終わりと始まり(5)
チドリが今いるのは、イリオルスという大国らしい。
この世界には、イリオルスの他にも四つの国が存在する。ジャファーフ国、ネフェロディス国、リウビア国、トゥオーノ国。これら五国で形成されていた。
魔道士とは、国に一人しか存在しないのだそうだ。国の代表的存在であり、国の力の象徴とも言える。その地位は高く、国によっては王族以上にもなるという。
各国はおよそ百年に一度の割合で、魔道士の選儀を行う。
特殊な魔法陣を作り、呼び出す。魔道士に選ばれる者は、大体魔力の高い者であるらしかった。魔法に精通する者、力の強い者が主なのだと。事前に魔道士になる者を知る術はなく、呼び出されて初めてわかるのだそうだ。
そして、イリオルス国の魔道士には、異界の人間であるチドリが選ばれた。
チドリが現れたのは、イリオルス国の王城にある地下洞窟だった。アロガンに魔法陣生成と魔道士の召喚を命じられたレアンが、洞窟の一角に魔法陣を生成し、チドリを呼び出した。
ただ、チドリが異界の存在であるために魔道士の存在を知らず、自分が直面した事態についていけなかったため、少々ややこしい事になっているらしかった。
あてがわれた部屋のベッドに腰掛け、チドリは何度目かしれない溜息をついた。
部屋はまるで中世ヨーロッパのお城の一室のように煌びやかな作りで、とても広い。大きな窓に、手触りの良さそうなカーテン。厚い絨毯。美しい意匠のクローゼットや机。腰掛けたベッドは、チドリが両手両足を広げても埋められないのではと思うほど、大きかった。しかも天蓋つきだ。
さらに驚いたのは、地下から部屋に来るまでの光景だった。
城だと聞いていたが、その内装を垣間見て、チドリは目を白黒させるしか出来なかった。高い天井も、フカフカの絨毯を敷いた廊下も、時折顔を合わせる侍女や執事らしき人物も、馴染みが無さ過ぎて戸惑った。前を歩いていたレアンは、その光景にむしろ映えていたのだが、いかんせん自分が異色であるので、チドリは居た堪れなかった。
そうして俯きながら通された部屋で、チドリはレアンにしばらく待つよう言われた。音もなく現れた二人の侍女も一緒に部屋に入り、ドア付近に当然のように控えた。
ベッドの上で、チドリはまた溜息をつく。
(……ようやくちょっと落ち着いたけど、これってどうしたらいいんだろう。私、これからどうなるんだろう)
まだ夢を見ているような気分の中、胸中で呟いた。
(事故に遭った時に持ってた鞄とかは、無くなってた。痛みはあったけど、今は何ともないし……制服と一緒にこっちに来たってことは、体は自分の物ってことだよね。意識だけとか、転生したとかじゃなくて……私自身が、この世界に転移したってことなんだ)
どこか他人事のように思いながら、ふとチドリは息をつめた。
(向こうに戻る方法って、あるのかな)
そう思うと、心臓が一気に冷たくなった。手足が、血を拒むように冷えていく。
(……嫌だ、帰りたくない。帰ったって、私に居場所なんか……)
でも、と、別の考えが首をもたげる。
(この世界に自分の居場所はあるんだろうか)
先程のアロガンの態度が蘇る。どう見ても自分を歓迎しているようには見えなかった。むしろ、落胆と怒りに満ちていたような。
一国に一人と言われる魔道士とは、もっと力のある存在であるはずなのだ。チドリのような出来損ないでなく、誰からも尊敬され慕われるような。
自分は、そんな人物だと言えるだろうか。
「……やっぱり、私じゃ……」
消え入りそうな声で呟いた時、部屋のドアがノックされた。
「わ、あ、はいっ」
間の抜けた声で応じると、侍女が進み出てドアを開けてくれた。現れたのは、顔色の悪いレアンだった。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。父上と兄上と、話をつけてきましたので……」
「い、いえ、こちらこそ……面倒なことにしてしまって、すみません」
レアンはチドリに、ソファに座るよう手で示してくれた。素直に腰を降ろす。これもまたフカフカだった。
「父上……国王陛下は、今はとにかく魔道士様の身を最優先に考えるようにと。ですので、本日はゆっくりお休みください。兄上は明朝にと言っていましたが、陛下への謁見や国民への発表は、魔道士様の体調が良好な時で構わないとのことでした。それから……もし空腹でしたら、食事を用意するようにと」
「は、はい……ありがとう、ございます……」
そう言ってから、チドリはレアンの顔を覗き込んだ。
「あの……大丈夫、ですか?顔色が悪いような気が……」
「え……ああ、大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
レアンは微笑んで見せたが、明らかに先ほどより顔色が悪くなっているようだった。呼吸も浅くなっている。侍女達の方を見ると、二人も心配そうな顔をしていた。
「む、無理しないで下さい。私は大丈夫ですから、レアンさんはもう休んだ方が……」
「…………すみません。ありがとうございます」
ふらつきながら立ち上がると、レアンは部屋を後にしようとした。ドアまで歩いて――ふいに、その体が傾く。
「レアンさんッ!?」
「殿下!」
駆け寄って抱き起すと、レアンは真っ青な顔で震えていた。額には汗が浮き、呼吸は荒い。体は燃えるように熱かった。
「レアンさん!しっかりして下さい!!」
「…申し訳、ありませ………」
「誰か!殿下が……!!」
侍女の声に、どこからかエスカマとアジーンが走ってきた。レアンの様子を見るや、悲鳴を上げる。
「レアン様ッ!!」
「エスカマさん、アジーンさん……!レアンさんの様子が……」
「すぐにお部屋に連れて行って差し上げなくては……!人を呼んで参りまする!」
駈け出そうとしたエスカマの先に、立ちはだかる人影があった。
「何の騒ぎだ」
「アロガン……殿下……」
慌てて、侍女とエスカマ達が跪く。チドリは思わずレアンを抱える腕に力を込めた。レアンの目がうっすらと開き、アロガンに向けられる。
「兄、上……」
「なんだレアン。貴様、また例の発作か」
(発作?何かの病気なの?)
嘲るアロガンを、レアンが悔しそうに睨む。体を起こそうとするが、力が入っていなかった。
「ふん、丁度いい。いつもの場所に魔道士も連れて行け。貴様の本性を見てもらおうではないか」
レアンがビクリと体を震わせる。恐怖を覚えているように、顔が引き攣る。
「お待ち、下さい……!それだけは……ッ!」
(本性……?病気じゃないの?どういうこと?)
話についていけないチドリを脇目に、アロガンは衛兵らしき者達を呼び、レアンとチドリを取り囲んだ。
「地下牢に連れて行け」
「はっ」
「ち、地下牢……!?」
愕然とするチドリに構わず、男達はレアンを無理矢理立たせると、両側から拘束するように腕を取った。チドリも同じようにされる。
「ま、待って下さい!レアンさんは具合が悪いんですよ!?なんで地下牢になんか……!!」
「発作を起こしたのであれば、地下牢に入れておかねばならぬからだ」
下卑た笑みが、アロガンの顔いっぱいに広がる。
「お前も知るがいい。此奴の、醜い本性をな」
字数の区切りは特にないです(^_^;)
キリが良いところで終わるので、長くなったり短くなったりです。