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安眠装置

作者: 綾川 五月丸

 「ついに完成したぞ」

 博士は出来上がったばかりの装置を机の上に置いて、しげしげと眺めた。

「どうしたのですか、博士。腕時計なんか眺めて」

「うむ、長年研究を続け開発してきた装置がついに完成したのだ。これはただの腕時計ではない。君は、私が何の研究をしていたか知っているかね」

 研究員の一人は訊かれて

「はい、博士は夢について研究なさっていると伺っています。睡眠時の夢のメカニズムを解明して、夢をコントロールするための装置を開発されているとか。あっ、ではその腕時計が例の装置なのですか」

「そう、その通りだ。これを装着してデータを入力すれば、好きなときに望んだ夢を見て、ぐっすり眠れるのだ」

「それは素晴らしい。商品化すれば、きっと大ヒットしますよ。社長にはもう報告されたのですか」

「いや、まだだ。こうして一応は完成したが、実験をしてみないことにはまだ成功とはいえない。君、どうだ。ひとつ試してみないか」

「ぜひ、やらせてください。実は最近、あまりよく眠れていないのです。ぐっすり眠れておまけに好きな夢が見れるなんて、まさに夢のような話だ」

「よし、では頼んだ。一週間ほど試してみてくれ」

「わかりました」


 一週間後、博士の研究室のドアがノックされ、研究員が入ってきた。

「失礼します」

「あぁ、君か。例の実験はどうだったかね」

「素晴らしいです。あれから毎晩、とてもよく眠れています。残念ながら、朝になると夢の内容は覚えていないのですが、すごくよい気分で目覚めて、きっと素晴らしい夢を見ているに違いありません。毎日、夜が来るのが楽しみでならないのです。私はもうこれなしでは眠れませんよ」

「そうか、それは良かった。ありがとう」

「いえ、私の方こそこんなすごい研究に参加させて頂いて、ありがとうございます。何か、他にもお手伝いできることがあったら言ってください」

 研究員が部屋から出て行くと、博士は

「ふむ、とりあえずは成功のようだな。しかし、夢の内容は目が覚めると忘れてしまうのか。それはそれで、使えるかもしれん。まずは社長に報告してこよう」


 博士は最上階の社長室を訪ねた。

「社長」

「やぁ、博士。例の研究はどうかね。何でも、試作品が完成したと聞いたぞ」

「はい。研究員の一人で実験もしましたが、成功しています」

「それはいい。では、早速商品化していこう。大ヒットは間違いない。なんといっても好きな夢が見れるのだからな。これでわが社は業界トップに躍り出るぞ」

 博士は慌てて

「それが、まだ問題が残っていまして、どうやら夢はみているようなのですが、目が覚めると忘れてしまっているのです」

「それは困ったな。いくらよい夢を見たところで覚えていないのでは、夢を見る装置として売り出せん」

 博士は頷くと

「実は、私に考えが一つありまして」

「何だ」

「この装置は夢をコントロールするものです。今は望んだ夢を見れるように開発を進めてきましたが、使い方によっては悪夢を見せることも可能なのです」

「なるほど。つまり、気にくわない人間に悪夢をみせて不眠症にしてやろうというのだな。しかし、眠れないとわかっていて、使い続ける馬鹿はいまい。そういう使い方をするのなら、仕掛けた相手に気づかれないような形状にしなくては」

「それなら大丈夫です。今はこうして使いやすいように腕時計型にしていますが、いくらでも変えることができます」

「ならば、目が覚めたとき夢の内容を覚えていないというのは、いいかもしれんな。理由も分からず眠れない、寝苦しくて目が覚めるというのは相当なストレスだぞ。そのうち眠るのが怖くなって不眠症になるというわけだな。そうか、ではこの腕時計型の方は、単なる安眠装置として売り出し、もう一つの使い方については公表せず、裏マーケットで販売することにしよう。そうと決まったら早速開発を進めてくれ」

「お任せください」

 博士は安眠装置の改良と、不眠装置の開発を行い、一ヶ月後には完成させた。安眠装置は発売するやいなや、どんな不眠症の人もぐっすり眠れるとして飛ぶように売れ、不眠装置も少数だが高額で取引されていた。

「社長、このプロジェクトは大成功ですね。安眠装置は大ヒットし、不眠装置も順調に売り上げを伸ばしています」

「喜ばしいことだ。何といっても不眠装置という博士のアイデアは素晴らしい。眠りというのは欠かせないものだからな、それを奪うということは拷問にも等しいものだ」

「その通りです。これを使えば相手に気づかれず苦痛を与えることができるのですから、仕掛けられた側は、たまったものじゃないでしょう」

「全くだ。恨みは買いたくないものだな」

「こんな素晴らしい装置を発明したのです、恨まれるわけなどありませんよ」

「それもそうだ。ところで安眠装置の方だが、もっと強力にすることはできないのか」

「といいますと」

 社長は顔をしかめながら

「私もあれを使っているのだが、どうも最近よく眠れんのだ」

「はぁ、それは変ですね。少し忙しすぎて、疲れが溜まっているのではないですか」

 博士は社長を気遣うように言いながら

「装置の改良の方も取り組んでみます」

「うむ、そうしてくれ」


 博士は研究室に戻ると、すぐに電話をかけた。

「もしもし、私です。実験は成功しています。安眠装置と不眠装置を両方使ったところ、不眠装置のほうが強力に効果を発揮するようです」

「そうか。それを聞いて安心した。せっかく不眠装置を仕掛けても、相手が安眠装置を使っていて効果が出ないのでは、意味がないからな」

「はい。それで、例の話は考えて頂けたでしょうか」

「もちろんだ。わが社は、あなたを研究員として迎え入れることを正式に決定した」

「ありがとうございます」

「うちとしても君のような優秀な科学者が来てくれて、ありがたい。しかし、何でまた今になって転職するのかね。安眠装置も大ヒットしているというのに」

「私はもっと違う研究をしたいのですが、社長は安眠装置が成功したので、それにこだわって他の研究をさせてくれません。それに、この会社はきっとこれ以上成長することはないでしょう」

「見限ったというわけか。まぁ、これからよろしく頼むよ」

「はい、よろしくお願いします」

 博士は電話を切ると

「これでまた研究に専念できるぞ。ここの研究室でやれることはほとんどやってしまった。いくら安眠装置が売れたからといって、こんな小さな企業でできることは限られている。もっと大きな会社で研究を続けたいのだ。夢は見るものではなく、叶えるものだからな。社長には悪いが、せめてもの置き土産として、不眠装置の効果を身を持って実感してもらおう。さぁ、再就職先も確保したし、今日は早く帰って寝るとしよう。最近どうも眠りが浅い。忙しすぎるのも困ったものだ」


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