新しい仕事と、少し変な隼人さん
「雨宮ケンさん、初めまして。美空社の小清水です」
「あ! 社長のことを腐れ狸って呼んだお姉さんだ、どうも~~」
私は店のテーブルに倒れこんだ。
マネージャーさんも口元を押えて目を逸らす。あかん、この人ドラゴンの社員さんなのに!
その物覚えのよさ、お姉さんは好きだけど、頭をバットで殴ったら記憶消えてくれるかな?
パーティーで会った雨宮くんに今日は取材にきていた。
何社かに『リズム・ドラゴン』に対する営業記事を頼んだようだったけど、私の書いた記事のアクセスが一番多かったようで、犬飼さん直々に頼まれて特集雑誌を作ることになった。まあ正直あのクソゲーを楽しんでしまった感はある。
だってリズムが取れるとドラゴンが上からどんどん脱衣していくのだ。
なんなのそれ、何の意味があるの……好き。
私は今まであまりゲームに興味が無かったけど、クソゲーを味わってなかったからかも知れない。正直楽しい。
雨宮くんも『リズム・ドラゴン』に出ている一人だ。
気を取り直して取材を開始する。
「えっと16才の高校生。ユーチューブの登録者数160万人……すごいですね」
「モシャモシャズさんと大間に行ってマグロ釣ったら、250キロ超えを引いて、その動画が900万以上再生されたんですよね」
「見てきたよ~、私大間の一本釣りシリーズ録画してみるくらい好きだから、めっちゃ楽しかったです」
「なんか俺釣りの才能めっちゃみたいで、この前トビウオが口に刺さったんですよ」
「めっちゃ持ってる!」
年下の取材対象は敬語と常態語の使い分けに気を遣う。
フランクに話されて喜ぶタイプと、大切にされたいタイプに別れるからだ。
雨宮くんはお姉さんに甘えたいタイプと見た。
会話自体は義弟が現役の高校生ということもあり、楽に話せる。
結局アンテナを張ってないと取材など成り立たないのだ。
高校生らしくヤンチャにショートケーキを口に入れようとしている写真を載せてくれと言われたので撮って、取材は終わった。
カメラマンとマネージャーが話している間、雨宮くんが戸惑いながらケーキを口に運ぼうとしていたので私は止めた。
「甘い物、好きじゃないでしょ。食べなくて良いよ。むしろ私に頂戴。お腹すいたの」
「え……」
雨宮くんは手をとめた。
「コーヒーに砂糖も入れてないし、全部動画見てきたけど、一度もケーキなんて食べてないじゃない。むしろ苦手でしょ、フリスクめっちゃ食べてるし」
「……よく見てますね」
「ファンはバカじゃないから、どんな宣伝写真撮られても、自分の動画とかサイトではフリスク持ってなよ。いつか無理に食べさせられなくなるかも」
タレントという商品を売りたいのだからイメージ戦略は当然必要で、こんな甘い顔男の子がフリスクばかり食べてるのは違うのだろう。
どう売りたいかなど私はどうでもよいので指示された写真を撮るけれど。
どうせ捨てるので少しだけフォークで欠けたケーキの残りを私は食べた。
超美味しい……夜ごはんを食べ損ねている。
雨宮くんは渡した名刺を見た。
「小清水……日向さんって言うんですね、お名前」
「そうそう。あ、明日の撮影めっちゃ濡れるから体力削ると思うので、今日はゆっくり休んでくださいね」
「日向さん、LINE教えてくださいよ~」
「いいよ! はい、これね」
私と雨宮くんはLINEの交換をした。
正直仕事相手にはめっちゃLINEを聞かれる。話しやすいし(取材のテクニックだ)身長が小さいので扱い易そうに見えるのだろう。
それは全然かまわない。取材が円滑に進むならそれでよい。
会社に戻ったらこれをまとめて~~撮影のスケジュール調整して~~~はああ~~隼人さん摂取したいよ~~。
ため息をついて店横の廊下を見たら、なんと隼人さんが居た。
ええ?! 隼人さん、隼人さんだ!!
実はここはドラゴン社内にあるカフェだ。
隼人さーん! そわそわそわ。
隼人さんは私と雨宮くんを見て小さくお辞儀をして出て行った。
「楠さんの声……本当にすごいですね」
「!! (おちつけ……)そうですね、いい声してますよね」
「めっちゃ売れそう、あの人。なんでリズムゲー攻略対象じゃないんだろ」
「(わかる……)」
私はただただ深く頷き、明日の撮影の段取りを伝えて取材を終えた。
一回寝よう、2時間寝れば6時間記事書ける。私は荷物を持ったまままっすぐに二階に向かった。
ドラゴンの仕事はお金もいいし、待遇もいいし、良い事が多いけど、スケジュールも求められる内容もシビアで大変だ。
フラフラと二階に入ったら隼人さんからLINEが入った。
『お茶づけ食べますか?』
「食べます!!」
私は玄関で叫んだ。そしてそのまま階段を下りて一階へ向かう。
一度入ってしまうと気楽になってしまうというか、なによりお腹が空いていた。ケーキを少しとか食べるとむしろ食欲が爆発してしまう。
リビングに入ったらもうお茶づけが置いてあった。あああ~~~お腹すいたああ……。フラフラと吸い寄せられていく。
「いただきます……」
「手を洗う」
「……はい……」
隼人さんにぴしゃりと言われて、私は手を濡らす。すると隼人さんが後ろから見ていた。隼人さんってお母さんっぽいんだよね……でもそんなところも好きです!! 私はせっせと手を洗った。そしてお茶づけを食べ始めた。うう……美味しい。
そして隼人さんに「今日はお仕事だったんですか?」と聞いてみた。でも隼人さんは静かに頷くだけだ。
あれれ……? なんだかちょっと冷たい気がする。何か怒ってる? 私の横にも座ってくれなくて台所に立っている。
その瞬間にカバンの中でスマホが鳴りだした。しまった、全部持ってきてる。
私はカバンをひっくり返した。中から二つのスマホが転がり落ちてくる。
同時になってる。うるさっ!
私は仕事用のスマホを取り出した。
「雨宮くんだ」
さっそくLINEを送ってきていたが、こっちは仕事用なので夜はオフにして鞄に投げ込む。
私用の方には桜ちゃんが「テープ起こし手伝ってくれ」と泣きつきのLINE。こっちもギッチギチやぞ……
「が・ん・ば・れ!!……と」
私はそっちには返信した。
その様子を隼人さんがじっ……と見ていた。そして
「……スマホ、二つあるのか」
と言った。私は「そうですよ」と答えて二つのスマホを机の上に並べた。
仕事で聞かれた時に適当に答える用と、私用ですよと言ったら、隼人さんは私の横にスッ……と座った。
普通に生活してたらスマホは二つ持たないか……そりゃそうだ。私も一つにしたいし、よくどちらか忘れる。
でもあまりに聞かれるから面倒になったのだ。どうでも良いLINEに仕事の通知が埋まると困る。
もぐもぐとお茶づけを食べていたら、私用のスマホが鳴った。桜ちゃんだな~~? 見ると隼人さんだった。
『今日ドラゴン行ったら、狸がいた』
「ぶは!!」
私は思わず噴いた。
横をチラリと見たら隼人さんが優しい目で私のことを見ていた。
……ていうか、今日の隼人さんはざっくりセーターを着ていてすごくカッコイイ。
隼人さんは首が太いから、そこから鎖骨に向けたラインがカッコイイ。
体格が良い人がざっくりセーター着てるの大好き部、部長の日向です……。
私は隼人さんにLINEを送る。
『頑張ったので、おつかれさまって言ってください』
隼人さんはLINEを見て、私の横に少しだけ寄ってきた。
距離が近づいて心臓が大きく脈を打つ。
なんというか私の悪い癖というか、どうしてもしてしまうこの病気。
隼人さんの声で欲しい言葉を求めてしまう……
とても近いので隼人さんが息を吸い込んだ音さえ感知してしまう。
うわ……言葉がくる。
「おつかれさま」
頭の上に優しく大きな手が乗り、優しく撫でる。
その大きな手が私の耳の方におりてきて優しく触れた。
温かい掌の温度が私の耳を包む。
うわ……っ……。
真っ赤になって目を閉じた私を見て隼人さんは言った。
「なあ……不思議に思ってるんだけど。俺はちゃんと伝えたし、君は……そんな状態で本当に俺と……」
「なんですか……」
私は熱くなった頬を手で冷ます。
隼人さんは少し考えて言葉を出した。
「……明日定休日だから……夜……外にご飯に行こうか」
「?! 行きます!!」
「俺の先輩に紹介する」
「先輩さん……?!」
「22時くらいに……いつも落ち着いてる?」
「はい!!」
「じゃあ、それくらいにLINEする」
「待ってます」
私は誘われたことが嬉しくて、隼人さんが「……」と考え込んだ表情をしていることに全く気が付かなかった。
次から色々と納得がいかない&我慢できなくなってきている隼人さん視点です。




