俺は影としていきていく(隼人視点)
「終電って、生きてるよね」
「日向さん大丈夫ですか、お薬いります?」
立ち寄った深夜のコンビニ。
妙な会話が聞こえてきて、俺は少し振り向いた。
そこには女性が二人居た……日向さんと呼ばれてる人は知っている。
身長が小さく、おでこをいつも出してて髪の毛がふわふわしてる人だ。
俺が働いてる店……おにぎり屋にたまに来てシャケ握りを買う。
もう片方の人も見たことがある。身長が高くてかなり短めのショートカット。
朝や昼、深夜も関係なく見かけるから、たぶん近所の雑誌社で働いている人なのだろう。
あのビルは24時間出入りがあるイメージだ。
日向さんはコンビニでもシャケ握りを買うようで、手に二つ持ちながら店内を歩く。
「今日は必ず帰る、この文章書いたら帰ると思いながら仕事するじゃない? 気が付いたら終電時間すぎてるの……怖い」
「いやいや、早めに動きましょうよ」
「桜ちゃんも分かるでしょ? あと少しで終わる……もう少し……!! はい、終電いない」
「日中取材多いし、文字書けるのが夜だけなのが辛いですよね。あ……私、炭水化物食べたら眠くなるからコンポタにします」
「私は食べて一回寝るわ。3時になったら起こして。明日5時から河口湖でしょ」
「出た! 日向さんのチート、2時間睡眠6時間起動。マジで良い機能ですよね」
「私運転するから桜ちゃん寝なよ」
「ええー? 日向さんの運転怖いんですよね、ぐへへって笑いながら速度あげるのやめてくださいよ」
「そんなこと言って無いし!!」
俺はこっそり盗み聞きしながら思う。
世の人たちはこの人たちを社畜というんだろうけど、なんというか楽しそうで盗み聞きしてしまう。
「WEBの小ネタ、会社で24時間仕事するためにコンビニで買うサバイバルご飯って特集はどうよ?」
「私は好きですけど、普通に24時間仕事したくない人のほうが多いと思います」
「私のおススメはさきイカ! 噛んでると眠くないよ? キシリトールみたいにお腹痛くならないし」
「原因判明! 日向さん、最近デスクのゴミ箱からめっちゃイカの匂いがするって編集長がいってましたよ、もうやめたほうがいいですって!」
「冷凍ご飯、生卵、出汁、そしてさきイカ入れてレンチンすると旨いんだよ~」
「あーっ! レンジをイカ臭くしてるのも日向さんだ!! もうやめてくださいよ~~」
……楽しそうだな。
俺はレジでお会計して貰いながら、心の中で少し笑う。
「あっ……」
桜さんが会計していた俺に気が付いて小さく叫ぶ。
「あっ……!」
日向さんはぽかんと大きく口を開けた。
右手にシャケおにぎり、左手にさきイカと持っている。
……止められても買うのかな。
俺はレジで会計を済ませて急ぎ足で出た。
盗み聞きしていたことに気が付かれただろうか。
怖がらせてしまったら申し訳ない。
俺は急ぎ足でコンビニから逃げた。
俺は今の自分の容姿が好きではない。
高校生の時に事故にあい掌と腕、左頬に傷が出来た。
今はそれを伸ばした前髪で隠している。
声もとても低く、それを活かした夢もあったが、傷が大きく諦めた。
今は影のように生きているが、それで満足だ。
俺は一生、影としていきていく。
「あの! ちょっと、待って……!」
大きな声で呼び止められた。振り向くと後ろに日向さんが居た。
俺はかなりの速度で走ってしまったので、追ってきた日向さんの息も上がっている。
ふー……となんとか整えて、日向さんは掌を開いて小銭を見せた。
「おつり、忘れてますよ」
慌てて店を出たので受け取るのを忘れていた。
日向さんは傷でゴワゴワしている俺の掌を上から下から包むようにして、優しくおつりを渡してくれた。
その指先が本当に細くて、小さな手だな……と思った。
「足がとっても速いんですね……あっ、すいません!」
俺に渡してくれたお釣りはレシートに包んであったのだが、握ってしわしわになっていた。
それを掴んで取り出し、両手で畳んでまっすぐにしようとした。
しかしレシートはしわしわなまま……むしろ手に汗をかいているのだろうか、更にしわしわになった。
「すいません、戻りませんでした」
そういって日向さんは恥ずかしそうにほほ笑んで、再び俺にレシートを渡してくれた。
次に出会ったのは二日後の深夜……美和子さんが手伝っている居酒屋におにぎりを届けにいった時だった。
裏口から入るとカウンター席で寝ている人がいた……日向さんだ。
「あ……」
「隼人ありがとう~。今日焼きおにぎりメッチャ出てストックが……あ、そのOLさん? そこの編集さんなんだけど、飲んでしょっちゅう寝ちゃうんだよね。いつも起きて上の漫画喫茶に自分で歩いて行くけど、今日は完全に寝ちゃってるみたい。もう閉店なんだけど、どーしよ」
美和子さんは俺からおにぎりを受け取りながら言う。
上の漫画喫茶で寝ている……?
俺は寝ている日向さんをマジマジと見てしまう。
これが日常なのか? 社畜って次元じゃない、どういう状態なんだ?
2日前に見た時と服装は違うから、着替えてはいるのだろう。
おにぎりを渡しながらカウンターで寝ている日向さんを見ていたら寒そうに身体を丸めていく。
なんだか可哀相になり俺は上着を脱いで肩から掛けた。
すると俺の上着を細い指でキュッ……と握って
「……お布団あったかい」
とほほ笑んで丸まった。
布団じゃないし、わりと長く着てる上着なんだけど。臭くないかな。
日向さんはとても小さいので、俺の巨大な上着をきるとお尻まですっぽり隠れてしまう。
椅子の下からぷらりと垂れている小さな足はヒールが脱げてストッキングの先が見えている。
そこから透けてみえる細い足の指に、心臓がドクリと大きく脈を打つ。
俺は完全に日向さんが気になってしまった。
というか……このままじゃ放置したら生物として危ないんじゃない? と思ったのも本音だ。
それを見ていた美和子さんが口を開いた。
「……ねえ隼人、店の二階ってこの前まで加藤さん使ってて布団もあるからあそこに寝かせてあげたら? この人昨日も漫画喫茶で寝てるから」
「え、昨日も? 体調大丈夫なのか?」
「漫画喫茶も空いてないし、店にも置けないのよ」
美和子さん強引に俺の背中に日向さんを背負わせた。
日向さんは完全に眠っていて、何をしても起きないくらい深く眠っているようだ。
背中にある恐ろしく小さくて軽くて骨だけの身体。
俺の半分以下の体重しかない気がする。
外は寒そうだったので、おんぶして上から俺の上着をかけて、家まで運ぶことにした。
全く知らない人だったら何がなんでも断ったと思う。
でも両手で俺の傷だらけの掌を包んでおつりを渡してほほ笑んでくれた日向さんを、あの時点で、俺は気になっていたんだ。
日向さんは後ろから俺の太い肩を細い指でキュッ……と握った。
俺の家はおにぎり屋を経営している。
日向さんが働いている会社の目の前だ。