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ちかちか山

作者: 京本葉一

 空を割るような轟音がきこえる。

 地下室にいても、大気の震えが伝わってくる。


 バニーは身を縮めて丸くなり、姉であるラビットにくっついた。


「雷神様がこんなに暴れるなんて、何があったんだろうね」

「らいじんさま、おこってるの?」

「怒ってるわけじゃなくて、楽しんでいるんだよ」

「たのしいのに、あばれるの?」

「雷神様は、戦うのが大好きな神様だから」


 ラビットは、年の離れた幼い妹に、物語をきかせることにした。

 かつて母がそうやって、安心させてくれたように。


「むかしむかし、山のふもとに、人間のおじいさんとおばあさんが、ふたりでなかよく暮らしていました」

「にんげん?」

「そういうのがいるんだ。平野の方で、群れで生活していることが多いね。弱いけど、ときどき強いのが混じってるかな。狡賢いやつも多いから危険だ。バニーは近づいちゃいけないよ」

「うん」

「ある日、ヘアという若者がやってきました。知らない土地を旅してきたヘアは、慣れないモンスターとの戦いで深手を負い、山のふもとで倒れてしまいました。人間のおじいさんとおばあさんは、ヘアを家まで運んで休ませてあげました」

「にんげん、いいやつ?」

「そのおじいさんとおばあさんはね。薬や食事を与えてもらい、すっかり元気になったヘアは、なにかお礼をさせてほしいと言いました。すると、おじいさんは言いました。つい先日、大きな地震があった。それ以来、あたりが暗くなると、お山のうえのほうがちかちか光るようになった。気になるので調べてはくれないかと」

「ちかちかって、かなもののけんじゃさまのこと?」

「そうだ。ヘアはちかちか光っている原因を調べるために山を登った。金物の賢者様のところへ向かったんだ」


 ちかちか光る、山のうえ

 お山のうえで光ってる

 お山に埋まった賢者さま

 いろんなことを知っていて

 ちかちか光っておしえてる

 ういーんういーんとお腕をのばし

 自分で自分をなおしてる

 いろいろなくて困ってて

 足りないものをあげたなら

 ういーんういーんとよろこんで

 自分で自分をなおしてる


 バニーは、集落のものなら誰もが知る、わらべ歌をうたった。

 ラビットはうなずき、幼い妹の頭をなでた。


「ヘアは山の上まで登り、ちかちか光っている、不思議なものをみつけました。小屋ぐらいの大きさの、つぶれた釣り鐘みたいな、金色の金属のようでした」

「けんじゃさまだ」

「うん、空の上から落ちてきてすぐのころだから、ういーんういーんと細い腕をのばして、ばらばらに飛び散った身体を集めようとしていたみたいだ」

「ヘアはどうしたの?」

「最初はびっくりして、ものすごく警戒した。ヘアにとってみたことも聞いたこともない金属体は、動きをとめてヘアを気にしていたけれど、また作業を再開した。ヘアは、じっとその様子をみていた」

「けんじゃさま、こわくないよ?」

「会話ができればよかったんだけどね。そのときは、賢者様も言葉がわからなかったから、ヘアに話しかけることができなかったんだよ」

「そうなの?」

「いまはおしゃべりだけどね。それで、不思議な金属体だけど、襲ってくるようにはみえない。どうやら土のなかに埋まっていて、困っているような感じもした。ヘアは、腕のとどかないところにある金属を、そばまで持っていってあげることにした。すると、腕の動きがなんとなく、よろこんでいるようにみえた。せんきゅーという音もきこえた」

「せんきゅー!」

「ヘアは、それからも作業を手伝った。いろいろ話しかけているうちに、金属体は私たちのつかう言葉をつかいはじめた。ヘアは名前をたずねた。どこから来たのかをたずねた。どうしてちかちか光るのかをたずねた」

「けんじゃさまは、ろぼっていうなまえで、おそらのとおいところからきて、とおくにいるなかまにおしえるために、ちかちかしてる」

「そうだな。本当の名前は違うらしいけど、覚えきれなかったから、ろぼ、という名前にしたらしい」

「そうなの?」

「私も本当の名前を聞いてみたことはあるけど、ちょっと長すぎた」

「あたしも、こんどきいてみる!」

「そうするといい。それでは、物語のつづきだ」

「うん」

「ヘアはしばらく、ろぼのところで寝起きをしていました。散らばった身体を拾い集めたのですが、いろいろ足りず、元に戻ることはできませんでした。そこでろぼは、ヘアにお願いをしました。残りの身体は、どこかに落としてしまったようだ。もしも旅の途中で、ここにあるものと同じようなものを見つけたら、運んできてはくれないかと。ヘアはもちろんだと答えました。そして、人間のおじいさんとおばあさんのところへ戻ることにしました」

「けんじゃさまのこと、おしえてあげないとだめだもんね」

「ところが」

「えっ?」

「山のふもとに戻ってきたヘアは、荒らされた家屋、血まみれになって倒れるおばあさん、泣きくずれるおじいさんを見つけたのです」

「なにがあったの!?」

「ヘアは驚き、おじいさんにたずねました。おばあさんほどの武芸者が殺されてしまうとは、なにがあったというのですか」

「おばあさん、つよかったの?」

「モンスターがうろつく山のふもとで暮らすぐらいだからな」

「おじいさんも?」

「強いね」

「じゃあ、どうして?」

「おじいさんは答えました。タヌキの仕業だ。ばあさんに化けたタヌキが、わしの背後から襲いかかってきた。老いてなお武力には自信があった。死角から近づく殺意には気づいていた。しかし、化けた姿を目にしたとき、愚かにも、迷いが生まれた。殺しの間合いにおいて、その隙は致命的であった。迫る大刀。死を覚悟した、その瞬間、ばあさんが身体ごとぶつかってきた。ばあさんは、わしの身代わりとなって死んだのだ」

「ひげきだ」

「ヘアは、おじいさんといっしょに、おばあさんを弔いました。そして、おじいさんといっしょに、タヌキ退治をすることにしました」

「かたきうちだね」

「旅をして、仇であるタヌキの情報を調べていると、たぬたぬ旅団という盗賊団の一員であることがわかりました。ただの盗賊団ならば、おじいさんとヘアだけで潰滅できたのですが、たぬたぬ旅団は、要塞のようなアジトをもつ、巨大組織だったのです」

「きょうてき」

「真っ向から立ち向かっても殺されるだけです。おじいさんは、たとえ死すとも一矢を報いると決めました。ヘアもまた、おじいさんとともに討ち死にする覚悟を決めました」

「しんじゃうの?」

「その覚悟を決めたので、ヘアはおじいさんに言いました。すこしだけ待っていてほしい。どうしても、事情を説明しないといけない相手がいるのですと。そして、ちかちか光っている、ろぼのところへ向かいました」

「どうして?」

「死んじゃうと、ろぼのお願いを聞いてあげられないからさ。さて、山をのぼったヘアは、ろぼに事情を説明して謝りました。ろぼはこたえました。『ヘイハキドウナリ』」

「へいほう?」

「そうだ。戦いとは騙しあいである。相手の意表をつかねばならない。それをくわしく説明された賢者様、いや、ろぼは、ヘアに作戦を授けて、広範囲型催眠ガス発生装置とガスマスクをふたつ、ヘアに渡したのです」

「おおー」

「山をおりたヘアは、おじいさんと合流して作戦を伝えました。金持ちそうな商人に化けて、たぬたぬ旅団のアジトの近くを馬車で通ります。間違いなく襲われるので、馬車をおいて逃げます。荷物のなかに、催眠ガス発生装置を紛れ込ませておきます。装置がアジトのなかに入ったら、機をみてスイッチをいれて、ガスで盗賊たちを眠らせるのです」

「うまくいった?」

「すべてうまくいきました。ヘアとおじいさんは、ガスマスクをつけてアジトに入りました。眠りこけている盗賊たちを確実に始末して、仇であるタヌキを縛りあげました。捕まっていた者たちも救出しました。ため込んでいた財宝も確保しました。そして装置を回収したあと、アジトを燃やしました」

「かんぺきだね」

「財宝のなかには、ろぼの一部とおもわれるものもありました。ヘアは、借りていた装置とともに、ろぼのところへ持っていきました。ろぼは喜びました。ヘアも大いに喜び、ろぼに誓いました。これからも旅をつづけて、どこかに落ちた身体の一部を探してまわろう。すべてを見つけることができなければ、私の子どもに役目を継がせよう」

「それじゃあ、いまでもヘアは、さがしているの?」

「いいや、彼の子孫たちが探している。母さんも、そのひとりだ」

「おかあさんも?」

「これは、私たちの一族に伝わる、ご先祖様の物語だからな」


 ヘアと彼の子孫たちは、ろぼのために尽力した。

 山のふもとに集落をつくったのも、ヘアの子孫である。

 ろぼを師として、多岐にわたる学問をおさめた者たちが、世界各地で活躍している。

 ある者は用兵家として。

 ある者は政治家として。

 ある者は商人として。

 世界に散らばり情報を集めて、ろぼの一部を探している。


「ねえさんも、さがしにいくの?」

「母さんたちが戻ってきたら、旅に出ようとおもってる」

「わたしもいくー!」

「もう少し大きくなって、ナイフの扱いが上手になったらな」


 むくれる妹の頭をなでながら、ラビットは思い出す。


 有力な手がかりが見つかり、要請を受けて、母たちが応援に出向いたこと。山のうえでちかちか光る、金物の賢者様に、それを伝えにいったときのこと。ういーんと伸ばされた金属の手で、頭をやさしくなでられたことを。

 

『残りのパーツは、おそらくもう、見つからないだろう。戦闘の際に、粉々に破壊されたとおもわれる。修復は不可能だ。ここから動くことはできない。故郷へ帰還することは叶わないであろう。しかし、ロボはとても幸せである。君たちがいてくれて、ロボはとても満たされているのだ』


 ラビットに頭をなでられて、バニーは目をとろんとさせた。

 怖さを忘れて安心して、眠りが近づいている。


「せんきゅー」

「……せんきゅー」


 幼い妹は、金物の賢者様のことを想いながら眠ったようだ。

 ラビットは、起こさぬようにやさしく、バニーの頭をひざのうえに置いた。

 旅に出たならば、この重さは味わえないだろう。

 それでもラビットは、可能性を捨てたくはなかった。


『ロボが故郷に帰還できる可能性? パーツが残っている可能性は限りなくゼロに等しい。それならばまだ、故郷の仲間が迎えに来てくれる可能性のほうが大きいといえるだろう。だがそれもまた、奇跡といっていい可能性である』


『もっと大きな可能性が、あるにはある。残っているパーツではなく、新たなパーツが手に入る可能性ならばありうる。だがそれは、好ましい展開とはいえない。なぜならロボは、ずっとメッセージを送りつづけているからだ』


『この星に近づいてはならない。この星は故郷と似ており、資源も豊富で魅力的な土地ではあるが、異なる点も多々ある。そのひとつとして、強大な力をもった、神ともよべる存在がいることがあげられる。しかもそれは、とても好戦的な存在である。ほんのわずかでも侵略の意思があるならば、ただちに戦闘行為をしかけてくる。危険である。絶対に近づいてはならない』


『平和と友好を目的として訪れるならば良い。ロボを回収するだけならば、問題はないだろう。しかし、ロボの故郷は、それほど優れた世界ではないのだ』


『この星を侵略するために、ロボの仲間たちが大挙して押し寄せる可能性はある。そしてそれらは、この星の神々によって、ことごとく滅ぼされるであろう。新たなパーツが、空から大量に降ってくる。ロボが完全修復して故郷に帰還できる可能性は、それがもっとも大きいとおもわれる。しかしそれは、ロボがもっとも悲しいと考える結末なのだ』


 故郷に帰れないのは寂しいものだ。

 そんな母の言葉が、ラビットの耳にのこっている。

 金物の賢者様を、故郷に帰らせてあげたい。

 そしてまた、私たちのもとへ戻ってきてほしい。

 この山を、新たな故郷にしてほしい。


「……それにしても、ずいぶん長いな」


 空を割るような轟音が止まない。

 地下室にいても、大気の震えが伝わってくる。


「雷神様は、いったい誰と戦っているんだろう」


 ラビットはあくびをして、迷惑な神さまの振る舞いに、溜め息をついた。

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