ブラックボックス
部活動という言葉は辞書を引かずとも理解できる。掃除という言葉も辞書を引かずとも理解できる。なら、「掃除部」はどうだろうか? 字面だけで考えると「掃除をする部活」だと思うだろう、事実そうなのだから。
時は平成30年、某所にあるやや古めの中学校のトイレに、デッキブラシで床を擦る小気味良い音が響いていた。青いタイル張りの床一面に、洗剤の泡が広がっていた。オレンジがかった夕暮れの空を見るに、現在の時刻は夕方なのだろう。生徒は皆(広義的な意味で帰宅部も)部活と青春に熱中している、その喧噪は開け放った4階トイレの窓にも生き生きと飛び込んでくる。薄暗いぼんやりとしたオレンジ色のトイレの中で、細身の少年が必死にデッキブラシで床を磨いている姿は、端から見れば罰ゲームか何かなのだろう。しかし、彼の中ではこれが「部活」であり、今は絶賛「活動中」なのだ。
この学校では最早七不思議となりつつある幻の「掃除部」、それは確かに存在する。顧問はいるのか、学校の許可を取っているのか、それすら謎に包まれたこの中学一番のブラックボックスに宮田 怜は部長として君臨している。
トイレの掃除を終え廊下の窓を拭き始めた宮田は、向かいの教室の光景に違和感を感じた。数人の男子生徒が相対している光景なのだが、その構図が3対1という普通ではないものだった。宮田は思わず目をこらす。左側の3人が握りこぶしつくり右側の眼鏡をかけた男子生徒に殴りかかっていた。ただ事では無い、そう思った宮田はとりあえず渡り廊下を渡り向こう側への教室へと向かった。
教室の扉は開いていた。衝動的に行ってみたものの、実際どうすれば良いのか分からず、教室に一歩足を踏み入れ立ち尽くしていた。もちろんそんな宮田を異質に思わないはずはなく、4人の男子生徒は一瞬時が止まったように、宮田よろしく立ち尽くしていた。そんな中宮田は脳細胞に全力でエールを送り、今一番発するべき一言を探していた。しかし、宮田の脳細胞はそこまで優秀ではなかったのだ。口をついて出た
「掃除に来ました」
明らかに間違った言葉であることを理解するのに、1秒も掛からなかった。