咲き初める想い
ベッドの中で、チドリは重たい瞼を開けた。
夜会の後の記憶が曖昧だ。
部屋に飛んで帰ってドレスを脱ぎ捨て、泣きながらベッドに潜り込んだのは覚えている。侍女達に心配されたが、泣きじゃくるばかりで何も言えなかった。
そのまま泣いて、眠ってしまったのだろうか。
頭がボンヤリする。断片的に蘇るのは、イディアの言葉とレアンの顔だった。また新たな涙が滲む。胸が壊れそうなほど、痛かった。
泣いて泣いて、そのまま死んでしまえばいいのにと思った。
ふいに、誰かがベッドに腰掛ける気配がした。ビクリと体を震わせ、硬直する。毛布の上から、優しく頭を撫でられた。
「……チドリ、起きてる?」
ステラの声だった。
「……ねえ、夜会の日……お兄様と何か、あったの?貴方、もう数日もこのままじゃない」
答えず、体を縮こまらせた。嗚咽が漏れ、抑えられない。
「お願い、チドリ……顔を見せて。辛いなら、話して。貴方のこんな姿、私、見てられない……」
ステラの声に涙が混じる。チドリは恐る恐る体を起こし、毛布の下から顔を出した。
普段の服に身を包んだステラが、涙を滲ませて見つめていた。
その姿がぼやけて、熱い雫が溢れる。
「ッ……ステラァ……!!」
子どものようにステラにしがみつき、声を上げて泣いた。ステラが優しく背や頭を撫でる。部屋にはステラの他に、ファリアしかいなかった。ファリアが自分の目元を拭う。
「……チドリ、どうしたの?一体、何があったの……?」
「わ、私、私……っう、ぅえ……っく」
しゃくりあげながら、何とか息をする。
「私……っま、魔道士だからって、レ、レアンさんの優しさに、甘え、て……わ、私じゃ、駄目、なのに……!でも、い、一緒にいたいって、お、思っちゃって……好きに、なっちゃ……うあぁん……!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてチドリ……!どういうことなの?」
「チドリ様……!」
「や、だ……やだよぉ……!レア、さんが、他の子に触るの、やだよぉ……!笑うのも、やだぁ……!!」
涙に濡れたステラの目が、大きく見開かれた。
「貴方もしかして、お兄様のこと……」
「……っそ、だよ……!好きなの……っ!!」
自分の言葉に、かえって涙は止まらなくなる。胸の中に溜まった悲痛な思いを吐き出すように、チドリは慟哭した。
チドリの前で、ステラとファリアは互いに顔を見合わせた。
カイトは、目の前の親友に掛ける言葉を探していた。
夜会から数日、レアンの顔は今までに見たことのない酷さだった。
まず、笑わない。目は半分死んでいるし、溜息も多くなった。公務でのミスが多発し、周りは揃って首を傾げている。いつものレアンには考えられないようなことだ。
時折、虚ろな表情をする。その空虚さは、カイトが思わずゾッとするほどだった。意識もどこか上の空で、一言でいえば元気がないのだった。
今、レアンは自分の部屋の机に向かい、公務の真っ最中である。傍らからそれを覗き込んでいたが、先ほどからずっと初歩的な書き間違いを繰り返していた。
「……レアン、そこ、間違ってるぞ」
「…………ああ」
「そこじゃなくて、こっち」
「…………ああ」
返事にもまるで生気がない。前代未聞の事態に、書類を整理していたエスカマとアジーンも心配そうな顔をした。
「レアン様、お加減でも悪いので?」
「…………いや」
「何かあったのか?」
「…………いや」
「レアン様、元気ない。ずっと、チドリ様、会ってない」
グシャリと音がして、レアンの手元の書類が破れた。
その顔に浮かんだ表情に、カイトは目を見張る。
今にも泣きだしそうな顔だった。幼いころからずっと一緒にいるが、こんな顔は見たことが無い。紺碧の双眸が、傷ついたように歪む。
「……レアン、お前……」
「…………なんだ」
「レアン様……チドリ様と何か、あったので?」
「…………別に」
「レアン……」
「何も、ない」
平静を取り繕おうとする姿は、いっそ痛ましかった。ペンを握り直す手が、震えている。
レアンから離れ、三人は額を寄せ合った。
「どう思う?あれ」
「確実に完全に絶対に明らかに何かあったんでしょうなぁ……」
「アジーンも、そう思う」
「だよなぁ……でも多分、レアンの性格じゃあ話してくれないよな」
「意地っ張りですからなぁ」
「アジーンも、そう思う」
「ふーむ…………じゃあ、レアンが話せるような相手なら、いいかな」
「と、言いますと?」
「だからさ……」
目を泣き腫らしたチドリは、ベッドに仁王立ちになったステラを、呆然と見上げた。
「ス、ステラ……今、何て……」
「だから!リウビア国に行くわよ!!」
カイトの言葉に、エスカマが目を見開く。
「なんと……!エーデル様とライゼ様と、ベスティア様に!?」
「うん。あの三人なら、何とかしてくれそうな気がするんだ」
ステラが、チドリの鼻先に指を突きつけた。
「こういう時は!女同士で語るに限るわ!」
カイトが、悪戯っぽく笑って見せる。
「こういう時は、男同士で語り合うもんだろ?」
「やるわよ。女子会!!」
「やろうぜ。男子会」
場面が混在してすみません(^_^;)




