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平均であり普通の何事もない生活 5

 ミラ姐さんから言い渡された仕事は単純明快。いっぱいになってきた店の倉庫のお片づけ。鼠が走るような物音も聞こえてきたらしく、ついでに駆除も申し付けられている。うーん、雑用っぽい。早起きした甲斐がアルネ。


「つーて、やることは単純だけど、なかなかに……キツイ……ッ!」


 倉庫の奥から半分に割れた大きなテーブルを引っ張り出しながら、額に浮かんだ汗を拭う。片づけを初めてから、もう二時間近く。


 一年前の新築当時は新品の換えのベッドやテーブル、シーツが大量に入っていた倉庫も、今では汚れ壊れた家具やゴミが、奥にところ狭しと押し込まれている。悲しくも、夜の世界の華やかさから見放された残骸たち。ゴミで窓が塞がれ薄暗いのも、そんな物悲しさに拍車をかけている。


「よく一年でここまで貯めたもんだ。……あ、この割れたテーブル、ミラ姐さんが割ったやつだったか」


 大きなテーブルの表面に、吸盤の跡が付いている。平気でルクを持ち上げたように、ミラ姐さんは怪力だ。本人に言ったら半殺しにされるので言わないけど。年齢と怪力は、ミラ姐さんに禁句なのだ。


「うっわ……! このベッドマットなんてカビてるじゃねーか。あーあーあー、触りたくねー……」


 ナニでカビたのか考えたくもない。


「リコリー、でかいゴミ袋ってどこに……リコリー?」


 一緒に片付けていたはずのリコリーの姿が見えない。声も聞こえてこない。身体を商売道具にしている娼婦が怪我をしては堪らないので、入り口近くの新品のシーツや布団という、軽いものを倉庫の外に出していたはずだが、どこにいったのか。廊下に出てみると、リコリーが出した新品の布団が詰み並び、その中の布団の一つが、ぽっこりと盛り上がっていた。


「はぁ」


 盛り上がった布団を捲ってみる。


「……すかー……んに、ダメだよレオン~。そこはわたしNG……入れるところじゃない……でも新しい扉が開くかも~~……」

「なんて夢を見てんだ……そんな扉、開かんでいい。閉じろ閉じろ。それより現実に戻る扉を開いて戻ってこいってんだ……ったく」


 むにゃむにゃと口を動かすリコリーに、ばさっと布団を掛け直す。昨日も仕事に精を出したり出させたりしていたのだ。軽い荷物はもう倉庫にないし、寝かせておこう。別に片づけてる間中、ずっと話しかけてくるリコリーに辟易にしてたとかいうわけではない。ないぞ。


「さて、と。続きをやりますか」


 ベッドマットは廊下にあったゴミ袋を手に嵌めて引っ張り出し、その後ろに積んである壊れた家具も運び出す。少しずつ店の裏手にあるゴミ捨て場は狭くなり、反対に倉庫には広いスペースができてくる。薄暗かった室内が、塞がれていた倉庫の奥の窓から光が入ってきた。


「この分なら、思ったより早く今日の仕事は終わるかな」


 重労働で固まってきた腰を鳴らしつつ、倉庫のなかを見る。今日の仕事はこれでお終い。早く終わればそれだけ自由な時間ができる。それに、成果が目に見えるというのは案外楽しい。普段のように臨機応変に起きたことに対処するのとは違い、やるべきことも終わりもわかっている。必要以上に気を張り詰める必要もない分、気も楽だ。


「大きな家具は運び終わったな。あとは……まーたマットやらシーツの類か」


 壊れた家具の裏に隠すように押し込まれた、大きな染みのあるシーツをゴミ袋に入れてゆく。また出てきたスプリングが飛び出しカビの生えたマットは、そのままゴミ捨て場まで持っていく。触りたくなくても、触らなければ終わらない。……服が汚れたら、ミラ姐さんに相談しよう。クリーニング代くらい出してくれることを祈る。


 ふと、倉庫の隅に積まれた汚れたシーツの山の近くに、棒のようなものが落ちているのが目に入った。


「木の棒……じゃなくて、林檎の芯? しかし、鼠の割には食いかたが綺麗というか、もったいないというか」


 林檎の芯には、まだ果肉が残っている。噛み跡も鼠とは思えない。よくよく見れば、床にはパンくずや空き缶も隅に転がっている。一体誰がこんなものを、という疑問は、すぐに晴れた。


 それは“外”からに他ならない。家具が押し込められ、中から開けない状態だった窓。閉め忘れたまま荷物が押し込まれたのか、窓の鍵は開きっぱなし。そして、その窓枠には、比較的新しい土が付着していた。


「…………」


 無言で腰のナイフの柄に右手を当て、いつでも抜けるように準備する。

 食べ残しの中心。目の前にあるシーツの山は、ひと一人くらいなら余裕で隠れることができるだろう。


(鼠なわけないよな。なら、魔物か?)


 魔物。それはサリア大陸に住む全ての人々の脅威。魔障大陸に封じられた破壊神ミゲルや魔神とは違い、神々の戦いが終わってもなおサリア大陸に残り、自らが発する瘴気しょうきにより増殖し、数は減らせても、滅ぼすことができない怪物。子供でも単体であれば簡単に倒せるような魔物から、サリア大陸で最強の生物といわれるドラゴンでも倒せないような、強大な力を持つ魔物まで様々。


 俺もシェルナ村の近くで、ハーピーという人の顔をし鳥の身体を持った魔物を倒したことがある。ここは山深い土地。探せば他の魔物だっている。


(だけど魔物は、本能と破壊衝動だけで動き回る。こんな風に隠れたりなんてしないはずだ)


 魔物であれば確かめる必要もなくナイフを突き刺すところだが、わからないなら確認するしかない。魔物なのか、それとも別の生き物なのか。どちらにしろ、望まれない客であることに違いない。


 左手で布の端を掴み一気にシーツを引き剥がすと、ナイフを抜いた右腕がシーツの下から出てきたモノに、吸い込むように近づく。


「――っ!?」


 が、ナイフは振り切られることなく、出てきたモノの寸前でピタリと止まった。シーツの上に、切り離された白色の髪が数本舞い落ちる。ナイフが触れるか触れないかの距離に、少し日に焼けた、柔らかそうな首筋があった。

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