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間借りから始まる恋~彼が有名声優だと私だけが知っている~  作者: コイル@オタク同僚発売中
出会い

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13/41

夢じゃない!


 いつもなら「いやああ!!」って桜ちゃんに報告するけど、貰った言葉が嬉しくて大切すぎて、一回心にしまっておくことにした。

 こんな幸せな言葉、口に出したら消えてしまう。


 嬉しくて、さっそく会社に置いてあった服を持って行ったら、もう押し入れに棚が置いてあった。

 服を入れてみたら隼人さんが来たので、我慢できずに照れ隠しに笑ったら、目を細めて返してくれた。

 嬉しくて嬉しくて、押し入れの掃除を始めた隼人さんの背中にツン……と触れたら、振り向いて頭を優しく撫でてくれた。


 嬉しい……! 夢じゃない!!

 犬みたいに畳に転がりまわりたい!!


 隼人さんの近くにおいでと言われて、本当に嬉しい。 

 これからは追いすぎないように、それでも少しずつ近くに行きたいと思う。

 夢中になってほしい……というより、近づくのを許されたのが嬉しくて、甘えたい気持ちのほうが強い。



 仕事をバリバリと終えて私はお風呂に入り、23時にはおにぎり屋さんの二階に向かった。

 4月に入り暖かい日が続いていたが今日は雨が降っていて少し寒い。

 私は身体がさめないうちに着替えようと二階に上がり、すぐに新品のパジャマを取り出して着替え始めた。

 昼に取材に行った時、興奮して二階用のパジャマも買ってしまったのだ。

 すると階段をトン……トン……と登る音が聞こえてきた。

 隼人さん?!


「すいません、今、着替えてます!!」


 私がふすまの向こうに向かって言った瞬間に、ガラガラガラドシャーンッと間違いなく何かを落とした音が響いた。

 大丈夫だろうか?!

 私は慌てて着替え、ふすまを開いて階段のほうに向かった。

 すると階段の下に茶筒やマグカップ、それにお湯を沸かす機械が落ちてきた。

 そして隼人さんが座り込んでいる。


「大丈夫ですか?!」

「……問題ない」


 隼人さんはそれらを拾って私に渡してくれた。

 

「今日は冷えるから……と思ったんだけど」

「そうですね、雨が冷たいですね。お茶嬉しいです、ありがとうございます」


 隼人さんは私をチラリ……と見た。

 よく考えたら、隼人さんの前で会社の服装以外を見せたのは初めてかも知れない。

 隼人さんの気持ちが分からなかった時は「仮眠」という気持ちが強くて、着替えて眠れなかった。 

 嫌われてない、嫌がられてない、むしろ恋人候補だと分かったら「ちゃんとここで寝てよい」のだと思えた。

 なんだか恥ずかしくなってきて……でも隼人さんにパジャマを見せられる状況が嬉しくて


「……このパジャマ、着心地良くてお気に入りのメーカーなんです。可愛くないですか?」


 と引っ張って見せてみた。

 隼人さんは口元に握りこぶしを持ってきて動きを止めた。

 私……このポーズをするとき隼人さんは言葉を探してるんだと思っていたけれど、実は照れていると気が付いた。

 耳が真っ赤になっているのだ。

 でも考えて言葉を出してくれるのが何より嬉しいので、待つ。

 今隼人さんは私のために言葉を考えてくれていて、しかもそれは私の大好きな声で放たれるのだ、こんな幸せな時間はない。

 なんならずっとここで隼人さんの言葉を待っていたい。

 隼人さんは握りこぶしを退けて、私のほうを向いて口を開いた。


「……初めて見たから、驚いたけど、可愛い、です」

「あ………………ありがとうございます」


 自分でねだった言葉なのに、本当に言われると顔が熱くなってきた。

 何をしてるんだ、私は。ミイラ取りがミイラとはまさにこの事。

 やっぱり隼人さんの声は破壊力が強い……でも言って欲しい言葉を指定するの……楽しい、嬉しい。

 だって大好きな声だ。

 私は階段を下りていく隼人さんを呼び止めた。


「あの、私明日、超めんどくさい会に出るんです。だから……頑張ってと言って貰えたら嬉しいです!」

 

 隼人さんは私のを方をみて少しだけほほ笑んで


「……頑張れ、日向」


 と言ってくれた。呼び捨て!!!

 私はもう嬉しくて口元がプルプルしてしまう。


「がんばります……!!」


 なんで録音しておかなかったのだ、なぜ私に録音機能がないのだ、もうレコーダーを24時間持ってないとダメだ!!

 廊下で絶望していた私をみて隼人さんは


「……冷えるから。そんなところにいないで、寝るなら、寝なさい」


 と静かに窘めた。はい……でもそんな言葉を聞けるのも嬉しい。

 始発前には起きて実家に帰ることを伝えて、私は布団にもぐった。

 一階で隼人さんが動いている音がかすかに聞こえる夜。

 私は深く眠った。





「よっしゃ行きますか! 心の奥底の底からめんどくさいけど、やる気満タンだよ」

「竜宮院嫌いの日向さんが珍しいじゃないですか」


 そりゃ隼人さんに応援して貰ったのだから、なんでも頑張れる。

 しかし、パーティー会場が遠くて毎回疲れるのだ。

 うちの会社は資本こそデカいが、基本的には小さな出版社だ。

 パーティーに車なんて出してくれないから基本徒歩。


「竜宮院グループが嫌いというより琥珀含めた人間関係が面倒なだけ。そして会場が遠い、ここら辺って坂ばっかり」

「うちの会社だけですよ、歩かされるの。ミサキはどうしたんですか?」

「陵の車。高校生が車で乗り付けて、社会人が歩かされるの格差社会ヤバすぎない?」


 会場になっている超巨大な一軒家は、都内とは思えない森に包まれていて、森の空間だけで巨大マンションが建ちそうだ。

 私たちの横を真っ黒な車がガンガン入っていく。歩いてるのなんて私たちくらい……高速道路を歩かされる気分が味わえる。

 車の受付のおじさんに「こっちは車専用の入り口だけど……まあいいや」と言われて中に入れてもらい、入ったら完全に裏口だった。

 もうなんでもいいや。私と桜ちゃんはメイクだけ直して会場へ向かった。


「見てください日向さん、お約束のドラゴン祭りですよ」

「マジでセンスがない、これでエンタメ仕切ってるんだから闇深すぎる」


 竜宮院グループは日本トップの巨大エンタメ会社だ。

 1970年代にオーディション番組を始めたのをきっかけに、ヒットを量産。現在に至るまでトップを走り続けている。

 仕事の質は高く、多種多様、エンタメ業界をすべて仕切っている超巨大企業だ。

 ちなみに会社名になぞって、パーティーはドラゴン攻めされる。

 会場の真ん中にドラゴン、空中にドラゴン、なんなら刺身がのってる氷もドラゴン。

 あげく働いてる人の服の柄もドラゴン。センスが皆無~~~。


 部署も多く「あれもこれも竜宮院グループ」状態だ。

 琥珀が所属してるのは、竜宮院のメイン会社、ドラゴン・スターで、とにかく強い。

 タレントの不祥事を握りつぶすのは朝飯前、女が欲しいと言えば自社グループの女の子を順番にあてがう人を人と思わぬ地獄の戦法。

 そのトップに君臨するのが琥珀なもんだから、ま~~めんどくさい。


「あ、始まりましたよ。犬飼さんだ」

「犬飼さんまでドラゴンに飲み込まれるとは……怖すぎるわ」


 犬飼聡子さんは、今日新設されるネットメディア専門の会社で専務に就任した。

 私も何度か仕事したことあるけど、音響のプロフェッショナルでお仕事できる頭のよい女性だ。

 犬飼さんが所属タレントを紹介して、挨拶させている。


「あ、トンタさんがいる、トンタさん」


 所属タレントは有名な歌い手からユーチューバー、それにお笑い芸人、アイドル……とにかくネットで個人で頑張ってきた結果売れた人たちだ。その人たちと今まで培ってきた竜宮院ブランドをコラボさせて自社で金を回したいのだと思う。


「トンタさん、ただの歌い手さんだったのにここまで売れるなんてすごいですね」

「ドラゴンになんて所属しなくても大丈夫なのにねえ……」

「でも規模が違うじゃないですか、ドラゴンは」


 私はふうとため息をついて一気に説明する。


「育ったので面倒みてあげる、美味しい仕事につかせてあげるから、今までの頑張りをすべて私たちに渡しなさい。渡さない? 消そうか? あんたみたいな毛が生えた素人こっちが潰そうと思ったら一瞬で消せるんだけど、ドラゴンに歯向かうつもり? 生まれた瞬間の体重から助産師の名前からお母さんのお祝い膳の内容から、昨日食べたラーメンの具までこっちは知ってるんだぞ、卒アル晒されたくなかったらだまってうちの事務所に入れ、この腐れ狸!! くらい思ってるよ、ドラゴンは」


「お姉さん、オモロ」


「?!」


 私が一気にまくしたてた後ろを、男の人4人が歩いて行った。

 やっば……気持ちよくなって一気に話しちゃったけど……まあ会場はとてもうるさいので聞こえてても数人か。

 その4人は舞台の方に向かっていく。

 そして犬飼さんが4人の紹介を始めた。


「こちら、雨宮ケンです」

 さっき私の後ろを通って「お姉さん、オモロ」と言った子だ。

「はじめまして、雨宮ケンです。ネットでアイドルやってたらドラゴンさんに拾われました、超ラッキー! バスケでインターハイ出てます、よろしくお願いします!!」

 金髪陽キャキッズや……。

 まあ会場はうるさくて誰も紹介を聞いてないけどね。

 犬飼さんは次の人を紹介する。



「こちら、楠みぞれです」



 聞いたことがある……はあああ??????



 は、隼人さん?!?!



 楠みぞれは、隼人さんの芸名だ。

 舞台の上に立っている人……真っ黒な帽子マスクに、髪の毛が長い……ウイッグ?! でも背格好は隼人さんだ。隼人さん?! なんでここに?!

 隼人さんは犬飼さんからマイクを受け取って、マスクを取る。

 そして声を出した。



「はじめまして。楠みぞれです」



 隼人さんがマイクで話した瞬間に、会場がしん……と静まり返った。

 そして私の指先はビクリと甘く震えた。

 すごい、仕事用の声を出すと隼人さんは本当にすごい。

 静まり返った会場で、隼人さんは静かに挨拶を続ける。



「声優として所属します。お世話になります。よろしくお願いします」



 さっきまで誰の声も聞こえないほど騒がしかったのに、今は誰も話してない。

 隼人さんの声に飲み込まれている。

 隼人さんは簡単に挨拶を終わらせて後列に下がった。


「……すごい声ですね。日向さん声フェチだから、たまらないのでは? あ~でも超陰キャタイプですよ。ひと昔前のビジュアルバンドじゃないんだから! 全身黒すぎません?! 声優は関係ないんですかねー。日向さん聞いてます?」

「……聞いてる、うん、聞いてた、めっちゃ聞いてた」


 隼人さんが所属した事務所って……ドラゴングループだったんだ。

 超最大手……マジで……?

 再びうるさくなった会場で私は隼人さんを追ったが、舞台の上に隼人さんの姿はもう見えなかった。

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