俺は君と(隼人視点)
正直、よく分からなくなってきていた。
俺は日向さんに告白したつもりでいた。
間違いなく日向さんに「俺が恋人にしたい人」だと言ったと思う。
可愛いと思うと伝えて、一緒に住んで欲しいとまで伝えた。
だから当然恋人に近い距離になると思っていたが、日向さんは話しかければビクビクするし、近づいても驚かれる。
あげくの果てに触れると真っ赤になって涙目だ。
なんだか悪い事をしている気がしてしまう。
今の状態がよく分からない。
ひょっとして俺が勘違いしているだけなのかもしれない。
日向さんは俺のことを好きなのではなく、俺の声の『ファン』なのではないか。
せめて普通に接してほしいと思うのは間違っているのだろうか。
正直俺はかなり日向さんを好きになり始めている。
昨日仕事でドラゴンのスタジオに行ったら、日向さんと雨宮ケンが居た。
そして日向さんはとても楽しそうに雨宮と話して、LINEの交換をしていた。
恐ろしく息が苦しくなって、驚いた。
そしてすぐに気が付いた、嫉妬していると。
声が好きだと、聞くと指先が震えてしまって話せないというが、この距離感はおかしいと思うし、俺だって普通の男だ。
パジャマ姿の日向さんを可愛いと思うし、触れたいと思う。何より普通に話がしたい。
仕事はあんなにバリバリしているのに、日向さんは本当によく分からない。
そんなに声が問題なのか、確かめてみようと俺は思った。
「久しぶりだね、隼人!」
「西久保さん、ご無沙汰しております」
馴染みの居酒屋に俺は舞台をしていたときにお世話になっていた先輩……西久保さんを呼び出した。
ずっと面倒を見てもらっていたお兄さん的存在だ。
どんなサポートを使えば学業と介護を両立できるか……など親身になって相談に乗ってくれた。
結局事故にあい、その後は二年に一度くらい会う程度だったが……今日は日向さんに会って欲しかった。
その理由は
「こちら、小清水日向さん。一緒に住んでる」
「初めまして、小清水です。西久保さん……声が素晴らしいですね」
「はは、隼人と同じくらい低いでしょ」
西久保さんは俺と同じくらい声が低い。
今は舞台からは引退、洋画の吹き替えの仕事だけを続けている。
俺が知る限り、俺以上の声を持っている唯一の人だ。
店内に入り、俺たちは乾杯した。この店は昔からよく通っていた店で何も変わっておらず10年前に戻ったように落ち着く。
店長の陽さんが近づいてきた。
「隼人くん久しぶりだねー、西久保さんも!」
「陽ちゃん~~、年取ったねえ~~。いつもの隼人スペシャル頼むよ!」
「西久保さんだって頭真っ白じゃないか。スペシャル了解、なつかしいねえ~~」
舞台が終わってここにくると、いつも鍋を食べていた。
それは肉がたっぷり入っていて、家でおばあちゃんやおじいちゃんと魚をメインに食べていた俺のために西久保さんがいつも頼んでくれていたものだ。
そんなことまだ覚えていてくれたのかと嬉しくなる。
……仕事に戻ってきて良かったと改めて思う。
西久保さんは嬉しそうに酒を飲みながら日向さんと話す。
「復帰するなんて……このお嬢ちゃんのおかげかい? 俺がどれだけ言ってもダメだったのになあ」
「いえいえ、私は本当にただの隼人さんのファンなんです」
「ファンって復帰前はおにぎり屋だろ。おにぎりのファンかい? いやあ~もう何でもいいよ、めでたい。しかもドラゴンだって? CMみたよ」
「私も見ました!! もう声がっ……声がすごくて……!!」
……やはりただの俺の声のファンなのでは疑惑がすごい。
でも俺より声が低くて響くと思われる西久保さんとは普通に話している。
本当に声の問題なのか?
「隼人の子供の頃の話、聞きたいだろ」
「っ……!! いくら積めばいいですか?!?!」
「面白いお姉ちゃんだな。俺が初めて隼人に会った時、隼人は小学2年生だった。歌の仕事してる両親が託児所代わりに連れてきたんだ。これが今の隼人からは想像できないくらいのクソガキで自意識過剰でさ~」
「……西久保さん、もういいです」
俺は止めたが、日向さんは目をキラキラさせながら西久保さんのコップにナミナミと日本酒を注ぐ。
西久保さんはそれをカッパカッパと飲みながら、俺の子供時代の話をする。
ちなみに俺がこの話を聞くのは200回目くらいだ。耳に胼胝ができるほど聞いているし、何なら少しずつ脚色されている。
「隼人は、牛乳が嫌いでな」
「西久保さん、もういいですから」
「いつも牛乳を劇団に持ち帰るんだけど、下手に真面目だから捨てられなくて、プリン作って配ってたんだよ!!」
「可愛すぎるっ……!!!」
そんなことをしたのは1回だけだ。
日向さんが口元を押えて首がもげそうなほど振っている。
お酒を飲んでそんなに頭をふったら気持ち悪くなるのでは……?
でも頬を上気させて、こんなに楽しそうに話しているのは初めて見るから、良いか……と思ってしまうが、西久保さんはまだ話を続けるので俺はさすがに睨みつけた。
また会う約束をして、なんなら西久保さんと日向さんは連絡先を交換して別れた。
「最高に楽しかったです、ありがとうございました」
日向さんは俺に向かって頭を下げた。
そして分かったのは、声が良い人でも俺以外の人間とは普通に話せるということだ。
それに西久保さんとの話を聞いていると、ファン度数のが高い気がして……俺は日向さんをコーヒーショップに誘った。
その瞬間日向さんは「?!?!」と挙動不審になった。
ちゃんと話をしなくては……俺は思った。
「手を、貸して」
「ひえっ?!」
日向さんが叫ぶ。お酒には俺も日向さんも強いようで、お互いそれほど酔っていない。
一番酔っていたのは日向さんに飲まされまくった西久保さんだが……あの人はすぐ近くに住んでいるので即寝ているだろう。
俺はコーヒーショップの隅のソファー席で日向さんと手を繋いで座った。
日向さんの小さな手を机の上に乗せて、俺の大きな手で下から包むように優しく握る。
日向さんはさっきまでのテンションはどこへやら、一気に静かになってしまった。
これがどうしようもなく淋しいのだ。
俺は口を開く。
「……俺、君に向かって『恋人にしたい人だ』と言ったのを覚えているか」
「……はい」
日向さんはうつむいて小さな声で言う。
俺は続ける。
「俺は君を恋人にしたいし、俺は君の恋人になりたいと思っているが、なんで君は……俺と話す時はそんなにビクビクしてるんだ」
「声が特別すぎるんです。それに隼人さんの全部が好きで、ドキドキしてダメになっちゃうんです」
俺は繋いだ手を肘ごと自分の方に引き寄せる。
ソファー席なので、日向さんがズルッ……と俺のほうに自動的に近づく。
今までで一番近くに日向さんがいる状態になった。
俺の心臓も激しく脈をうつが、ちゃんと話をしたい欲が勝った。
「もう少し慣れてほしい。こんな状態じゃ……何もできない」
「何も?! 何かが?! どのような?!」
日向さんが俺の手の下でビクリとなって俺の方を見る。
そしてあまりに近くて体を離そうとするが、俺は離れない。
ビクビクしていたから様子を見て、言葉を選び、距離を測ってきたけど一向に日向さんは近づいてこない。
もう限界だ、俺以外の男の前ではあんな楽しそに話せるのだから。
今日は逃がさない。
「……雨宮に接するみたいに普通に話してくれ」
日向さんは「はあ?」みたいな顔をして俺を見た。
「あんなどーでもいいのと隼人さんを同列に並べないでください!! ……これでも少しは慣れてきました、よ」
「自信を付けなきゃダメなのは、君のほうだ」
「……それは、実の所、私も思って、ます……」
日向さんはしょんぼりと俯いた。
その横顔が可愛くて仕方ない。
とにかく、もう少し慣れてほしいし、ビクビクしないでほしい。
「……すぐに取って喰おうなんて思ってないから」
「取って喰う?!」
日向さんは叫んで自分の声に驚き、自分の口を押えてうつむいた。
可愛い、本当に可愛いと思う。
久しぶりに湧き上がる愛情を自分でも楽しみ始めていた。
嫉妬なんてしたのは人生で初めてかもしれない。
もっと可愛がりたいのだ、俺は日向さんを。
そして一番したいこと、それは
「俺はきみと恋がしたいんだ」
「……はい……!」
日向さんはパアと嬉しそうにやっとほほ笑んでくれた。
少し安堵したのか、柔らかく手を繋いで店を出た。
日向さんは戸惑いながらも、俺の横に立って腕にスッ……としがみついてきた。
俺は嬉しくなって肩の下あたりにある日向さんの頭に頬を寄せた。
「……?!」
日向さんは俺の腕にもはやぶら下がるようにしがみついてきた。
俺は日向さんと恋がしたい。
声に出したら、どうしようもなく正しく、一番望んでいることだと思えた。
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