兎角この世は生き辛い 3
記憶から消しさりたい出来事があってから二日後。やはり名前以上のことはなにも言おうとしないが、それでも日に日にシスナの口数は増えていった。体調も順調に回復しているようで食べる量も増え、顔色ずいぶんよくなっている。俺がベッドに戻れる日も近そうだ。
で、今日のシスナはというと。
「……ん」
目の前で、これでもかというほど柔軟運動をしていた。筋を伸ばすよう脚を大きく開き、上半身を前後左右に。おー、よくそんなに体を反らせるものだ。やーらかいやーらかい。もう三十分はやってるよね。帰っていい?
「はぁあ……」
俺は右手に持った短剣をクルクルと回しながら、息を吐く。シスナの側には細い長剣。どちらも刃は潰してある。
「身体を動かしたいからって、いきなり“戦え”とはね」
なんと仕事が休みでゆっくりしたい俺を連れ出し、アパートの近くにある林のなかの、少し開けた広場で向かい合い立っていた。夕方だからか、カラスが鳴いている。帰ろうよ。
「寝てばかりで、身体が鈍ってる。それに、ヴェラからレオンは強いって聞いた。興味がある」
「だからってなぁ……」
柔軟を終え、剣を構えるシスナを見る。
子ジカのように震えていた足はしっかりと地面を踏みしめ、剣の構えも堂に入っている。身体つきというか、実際に引き締まった身体をこの目で見ているので、ある程度戦えるな、とは思っていた。だが、思っていた以上に使えるようだ。
「まぁ、いいか」
最初は気乗りしなかったが、こういった手合わせは傭兵団にいた頃を思い出し、少し楽しくなってしまう。俺も久々に運動するとしよう。
「その長さの剣でよかったのか? シスナが持ってたの、短剣だろ?」
「いい。あれは戦うためのものじゃない」
「じゃあなんだ。狩りで獲った動物でも捌くためか?」
「……そんなとこ」
「へぇ。じゃあ今度、一緒に料理でも作ってみるか。誰かと料理なんて、久しくしてないんだよ」
「…………か、考えておく」
ふむ。こうして無駄話をしている間も、シスナの身体の芯はブレていない。せいぜい最後に少し剣先がブレたくらいか。体調も大丈夫そうだし、これならよほど激しく動かない限り、体調が悪くなることもないだろう。残る問題は、俺が手加減する必要があるのか。それとも、手加減する余裕もない状況になるのか。
「やってみりゃわかるか。――こい、シスナ」
「ふぅ……いくよ!」
短剣を構えた俺に向かい、シスナの足が地面を蹴る。
(――!? 速いッ!)
予想以上のシスナのスピードに驚く。まるで地面スレスレを飛ぶ鳥のようだ。しかし、目に追えないほどではない。驚いた心を冷静に戻し、シスナの動きに合わせて情報を修正する。
上段から振り下ろされたシスナの剣を、手に持つ短剣で受ける。修正し、予測した衝撃とほぼ一致。シスナの体格からすれば力強いが、それでも軽い。体重の足りないシスナでは、剣に重さがない。弾くか受け流すか一瞬悩み、短剣に込めた力を軽く抜き、下方向へと剣を受け流す。この隙に一発なにか入れたいところだが、これは試合や殺し合いじゃない。あくまで運動だと自重しておく。
「軽いな」
「なら、これはどう!」
受け流された剣先を、そのまま上に跳ね上げてくる。いわゆる逆袈裟斬り。確かに下から上の斬撃であれば地面を踏締められる分、剣の重さは増すだろう。だが、そんな攻撃をバカ正直に食らう気はない。スピードなら先ほどの振り下ろの攻撃のほうが速い。俺はシスナの剣を受けることなく、バックステップで回避する。
「……避けられた」
「そりゃ避けるさ。危ないからな」
俺は軽口で返すが、内心はヒヤリとしていた。
シスナの最初の攻撃。目で追えないほどではないといっても、あのスピードは脅威だ。今は向かい合っての試合方式だからいいが、後ろから奇襲などされたら一溜まりもない。剣を抜く隙もなく斬られるだろう。傭兵団でも、奇襲や夜襲は一番気を付けていた。
それと、シスナのやった受け流された直後の逆袈裟斬り。振り下ろし、素早く振り上げる。単純な動作だが、極めれば単純ゆえに効果は高い。シスナはそれを素早く、確実に、高いレベルでやってのけた。一撃目を受け流したところで不用意に手を出していれば、手痛い反撃を食らっていただろう。シスナが避けられたと驚いたのもわかる。
運動だ自重だと舐めてかかっていた自分に感謝し、反省する。運動だという点は変わらないが、自重も舐めてかかることもできない。
「次は当てる」
「当てようとするな。寸止めにしろ」
「そんな余裕……ない!」
余裕がないのはこちらだ、などと答えるヒマもなく、シスナの攻撃を短剣で受ける。受ける、避ける、受ける、フェイント、避ける。
受けられない、避けられないといった攻撃は今のところないが、やはり気は抜けない。こちらが手を出す“フリ”をすれば、シスナは素早く反応し迎撃する。これで病み上がりだというのだから、本調子はどれだけ強いのか。人は見かけによらないとは、よく言ったものだ。
俺はシスナの剣を弾き、一旦距離を取る。
「ははッ……!」
やばい。楽しいぞこいつ。俺は別に、戦いを楽しむような戦闘狂ではない。それでもシスナと戦えば戦うほど、打てば響く鐘のように、噛み合ってしまう。そんな相手に、楽しくならないはずがない。だからこそ。
「おしまいだ。十分運動になっただろ」
短剣を鞘にしまう。これ以上戦っていたら、本気になってしまいそう。
「……動き足りない」
「不満そうな顔をするな。動き足りないなら走って帰れ」
身体を動かすという目的なら、もう十分だろう。疲れすぎても逆効果になるだけ。
「そろそろ戻ろう。いい時間だしな」
「――レオン様ー! いらっしゃいますかー!」
林の外から、声が聞こえてくる。
「こちらにいらっしゃったのデすね。お探ししました」
「ひぅぅぅぅぅ……!?」
ガサガサと草を掻き分けて出てきた人物を見た瞬間、シスナが俺の背中に隠れた。どうやら、お説教がトラウマになっているらしい。一体どんなことを言われたのやら。
「クオラオ、どうかしたのか?」
「近くの森に魔物ガ出ました。村デ戦える者を集めています。自警団のみなさんガ対応していますガ、数が多いようデす。ゴ協力をお願いします」
「魔物が?」
「はい。出たのはスケルトンやゾンビなドの、アンデッドダそうデす」
「数が多いなら、村の自警団だけじゃ厳しいかもな」
アンデッドには、六人の神が与えたという魔法が効く。特に癒しの魔法が一番効果がある。だが、癒しの魔法を扱えるのは、この村に一つだけ建っているシェーラ神教の教会の神父くらい。それ以外に魔法を扱える自警団員は、たしか二人ほどだったか。村にきている冒険者の魔術師なんかが協力してくれなければ、力技で押し切るしかない。相手の数が多ければ、それだけ人数が必要になる。
「わかった、いこう。シスナは」
「私もいく」
「ダメだ。病み上がりには任せられない」
「レオンを手伝いたい。恩返しがしたい。大丈夫、魔物退治は何度も経験してる。足手まといにはならない」
「そりゃ足手まといにはならないだろうが……」
シスナの力は見ている。スケルトンやゾンビに遅れをとるようなことはないだろう。だが、まだ本調子ではない。万が一ということもある。
「レオン様。差し出ガましいようデスガ、手伝ってもらってはいかガデしょうか。『恩を返す』。美しいことデす。素晴らしいことデす」
「でもなぁ……」
「ワタシのほうデ、シスナ様をサポートいたします。お任せくダさい」
「クオラオも戦うのか?」
「はい。ゴ主人様に仕えていた頃から、戦闘は得意デす。よくやっていました」
「へぇ、よっぽど波乱万丈は人生を歩んだご主人様だったんだな」
昔は、今よりも魔物の数が多かったと聞いている。であれば主人の身の回りの世話をするにも、戦闘技能は必須だったのかもしれない。
「わかった。シスナを任せたぞ、クオラオ」
「あ、あの、私は別に護衛なんていらない。大丈夫。一人でできる」
「“絶対”にシスナから離れるなよ、クオラオ」
「はい。お任せくダさい」
「い、イジワルだ!」
シスナがなにか騒いでいるが気にしない。安全は大事だ。
「さて……魔物が相手、しかも数が多いとなると、ナイフだけじゃ心元ないかもな」
一旦家に戻るついでに、ヴェラに預けていたモノを返してもらうとしよう。




