掴まれた腕が熱い
「誰が電源落としたのよ……」
私しかいないのに我慢できずにツッコミを入れる。
19時すぎに眠りにきて21時には目覚ましをセットしておいたのに、太陽がめっちゃ昇っている、つまり寝すぎたのだ。
スマホを見たら電源が落ちていた。本当に疲れてるときにやってしまう病気だ。
電源を入れたら、凄まじい量のLINEが入ってきた。未読230。過去最高記録だ、やったね!
……電車で確認しよう。
今日は15時から琥珀さんとミサキと陵が一緒の撮影をする戦争の日だ。
ばっちりメイクと服を装着する必要がある。今11時だから即実家帰る。
私はスマホを掴んでおにぎり屋の裏側から出て荷物を掴んで電車に乗った。
そしてLINEを確認していて、気が付いた。
「隼人さんからLINEが入ってる!」
しかもメッセージは『起きたら教えて』だった。
えええ……なにこれ、起きて見たら震えるほど嬉しかったはずのに、もう電車だ。
私は慌てて返信する。
『すいません、もう電車に乗ってます』
……既読を待つが、今は昼時、忙しくてスマホなんて見ないだろう。
何の用事だったんだろう、めっちゃ気になる。
でも私撮影直行でおにぎり屋には行けない!
強烈に後ろ髪引かれながらスタジオに直行する。
入ろうと思ったら、もうすでにミサキが駐車場でモデル立ちしてる。
ここじゃなくてスタジオでお願いします……。
「日向さん、私、陵と撮りたくない」
「……結局別れたの?」
小声で聞きながら、中に入るように促す。
「別れたけど、昨日もエッチした」
「?? セフレになったってこと? それは陵も了解してんの?」
「陵、エッチ上手なんだもんー」
「それはミサキを好きだからだと思うよ。嫌いな女と優しくエッチしないでしょ」
「ううーん……」
「琥珀さんとの事は横に置いておいて、ミサキは優しくエッチしてくれる陵に対してどう思う?」
「……好きだと思う」
「まずその感情で撮ろ!」
次は陵!
「琥珀を消したい」
陵は真顔で眉毛ひとつ動かさずに言う。
本当にやりそうで怖い……。それに陵の場合わりと可能なのだ。
「ねえねえ、陵。合法的な死って分かる? それは社会的に死ぬってことよ。琥珀は、めっちゃ他の女の子食べてるの。手を出してるのはミサキだけじゃない。でも全然写真とか撮られないの。それは単純に琥珀さんの事務所がめっちゃ強いからなんだけど」
「消すわ」
「待て待て、陵は頭がいいじゃない。暴力使うのは最低レベルよ。陵の家は不動産会社持ってるでしょ。琥珀さんが持ってるマンションの情報はすべて送るから、同じ高さのマンションとか持ってないかな。同じ高さからなら写真撮れると思うんだ。女子高生と32歳がヤってる写真。そしたら琥珀は死ぬよ、社会的に」
「分かった」
「ほい、ほい、ほい、と今送った住所のが全部琥珀のマンション。あと、ミサキに優しくしてくれてありがとう」
「……ん」
「応援してる」
陵は顔こそカッコいいけど性格は陰キャなクソ真面目タイプで何か調べ事をしている俺が大好きな厨二感あふれる男だ。
社会的に殺してミサキを守るとか大好きな設定のはず。これで当分頑張ってほしいし、本当に尻尾を掴んでくれたら最高なんだけど。
家も資産家で自分専用のマンションを与えらえているような状態で、お金もある。
もういっそ陵の家の資金力で琥珀と同じマンションを買ってほしい。
でもねー、琥珀のマンションは芸能人ご用達のマンションだ。
入り口が複数、地下の入り口しかない、登録車しか入れない……と難易度マックスなのだ。だから今まで全く写真が撮れてない、事務所も口が硬い、そして女からも割れない。その理由はわりと簡単で琥珀とエッチした女はみんな「美味しい仕事」を貰っている。
大きな事務所は強いですね~~。
みんな知ってるのに落とせない最低男が琥珀なのだ。
結局ミサキと陵は良い感じに撮影を終えて裏に消えて行った。
もうとにかく仲良くして仕事終わらせてください!
「日向さん、今日はよろしくお願いします」
琥珀さんだ。
私は一瞬で心を入れ替える。
別に私の敵というわけじゃない、ただ近寄らせたくないだけなのだ、ミサキと陵に。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」
「日向さんも週末のパーティー来るの?」
「もちろんです」
私はほほ笑んで返した。
週末に琥珀さんが所属しているグループ企業の巨大パーティーがある。
新しくメディア部署を立ち上げるらしく、そこのお披露目らしい。
当然ミサキと陵も呼ばれているし、一波乱あるのは間違いない。
……心底疲れる。
私はため息をついた。
無事撮影が終ってLINEを確認したが、隼人さんは既読してるけどメッセージなし。
うう……頑張ったからご褒美ほしい……。
会社戻って真っ先におにぎり屋を覗いたけど閉まっていたし、電気もついてない。
22時だから当然だ……辛い。
明日の朝に期待しよう……とりあえず適当にご飯買おう……コンビニに向かう途中、偶然隼人さんに偶然会った。
「!! こんばんは」
「こんばんは」
今朝のLINEのことが聞きたくて、私は棒立ちしてしまう。
隼人さんが気をつかって私の背中に手を置き、通路の淵に移動させてくれる。
何度か思ったけど、隼人さんの掌は大きくて触れられるとドキドキしてしまう。
それに隼人さんはすごく優しく私に触れる。
「あの今朝LINE気が付かなくてすいませんでした。何か用事でしたか?」
「……いや、もう、いい」
隼人さんは黙ってしまう。
そうなると私も何も聞けない。仕事相手なら上手に立ち回れるのに、隼人さんを前にするとすべてが小学生になる。
「……じゃあ、行きます……」
会えただけで、リアルに声が聞けただけでラッキーということにする。
歩きだした私の腕がクッ……と掴まれた。
振り向くと隼人さんが私の腕をつかんでいた。
え……?
振り向くと隼人さんと目が合った。
まっすぐに私を見ている目、それに真正面から見られると胸が痛くて息が苦しくなる。
隼人さんが私の腕を掴んだまま、口を開く。
「……手紙が嬉しかったから、お礼がしたくて。起きたらおにぎり持って行くから、と言いたかった」
隼人さんは目をそらしながら必死に伝えてくれた。
そんなの
「……食べたいです」
私は素直に答えた。隼人さんが朝から持ってきてくれるおにぎりなんて、超食べたい。
あの朝みたいに、また向き合える。
「今日は……?」
「二階で寝ます。えっと、朝……おにぎり食べたいです」
「……じゃあ、LINEしてくれれば。それに、ちゃんと話したいことも、ある」
「はい!」
ちゃんと話したいこと……? なんだろう。
隼人さんは、はた、と気が付いて私の腕から手を離した。
掴まれたところが、熱い。
頬も頭も顔も、全部熱い。




