして次の曲を歌い始めた。

  透き通った美声が会場全体に広がる。腰の位置まである金色の髪は、長く伸びる脚と絶妙なバランスを保持したまま揺れ動いている。

  曲の途中で飛び込んでくる客の無造作な合いの手にも嫌な顔は全くせず、優しく丁寧に応えるあの気品の良さは、まるでどこかの国のお姫様なんじゃないかと思わせるほどだった。


  そんなプリンセスのようなアイドル、天音李衣愛はインターネット上では『姫』の愛称で呼ばれている。そしてそれに対するファンの愛称は『騎士(ナイト)』だ。


  『姫』と『騎士』なんて聞いたら素敵な物語に出てきそうな美女とイケメン紳士を想像してしまうだろう。しかし、ファンの実際の見た目は『騎士』というそんなカッコいいものではなく、どちらかと言うと『ゴブリン』に近い者が大半だ。美女と野獣、いや、美女と魔獣だ。


  魔獣とは違って、姫はその完璧な容姿と気品さもあってか、女性ファンからの支持も熱い。ライブでも姫に対する黄色い悲鳴が多いこと多いこと。


「姫ー! コッチ向いてー!」


「キャー! 姫がコッチ向いてくれたー!」


  こんな風に今日の地下のライブ会場でも、女性ファンの奇声ならぬ声がこだましている。


  眩いほどに光り続ける姫に向けて、俺も何か言おうかと思った。だが、俺ごときが声をかけても……と思ってしまい我に返る。そして、姫とは比べ物にならない俺ごときの人生をつい振り返ってしまう。


  大学を辛うじて卒業はしたものの、どこの企業にも必要とはされず就職浪人。

  その後も就職活動は上手くいかず、次第に面倒くさくなってしまい途中放棄。

  周りからはキモいだの変態だの言われ、蔑まれ、遠ざけられてきた残念人間。


  並べだしたらキリがないが、こんな風にあれよあれよと成功の道から大きく外れていき、荒んだ失敗という名のあぜ道を無気力のまま歩んできた。

  そんな俺、『馬車道騎士(ばしゃみちないと)』がこれまで二十四年間生きてきた中で、エロいこと以外に唯一夢中になれたのが、姫だ。


  目的もなくインターネット上を徘徊していた時に偶然姫と出会ったのだが、初めて姫を見た時のあの衝撃は未だに忘れはしない。姫は宝石のほうに美しく輝いていた。今でも俺に希望を与えてくれる唯一無二の存在だ。


  姫は、いわゆる地下アイドルかもしれない。だが、俺にとっては世界一有名で世界一素敵なアイドルだ。


  俺は姫に夢中になり過ぎた結果、ほぼ毎回のライブに行くほどの追っかけへと成長してしまった。まるでストーカーだ。

  そして今では、俺が姫を守っているかのような妄想までするようになってしまった。まさにストーカーだ。


  そんなストーカー気質のある俺だが、姫と直接関わったりするようなことはしない。なぜなら、姫は俺のような道を踏み外した者が直接触れて穢していい人間ではないからだ。姫は輝いているから姫なのだ。そう言い聞かせ、俺は今日もこっそりと陰ながら見守っている。これが俺の生き様だ。


  ところで『騎士』という名前は、


「せっかく馬車道っていう苗字に特徴があるんだから、名前もとびっきり凄いのにしなくちゃ!」


  と、母さんが随分と張り切った結果、このキラキラなネームがついてしまったらしい。馬車道騎士だぞ。馬が二回も出てくるんだぞ。名前を書くだけで腕が疲れるったらありゃしない。


  そして騎士に相応しいほどの顔のカッコよさがあれば良かったのだが、生憎俺はどこにでもいそうなモブ顔だ。ゴブリンではないがモブリンだ。完全に名前負けしてしまっている。こんな俺が本物の騎士のようになれる訳がない。



 --



  姫のライブが終わり、客がぞろぞろと会場を後にする。そんな中、俺とライブ仲間の石田君は路地裏へと向かっていた。

  石田君の情報によると、路地裏のドアから姫が会場に入る姿を目撃したらしい。


  そこで今回、いわゆる出待ちというものを敢行し、姫にライブの感想を直接言うことになったのだ。


  姫のことは遠くから優しく見守ることをモットーとしている俺は全力で遠慮したのだが、ガツガツ行くタイプの石田君が俺を無理矢理引き連れて行くのだからしょうがない。


  そのまま強制的に連れられ、ゾンビを撃ち倒すゲームに出てきそうな、じめじめとした薄暗い路地裏に着いた。破れた新聞紙やゴミ屑が転がっている。

  その様子を眺めていたところ、黒いフードを目深に被った一人の客が俺達に遅れてやってきた。顔を覆い隠してしまうほどにフードを深く被っている。陰湿な印象を受けたが、一人でこの路地裏に来たくらいだ。きっと陰湿者ではなく、あの客も石田君のようにガツガツと突っ込んで行くタイプなのだろう。


  そんな客のイメージを勝手に想像しているうちに、姫が路地裏のドアから出てきた。ライブでの煌びやかな衣装ではなく、カジュアルなホワイトのシャツに濃紺のジーンズという私服姿だった。

  通常なら決して見ることのできない姫の日常。その一部垣間見てしまった。そんな思いから申し訳ない気持ちになっていたところ、突然石田君にぐいっと腕を引っ張られ、姫の前へと強く押し出されてしまった。そのせいでバランスを崩した俺は、転けて地面へと激突。


  ちょっ、石田! あの野郎……!


  と、心の中で呟きつつ、立ち上がろうと顔を上げた。すると目の前には、濁りのない真珠のような両目が俺を覗き込んでいた。


「大丈夫?」


 そう言いながら、姫は手を差し伸べている。

 綺麗な手を汚してはいけない。そう思った俺は差し伸べられた手を掴むことはせず、一人で立ち上がった。

 しかし、何か言わないと気まずい。な、何かお礼の言葉を言わなくては……!


「だ、大丈夫です! それより! 今日のライブ! 最高でしゅた!」


  恥ずかしさと緊張のあまり、語尾で噛んでしまった。

  だがそうなってしまうのも無理はないだろう。これまで遠くからしか見た事がなかった憧れの姫が、今俺の目の前いるのだ。むしろそうならないほうがどうかしている。


  しかし姫は、そんな俺の言葉を真摯に受け止め、


「あら、貴方……毎回見に来てくださってる方ですよね! いつもありがとうございます!」


  と、まさかの感謝の言葉を透き通った美声で言ってくださったのだ。しかもあの姫がモブの代表格のようなこの俺のことを覚えているとは……!

  姫は絶対に天使や女神様の類に違いない。俺は幸せで天にも昇る気持ちになった。


  そんなことを思っていたその時だった。


「ひめえええぇぇー!!」


  突如、黒いフードの客が叫びながらこちらに向かって走り出してきた。客の手にはナイフが握られている。


  俺は恐怖で足が震えた。いつ死んでもいいようなどうでもいい人生を歩んできたつもりだったが、迫り来る鋭利な刃物を前に、死への恐怖を感じずにはいられなかった。


  だが、それよりも大切な姫を守らなければという思いが脳裏をよぎった。

  数歩足を動かして姫の前に立つだけでいい。それだけで姫をあの客から遠ざけることができる。


  しかし、恐怖で震え思うように足が動かない。目深に被られたフードの中から一瞬だけ鋭い眼光が見えたが、あの瞳を見ただけで蛇に睨まれた蛙のような状態になってしまった。

  だが震えている時間なんてないのだ。そんな間にもあの客が鬼気迫る勢いで近づいてくる。これが危機迫る状況というやつか。


  動け、動け、動け! 俺の足!


 自分自身を何度も奮い立たせてやっと恐怖の呪縛から解放された俺は、姫の前に立つことができた。


  そして、俺は呆気なく腹部を刺された。

  燃えるような激痛に耐えきれず地面へと崩れ込む。腹を押さえた手を見たところ、ぬるい血がべっとりとついていた。それを見た途端、血の気が引き悪寒がしだした。

  だが、俺にしてはよくやったほうだと思う。こうやって姫の盾になれたのだから。


  しかし、これだけでは終わるはずもなかった。


  客は俺を刺した後、すぐさま姫にターゲットを切り替えた。初めから姫が狙いのようだったので当然といえば当然か。


「ひ、姫っ……! 逃げ……」


  声にならない声で叫ぶ。


 そして--



  俺は何が起きたのか理解できなかった。いや、理解したくなかった。まさか、姫が刺されたなんて。


  客は姫を刺した後すぐさま逃げていき、そして魔法のように消え去った。路地裏には静寂だけが残る。


  少し離れたところで姫が倒れうずくまっている。宝石のような輝きは、もう感じない。輝きはあの客が奪い去ってしまった。


  俺は姫を守れなかった。俺にもっと戦える力があれば……。

  こんな時の為に武術でも学んどけばよかったな、なんて思ってももう遅い。とりあえずヒョロでガリで貧弱な身体を恨む。ついでにモブリンみたいな見た目も恨む。


「ナイト君! ナイト君!」


  今にも泣き出しそうな表情で石田君が話しかけてくる。どうやら物陰に隠れていたお陰で無事だったようだ。

  石田君はガツガツ行くタイプだが肝心なところで臆病だ。普段は陰キャラだ。そしてゴブリンみたいな見た目だ。

  臆病で陰キャラでゴブリンの三拍子とあれば救いようがない。

  あ、状況的に救いようがないのはこの俺の方か。


  と、余計なことを考えているうちに、だんだんと耳が遠くなっていく。地面には俺の血が真っ赤に広がり、そして視界が狭まっていく。どうやら命の終わりが近いらしい。


「突然だが……血を失い過ぎた……もうこの世界にはいられない……」


  もっと言いたいことがあったが、次の言葉を出すことができなかった。石田君はこのラストメッセージを聞き取れただろうか。



  そして、意識が完全に闇の中へと消えた。

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