ハンターが家族に挨拶?!(日向視点)
お店が定休日の月曜日、昼過ぎ。
私は隼人さんが運転する車の助手席で気合を入れてエナジードリンクを飲んだ。
「隼人さん、昨日の夜、アミノ酸飲みましたか?」
「一応飲んだが……それほどの事なのか」
「私7時間ローラーコースターで遊んでも次の日余裕ですけど、ハンターやると次の日辛いですよ。筋肉痛っていうか、疲労がすごいんですよ」
「アスリートのようだ」
「着替えも持ってきてますよね?」
「入れたが……」
隼人さんが戸惑うのも当たり前だ。
ただの鬼ごっこに誘われたと思っているが、そんなものではない、死すら見える地獄の戦い……それがハンター大会。
私は何度も体力の限界に達してギブアップしたので、樹が隼人さんをハンターにスカウトした聞いて青ざめた。
面白いけど、めちゃくちゃ疲れるのだ。
隼人さんは「演劇をしている人間は基本的に毎日鍛えている」って言うし、なんていうかいつも抱っこしてくれる隼人さんの身体は筋肉質で分厚くて、いつもドキドキしてるんだけど……! でも疲労の種類が違う気がするんだよなあ……ハンター大会は。
私は最後まで「死にますよ?」と言ったけど、樹を気に入ったようで行くというので付き合うことにした。
それに「日向のご家族にご挨拶もしたい」と言われて石みたいになってしまった。
そう、ハンター大会が行われるのは私の自宅近くだし、樹が出るので家族が来る。
東京で出来た彼氏を親に合わせるのは初めてでソワソワしてしまう。
しかしハンター大会をきっかけに連れて行くことになるなんて……私はため息をついた。
うちの近くには結構大きめの山があって、そこには神社がある。
日の当たる場所には小さな公園、保育園があり、小さい子たちはみんなそっち側で遊ぶ。
しかし裏側は日が全く当たらないので常にジメジメとしていて、8割竹藪、そして急坂。
迷路のように竹や雑草、そして木が生えていて、小学校高学年男子たちの最高の遊び場になっていた。
そして「ハンターが人を追う番組」が始まったのだ。
いつの間にか黒い服を着てサングラスを着た鬼が追いかけるバージョンになり、それが固定化された。
そして最近のテクノロジーの進化でとんでもないことになってきたのだ。
最近は親の古くなったスマホを子供がゲーム機代わりに使っていることが多い。
それに「チェックポイントアプリ」を入れて、チェックポイントをすべてクリアしてからゴールする鬼ごっこに進化したのだ。
そこにハンター要素が追加される。
ハンターに見つかったら追われる。
竹藪などに隠れて視界から逃げたら追われない。
だれか一人でも挑戦者(子ども)がゴール出来たら、挑戦者(子ども)の勝ち。
だれもゴール出来なかったらハンターの勝ち。
基本的にはあのテレビ番組と同じだ。
ハンターは基本的に神主さんを含んだランナーや現役大学生が多く、非常に足が速く俊敏。
子供たちは情報を共有して誰か一人でもゴールさせたい一心でハンターたちから逃げ回る……。
大会時、山のみWi-Fiが飛んでいて、子供たちはLINEや通話しながらハンターの位置情報を送り、ゴールを目指す。
かなり長く続いていて現在ハンター68勝:子供たち41勝で差がついている。
ゲーム性の高さと坂道を走るという運動量の高さから学校からも推進されて学校の授業で大会を開くこともあるレベル。
そしてこの前このハンター大会最多優勝記録保持者が有名駅伝で区間賞を取った。
インタビューで「ハンター大会で鍛えられました」とドヤ顔で語り、無駄に盛り上がり続けている。
なんたってここらの小学校では勉強が出来る子より、ハンター大会で優勝したほうがヒエラルキーが上なのだ。
ポイントは運動神経の良さだけでなく、結局団体戦で、運動が得意な子がハンターを連れて走り、苦手な子がこっそりゴールしたこともあるのだ。
月に一度大会があり、丁度今月は学校が4時間授業の今日、月曜日だったのだ。
保育園の駐車場に車を止めて樹にLINEしたら、すぐに走ってきた。
私に「ウス!」と挨拶してすぐに隼人さんに近づく。
そしてジロジロと服を見る。
「ちゃんと黒じゃん。オケオケ! サングラス持ってきた?」
「おはよう、樹くん。今日はよろしくね」
「ウス! じゃあこっちきて! あ、Wi-Fi繋げて。日向やって、日向」
ぐっ……。
どうやらおにぎり屋さんの味噌汁に餌付けされたらしく、完全に隼人さんに懐いている。
設定しようとしたら隼人さんが樹と同じ視線になるように屈んで言った。
「どこに書いてあるのか教えて? 説明も聞きたいな」
「仕方ないなあ~、よっしゃ、こっちこっち!」
と隼人さんを立たせて引っ張って行った。
隼人さんは私のほうを見て優しくほほ笑み、手を握ってくれた。
優しい……好き……。
手を繋いで歩き出した私たちを見て樹が
「あーー、日向。今日はラブラブ禁止だからな。隼人はハンターが似合うからハンターするんだ。日向は俺と仲間。だからラブラブ禁止!!」
「まだゲームは始まってないよ。じゃあ樹くんとも手を繋いだら良いんじゃないかな?」
「キッモ!! 五年生は手とかつながないから!!!」
樹は叫んだ。
隼人さんは「そうか」と軽く笑って、私をじっ……と見た。
「……俺はハンターだから、日向さんを捕まえて良いのか」
予想外の言葉だ。
「隼人さん、ノリノリじゃないですか」
そこに樹がグイグイと顔を突っ込んでくる。
「日向はな、雑草の奥義がすごいから。隼人は捕まえられないかもな~~、久しぶりに期待してるぜ、日向!」
「やりたくないんだけど……」
「あ~~ダメダメ、日向は雑草の奥義してくれないとダメ。それ以外は使えない」
今小学生の中では『闇の奥義』というアニメが大流行していて、何をしても〇〇の奥義になってしまう。
ちなみに私の雑草の奥義というのは、昔ハンターが怖くて仕方なくて、時間制限の3時間MAX使ってゆっくりとほふく前進で進み一人でゴールしたことがあるのだ。
ほふく前進はやってみると分かるけど、恐ろしく疲れる。
途中で何度か気絶して山肌で寝た。
本当に意味が分からないけれど、黒づくめの神主さんに追われるくらいなら山肌で寝たほうが良かったのだ。
ちなみに今日もそうしてしまう自信がある。
それくらい怖い大会なのだ。
……よく考えたら、なんでそんなのに出るのだろう……?
「俺は頭脳の奥義だから! 俺の作戦どおり動けよ、日向」
「樹だけカッコ良くない? その奥義名。頑張るけどさあ……」
横で隼人さんが「ほふく前進……山肌で寝る……」と笑っているけど、隼人さんが全力で追ってきたらめっちゃ怖いと思う。
体格良いし、足も速そうだ。普通に抱っこがいいよ!!
……なんでそんなのに出るのだろう……?
挨拶するなら、普通に父親に挨拶で良いのでは……?
なぜ……?
私は楽しそうな隼人さんと樹に手を引かれて集合場所の寺に入った。
 




