レアンの秘密(2)
レアンの抱える病というのは、今に始まったものではなく、幼少の頃から悩まされてきたらしい。
先程のように体が変貌し、通常の人間では考えられないような身体能力を発揮してしまうという。また、その変貌した姿が人間離れしているため、城の人々には恐れられていたこと、被害を出さない為に、発作が起きるとこうして地下牢に繋がれることなどと、レアンはポツポツと話してくれた。
一通り話し終えたレアンが、深い溜息をつく。
「……この世界には、人間以外にも、魔物が存在します」
「ま、もの」
「エスカマやアジーンがそうです。人間ならざる者達のことなのですが……」
レアンは寸の間言い淀み、やがて決心したようにチドリの目を見据えた。
「兄上は……俺が、狼人間であると考えています」
「狼人間……!?」
そう繰り返すと、レアンは少し笑って、自分の耳を引っ張ってみせた。
「この耳も尻尾も、狼のものと同じなのです」
「で、でも狼人間は、満月の日じゃないと変身しないんじゃ……」
「よく、ご存知ですね……そうです。狼人間は満月の日にその身を人間から狼に変えます。しかし、俺の場合は、不定期に起こる発作でこうなってしまう……加えて、普通の狼人間は完全な狼に姿を変えるのに、俺はこのような、人間と狼が入り混じった姿になってしまうのです」
チドリは内心首を傾げた。こちらに転移する前、行雄家族に内緒で携帯ゲームをかなり嗜んでいたから、モンスターやファンタジーのあれこれについては、少し詳しいつもりだ。だからこそ、レアンの言葉が引っ掛かった。
「あの、レアンさん、それって……本当に狼人間なんでしょうか」
「俺も、疑問に思ってはいるのですが……兄上は、俺のことを狼人間だと言い張っていますので。俺も、自分のことをずっとそうなのだと思って生きてきました」
鋭い爪を曲げ伸ばしして、レアンは苦笑した。チドリは訝しげな思いのまま、それを見つめる。
ふいに、地下牢の外からパタパタと足音がした。
身構える二人の前に、見知った鱗顔が覗く。後ろから一つ目も。
「エスカマさん!アジーンさん……!」
「あぁぁ魔道士様ー!!レアン様も御無事で!!」
「心配、した!アジーン、心配、した……!」
格子越しに駆け寄ると、二人はワッと泣き出した。チドリは精一杯腕を伸ばし、二人の背を撫でた。
「……すまないな、エスカマ、アジーン……俺はもう大丈夫だ。魔道士様も、お体は何ともない」
「レアン様……!!なんと、もう発作が治まったのですか!?」
「ああ。魔道士様が、魔力を流して助けて下さった」
「それはそれは……!ありがとうございます、魔道士様!」
「え、いや、私は何も……!ただ必死だっただけで…」
それよりも、と、チドリはレアンの方を振り向く。
「魔力を流してって……私、そんなことしてたんですか?」
「ええ。大体俺の発作は、魔力を大量に消費したことによって起こるのですが……どうやら、魔道士様が俺に魔力を流し入れて下さったことで、発作が治まったようなのです」
「魔力を……」
必死だったとは言え、全くの無自覚下だった。そして、魔力の大量消費という言葉が、チドリの脳に引っ掛かる。
(満月じゃなく、魔力が関係するタイプの狼人間ってこと……?)
新たに浮かび上がった疑問だったが、エスカマの声で隅に追いやられた。
「発作が治まったのでしたら、もうここにいる必要もございませんね!人を呼んで参りまする!」
「アジーンも、行く!」
「あ、お願いします……!」
見送ってから、チラリとレアンを伺う。
気づかぬうちに、その体はすっかり元通りになっていた。壁にもたれかかって憂いを浮かべるその様子は、どこか儚げな美しさがあって、思わずドキドキしてしまう。
服の裂けた胸元から、白く引き締まった肌が垣間見えていることに気づき、チドリは勢いよく顔を逸らし、格子にぶつけてしまった。派手な音がして、目の奥に火花が散る。
「大丈夫ですか!?」
「あ、は、すみませ、だいじょぶ、です」
顔が真っ赤になっていることが容易に想像できたので、チドリはエスカマとアジーンが戻ってくるまで、鉄格子を握りしめてレアンから目を逸らしていた。