表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/33

黒花の病 5

 床に倒れたリコリーには目をくれず、鎧姿の男は不機嫌そうな顔をしたまま店のなかを見回している。

 おい、なにをしてるんだよ……つまりあれか。俺も役目柄、やっちゃっていいってことだよな?


「――ッ!」


 一瞬で騒然となる店のなか、リコリーを殴った男の前に飛び出す寸前の俺を制したのは、ミラ姐さんの視線だった。


「お客様……ここは女性と共に、一夜の夢を見る場所でございます。独りよがりをしたいのであれば、別のお店に御行きくださいませ」


 前に出たミラ姐さんを見て、男は面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「フンッ。そこの売女ばいたがオレに触れたからだ。まったく、汚らわしい手で触れやがって」


 男の物言いに、ギシリと奥歯が軋む。だがここで飛び出しては、ミラ姐さんが俺を止めた意味がなくなってしまう。


「それにオレは客じゃないんでな。店主を出せ」

「店主は私でございます。お客様でないのなら、この店にどのようなご用件でしょうか」

「はっ、下半身がバケモノの売女が店主か。女を捜している。探させてもらうぞ」


 男はミラ姐さんの脇を通り、ホールに――


「お待ちください」


 ――入ることはできない。ミラ姐さんの足が、入ろうとした男を止める。


「お前も殴られたいのか――うおおおっ!?」


 ミラ姐さんの足は男に絡みつき、男の体が宙に浮かぶ。男はそのまま、入り口付近にいた男の部下たちのほうへと投げ飛ばされる。ざまぁ。


「な、なにをするこの売女風情が! 俺はミ――」

「黙りなさいっ!!」


 ミラ姐さんの声が、店内に凛と響く。


「この店の子たちは、私の娘であり妹であり、大事な家族です! 私の家族を売女とそしるアナタに、この店に入る権利はありません! ……どうぞ、お引取りください」

「くだらない仲間意識を持ち出しやがって……! ――おい!」


 男が声をかけると、後ろの部下たちが一斉に剣の柄に手をかける。


「おやめなさいな。ここで剣を抜けば、無事では済みませんよ? それとも……試してみますか? 一瞬で昇天させてあげましょう」


 ミラ姐さんの足が床を叩くと、ビシリ! と床が悲鳴をあげた。ミラ姐さんの怒気に、男たちの手が止まる。怒っているのはミラ姐さんだけじゃない。店の女の子たちも、客も、もちろん俺も。全ての怒りの視線が鎧の男たちに向いている。


「……ちっ! いくぞお前ら! いいか、覚えておけ売女! このままでは済まさんからな! どうせこの村は終わりだ!」


 捨て台詞を吐き、男が出て行くのにそう時間はかからなかった。そして、静まり返っていた店内に歓声が沸き起こる。


「ミラ姐さん、一生ついていきます!」

「俺たちもすまねぇ。ビビって咄嗟に助けられなかった」


 みんながミラ姐さんに次々に声をかけてゆく。初老の男性はミラ姐さんの手を握り、なにか感動しているようだ。あの初老の男性とミラ姐さんが、一体どういう関係なのか少し気になる。


 それにしても、やはりミラ姐さんは怖い。怖くて、強くて。


「優しい人だな」


 運喰いのグリップを握り締めていた手は、強く握りすぎて剥がしにくかった。だが俺が余計なことをしていれば、もっと面倒なことになっていただろう。止めてくれたミラ姐さんに感謝だ。


「リコリー、大丈夫か?」

「へーきへーき。これくらい、慣れてるから」


 男に叩かれたリコリーの頬は赤くなっている。血でも流れていたら、ミラ姐さんの視線じゃ止まれなかったかもしれない。囲まれていたミラ姐さんと店の女の子たちもやってくる。


「ごめんなさいね、リコリー。大丈夫だった?」

「もー、みんな心配しすぎだよ。……ごめんね、ミー姐さん。わたしのせいで、余計にお店に変な噂が流れちゃうかも……」

「あなたが無事ならいいのよ。ニーコ、リコリーの手当てをしてあげてちょうだい」

「りょーかい! 一緒にいこっ、リコリー」

「えー……。ニーコって雑だから、顔を包帯だらけにされそう」

「リコリー、さすがのボクも怒るよ? ほら、顔を早く冷やさなきゃ」


 二人が奥に引っ込んだのを見ると、ミラ姐さんは客のほうに向き直る。


「お騒がせいたしました。お詫びにといってはなんですが、本日の御代は結構です。皆様、存分にお楽しみください。女の子たちも、今日は好きに飲んでいいわよ。ただし、お客様に失礼のないようにね?」


 また店内に歓声が上がる。


「豪気だね」

「今日はどうせ、売り上げに期待できないもの。だったら、パーっとやったほうがいいわ」

「そうだな。俺もヴェラたちを呼んできていいか? ついでにシスナも連れてくるよ」

「それは……レオン、これを見て」


 ミラ姐さんが差し出したのは、一枚の小さな紙だった。紙には顔写真と、名前が書いてある。


「ニーコがね、男の倒れた場所から拾ってきたの。私が投げ飛ばしたときに落としたのね。それで、この紙に書いてあるのって」


 紙を持った手が震える。なぜ、あいつの写真が載っている。なぜ、あいつの名前が書いてある……


「……ミラ姐さん。今日は帰らせてもらってもいいか?」

「ええ、気を付けてね。あなたになにかあったら、みんな悲しむわ」

「すまない!」


 服も着替えず店の裏口から出て、家に向かって走る。

 チリチリとこめかみの辺りがひりつく。これはダメだ。ダメに決まってる。


「くそ……さっきの男たちは……!」


 ミラ姐さんから渡された紙には、よく知った顔が書かれていた。ウサギの耳に、小さな角。ああ、この数日で何度見たか。


 男は、この村は終わりだと言った。これがなにを意味するのか、理解したくない。だが、理解しなくてはいけない。


 奴らは、マリクラムの手の者だ。


 ……天秤は、ますます不幸の側に傾いてゆく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ