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プロローグ

他のサイトで投稿していた小説を、ちょいちょい修正しつつお引越し。

一日に一話から二話の投稿になると思います。

 薄い月明かりの照らす、人々が忘れ去った古城。

 苔生こけむし、蔦の這った城門を抜け、さらに城の奥深くにある玉座の間。


「オマエが魔神まじんなのか……?」


 我の前に現れた闖入者ちんにゅうしゃは、窓から差す月明かりに身を晒しておった。ヒビ割れた大理石の床に立つ少年は、数段高い位置にある豪奢な玉座に座るわれを、見上げ睨んでおる。


 烏羽色からすばいろの髪をボサボサにし、手に持ったナイフは欠け、服の端々は破れ、身体には埃と血を纏い、なんと汚らしいことか。燃えるような赤い髪を優雅になびかせ、きらびびやかに着飾る我とは大違いもいいところ。


 じゃが、少年は我の前に現れおった。たとえみすぼらしい格好をした少年であろうと、我の前に現れた以上、我はこの少年と契約をせねばならぬ。


 それが我に課せられた使命であり、定め。


なれは、我になにを望むか?」

「“運”をよこせ」


 少年はギラギラとした目で我を睨みながら、そう口にした。


 運? 運が欲しいじゃと?


 そんな願い、言われたのは初めてのこと。


「願いは、それでよいのか?」

「ああ、運がいい。幸運強運天運地運豪運悪運、全部だ」


 とにかく、運、運、運。運ばかりじゃのぅ。

 そもそも我に出合っている時点で、そうとうな運を持っているとは思うのじゃが。


「理由を聞いても、よいかの?」

「そんなもの、至極単純なことじゃないか。お前は、金を望めば好きなだけ出してくれるんだろう。国を望めば、俺を王様にだってしてくれるんだろうな」


 その通り。我とは、そういう存在じゃ。欲しいと乞われれば、望みのモノを与えよう。我の全力をもって、願いを叶え届けてみせよう。……じゃが、運とはなんじゃ?


「なぜじゃ? 汝は、大金も国もいらんのか? なぜ“運”などという、不確かなモノを欲する」

「じゃあ俺からも聞くが、その願いを叶えた相手は“幸せ”になれたか? 金も国も、そんな“頭をぶつけたら終わる”程度のモノ、誰が欲しいと思えるんだよ」


 きっぱりと、はっきりと、少年は我に答える。


「ほほっ! なるほどなるほど! 質問にたいして質問で返すとは、少々礼儀に反しておるが……よいぞ、その答えに免じて許してやろうかの」


 思わず、盛大に吹き出しそうになってしまった。

 この少年、なかなかに面白い。


「そりゃどーも。で、どうなんだよ」

「まったくもって、汝の言うとおりじゃ。一生を遊んで暮らせる大金を望んだ亜人あじんは、金では癒せぬ病を患いこの世を去った。王を望んだ人間は、反乱を成功させ一国の王になった直後に、側近に殺され王の座を奪われた。なんともなんとも、不幸じゃのう」


 我は、そういった者を何人も見てきた。我が願いを叶えた者だけではない。ただ世を眺めているだけで、いくらでも見ることができる。


「そう、この世には願いが叶おうとも、いかんともし難い、不幸な運命が待っていることもある。汝は、そんな運命を辿りたくはない。そういうことでよいか?」

「いいや、違うな。俺は運命なんてくだらないもの、信じちゃいない」

「ほほぉ! 運命という言葉は嫌いか。“運命”の出会い、“運命”の別れ、“運命”のなにがしと、人間の好きな言葉のはずじゃがのぅ」


 なにかあれば運命、運命。小鳥のように繰り返し鳴くものではないのか。


「運命なんて言葉、自分の境遇を神に押し付けてるだけだろ。俺は運命論者じゃない。俺は、“運”論者だ。大金が手に入ったって? そりゃ運が良かったな。不治の病で死ぬって? そりゃ運がなかったな。それだけだろ」

「敷かれた道の上と思うのは嫌か。汝、ずいぶんと穿った考えかたをしておるのぅ……」


 まず、“運命”と“運”の違いはなんであろうか。

 幸運も不運も、そう、運命のレールが敷かれているからではないのか?

 誰も彼も、我でさえも、運命など見えないのじゃから。


 ――じゃが、まぁ。


「悪くない。悪くないぞ、汝よ。気に入った。我も少々、“運命”などというモノに飽いていたところじゃ。古の果てに忘れ去られた城。その玉座に座り、訪れた者の願いを叶える。何十年、何百年と、気の遠くなるほど続けてきた。いつまで続くのか、これが我の運命かと、の」

「俺の願いを叶えれば、それが変わるっていうのか?」

「さぁのう。なにせ、“運”などという不確かな力を与えるなど、我も初めてのことじゃ。変わればよし。変わらぬのなら……今までと同じ時が続くだけじゃろうて」


 玉座を立ち、踵を鳴らし少年に近づく。

 少年は眼前で見下ろす我を見ても、目に宿るギラギラとした光は変わらぬ。


 面白い。面白いの。我を畏怖する者、奇異の目で見る者、見ようともしない者は多かったが、ここまで真っ直ぐに我を見る者など、今までいたじゃろうか。


「名を告げよ」

「レオン――レオン=シーグルムだ」

「よき名じゃ。ではレオンよ! しばしのが止まり木よ! この『願望オプティオの魔神』ヴェラルナーラ=ナジャ=ルーダが、力を与えようぞ! “運”という力をもってして、自身の道を照らしてみるがよい!!」


 唇の端を歯で噛み切ると、少年の頭を両手で掴む。

 そうして、口の中に溜まった液体を、少年――レオンの口へと流し込む。


「――ぐっ!? がはっ! なにするんだ!!」

「なにを、とはなんじゃ。我の力を与えるため、レオンと我の間に、魔力の繋がりを持たせた。言うなれば、血の契約じゃな」

「口の中にある気持ち悪いのは、お前の血かよ……ぺっ!」


 吐き出すとは何事か。床が黒く汚れるではないか。せっかく我が口を吸ってやったというのに、失礼な奴じゃ。じゃがまぁ、十分な量は飲み込んだようじゃの。ならば問題ない。胸の奥から一本の糸が紡がれ、レオンと繋がったことがわかる。


「さぁ。ではゆこうか、あるじ

「ゆこうか、って……まさかお前、俺についてくるのか!?」

「おや、説明しておらんかったかの? 願いを叶えるまでは、我は契約者と共に過ごすのじゃ。我が汝から離れるときは、願いが叶ったときか、死んだときだけじゃろうな」


 じゃが、レオンが望んだのは“運”。それは一体、どうしたら願いが叶ったとなるのかのう。長い付き合いになりそうじゃ。


「聞いてねーよ!」

「ならば今知ったな。それにじゃ、もう契約は成った。破棄はできんぞ? なにせ、魔神との契約じゃ。ひゃっひゃっひゃ!」


 レオンは納得がいかぬという顔をしているが、我にとっては瑣末なこと。


「汝の生き様を我に見せよ」


 少年は、我に輝く世界を見せてくれるのか。それとも、暗き闇の世界を見せてくれるのか。


 そう、死が二人を分かつまで。せいぜい、我を楽しませてくれるのを期待しよう。

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