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平均であり普通の何事もない生活 2

 台所へ向かった俺は夕食の準備のため、魔具マジックアイテムで火を起こす。魔具は価格は高いが、生活の必需品だ。湯を沸かしたり、その湯を循環させて上から降らせたり、俺が今やったように火を出したり。魔石ませきという特殊な鉱石に魔法を封じ込め、魔力を持たない一般人でも使えるようにしたのが魔具。もちろん、武器としての魔具も存在する。


 世の中には強力な冷気の魔法を魔石に封じ込め、食べ物を腐らないようにする魔具も売っているという。しかし、封じ込める魔法の力が強ければ魔石も比例して大きくなり、そして魔具の値段も高くなる。だから俺の家にはない。富籤が当たったら絶対に買ってやる。


 魔具で熱したフライパンに油を引き、買ってきたハムを並べ卵を二つ落とす。あとは、適当に野菜をちぎってサラダでも作ろう。料理をしていると、台所にある窓から、通りに面した外の風景が見える。時刻は夕刻。俺と同じように買い物袋を持った人や、仕事帰りの人々が歩いている。その人々は、姿形からして様々だ。


 俺たちの暮らすサリア大陸には、動物の他に、“人間にんげん”と呼ばれる俺と同じ人類、そして“亜人あじん”と呼ばれる種族が暮らしている。


 人間はみな似たような姿形だが、亜人の姿は人間より様々だ。富籤の売り場で話しかけてきたおっさんのように、頭に角を生やした者。他にも肌が鱗になっている者。下半身が馬になっている者。出合ったことはないが、腕が羽になっている者もいるという。単一の種族で国家を築く者たちもいれば、このシェルナ村のように、人間も亜人も入り混じった場所もある。


 サリア大陸で一番数が多い人類は“人間”。これは、この世界を作った神が一番最初に作り出した種族だから、だと言われている。



 ――遥か昔、山も海もないこの世界に、二人の神がいた。


 創造神ミゲルと、破壊神ミルジ。二神の激しい戦いで山が生まれ、海ができた。そして創造神ミゲルは、人間を生み出した。いわゆる、原初の人類。創造神ミゲルは人間の他に、己に近い力を持った六人の神を生み出し、破壊神ミルジと戦った。破壊神ミルジは対抗し、魔神と魔物まものと呼ばれる、紅い目をした化け物を作り出し抵抗した。しかし、破壊神ミルジは、遥か海の向こうの大陸に封印されてしまう。


 破壊神ミルジと魔族が封印された大陸は魔障大陸と呼ばれ、何人も阻むという黒い霧と、海に隔てられている。そして、創造神ミゲルが勝ち取った大地を、サリア大陸と呼ぶようになった。


 その後、創造神ミゲルは戦いの傷を癒すために眠りにつき、六人の神がサリア大陸を治めるようになる。サリア大陸を治め始めた六人の神は、人間を生み出した創造神ミゲルを真似、亜人と呼ばれる人類を生み出し、魔法という力を人々に与えた。そうして、人間と亜人はサリア大陸中に広がり、今の世界に至るという。



 これが、昔から延々と続く御伽噺おとぎばなし。神話と言ってもいいだろう。


「神ねぇ……」


 ミスラ大陸には、様々な神を祭った宗教がある。別に宗教はいい。否定もしない。『神頼み』や『神に縋る』という言葉があるくらいだ。心の支えを超常的な存在や理念に求めるというのも、まぁ、わかる。だが、サリア大陸で一番広まっている宗教、それが心底、気に食わない。


 その宗教の名は、シェーラ神教しんきょう。創造神ミゲルが生み出したという、六人の神を崇めている。六人の神はそれぞれ商売や鍛冶を司っているらしいが、名前にもなっているシェーラという女神が司っているのは、なんと“運命”だそうだ。


 運命なんぞ言い出した時点で吐き気がする。俺にとって運命なんて糞食らえだ。魔法の力を与えたという点では生活に貢献しているので感謝はしているが、それはそれ、これはこれ。創造神ミゲルが生み出した六人の神は、人々を見守りながら天高くにおらせられるらしい。運命の女神だなんだとあがめられながら、無責任にもほどがあるだろう。結局シェーラ神教が崇めているのは、いるかどうかもわからない神という“概念”。


「その点、ウチの神さまは、と」


 相変わらず、ソファーでイチジクのシロップ漬けをむさぼっていた。


「もうすぐメシなんだから食うのやめろ」

「いー↓やー↑じゃー→」


 心底バカにした声を出しやがって。もうね、実体だってんならブン殴ってやりたい。


 昔、創造神ミルジや破壊神ミゲル、六人の神や他の魔神は本当にいるのか、とヴェラに質問したことがある。その答えは、『我はそのどれとも直接会ったことがない。だから知らぬ。我は我として生まれたときの知識として、御父おんちちミゲルに作られたというのは知っておる』という、なんともわけのわからないことを言われて煙に巻かれた。


 結局、ヴェラが魔神だと確かめる術はどこにもない。身体の大きさを自由に変えられるというのは、魔神にしろ魔法の力にしろ、確かにたいした力ではあるが。


「まっ、ウソかもかな」

「レオンよ、なにか失礼なことを考えておらんか?」

「なんも。あ゛ー、シロップで服までベトベトじゃねーか……。洗濯するこっちの身にもなれよ」

「ひゃっひゃっひゃ。このような美少女の服を洗えるのじゃ、喜ぶがよい」

「黙れよ少女が。いいから着替えてこい」

「なぁ!? なにをするんじゃ――ぶぎゃ!」


 ハムエッグとサラダの乗った皿を運んだついでに、シロップまみれのヴェラから瓶を奪い、風呂場に叩き込む。服どころか床までシロップまみれにされては堪らない。


「まったく、酷いことをするのぉ。頭を打って死んだらどうする」

「そりゃ面白いな。魔神が頭を打って死ぬなんて、笑い話だ。つーか、服を着ろ、服を」


 ヴェラは風呂場の洗面所で服を脱いだまま、すぐに戻ってきた。羞恥心はないのか。それとも唯一残されたパンツが羞恥の残りカスなのか。シロップでテカテカと光る腹は、舐めればさぞ甘いだろう。別に舐めはしないが、せめて流してこい。


「いま服を着ても、洗濯物が増えるだけじゃろ。どうせならば、風呂のあとに着る。それに我は見られても気にはせん。ほれ、夕餉が冷めてしまうぞ。はよう座れ、レオン」


 パンツ姿のまま、ヴェラがフォークで皿を叩く。皿が欠けるからそれもやめろ。あとうるさいんじゃボケ。

 テーブルの上には、ハムエッグとサラダ、買ってきたパン、そして朝に作ったスープの残り。


「もがっ、もぐっ、ふぐふぐ……」


 パンにハムエッグとサラダを挟み、口いっぱいに夕食を詰め込むヴェラを見ながら、俺は考える。

 きちんと食事がとれるというのは、俺の昔の生活を考えれば、十分過ぎる贅沢かもしれない。しかし、この生活を支えているのは、一体なんなのだろうかと。


(ヴェラが願いを叶えたから、この生活ができているのか……?)


 普通だ。普通過ぎだ。


 大勝はできず、されど大負けもない。いいことも悪いことも起こる。結果、運の天秤は常に真ん中。確かに、これはこれで運がいいといえるんだろう。普通の生活が一番だという奴もいるし、こんな普通の生活でさえ営めない奴もいるというのも、身を持って知っている。だが、こんなぬるま湯のような中途半端な幸せが、俺の望んだものだったのだろうか。


(違う……こんなものじゃないだろ)


 幸運強運天運地運豪運悪運。


 一体どうすれば、自分の運というものをもっと激しく、明確に感じ取ることができるのか。

 その機会は、いつ訪れるのだろうか。

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