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魔道士なんて聞いてない!  作者: 香月千夜
銀狼と桜花
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霖雨の国(3)

目の前に聳え立つ屋敷は、日本の城を小さくしたような印象があった。

朱塗りの壁が青空に映える。構えられた木の扉も重厚な作りで、時代劇のセットを見ているような気分だ。呆気に取られているチドリの前で、扉が重々しい音を立てて開いた。


「よう来たな、チドリ。待っておったぞ」

「シャイルさ……あれ?」


シャイルの美しい顔に見慣れぬものがあることに気づき、チドリは声を上げた。

真っ白のフワフワした獣の耳が、黒髪からのぞいている。

さらに、藤色の美しい衣装の後ろから同色の尾が何本も見えた。


「シャイルさん、それは……?」

「ふふふ。驚かせてすまぬのう……こっちが妾の本性なのじゃ」

「ほ、本性って……!?」

「妾は魔物と人間の間に生まれた獣人での。そなたの国を訪れた時は、失礼かと思うたゆえ隠しておったのじゃ」

「そうだったんですか……!」

「リウビアには獣人が多い。妾が率いるこの紅霖楼こうりんろうにおる那妓なぎ達も、大半が獣人なのじゃ」

「ナギって何ですか?」

「それは入ってのお楽しみじゃな。さあ、そなた達の部屋へ案内するぞ」


扉を開け、シャイルは庭らしき所に馬車を止めるよう指示した。各々必要な荷物を持ち、シャイルの後に続く。屋敷の中の廊下は外壁と同じ朱塗りだった。所々の留め具の黒も相まって、益々日本に近い雰囲気である。


「ここじゃ。女子おなご三人と男子おのこ二人は隣部屋になっておるでな。侍女達は向こうを使うと良い」

「ありがとうございます」

「荷は置いたかえ?よし。それでは昼餉の席へ行こうぞ。那妓達も待っておる」


廊下を少し進み、シャイルは大きな両開きの襖を開いた――途端に、黄色い歓声が弾ける。


「キャー!!やっと来たー!!」

「いらっしゃあい!待ってたよー!!」

「やだあー!!皆可愛いー!!」

「こっち来て!!お腹空いてるでしょお」


目に飛び込んできたのは、色彩豊かな着物に身を包んだ女達だった。ほとんどがシャイルと同じように獣の耳と尻尾をもっている。皆美しい顔立ちをしていて、チドリは大いに戸惑った。


「これこれ……客人を困らせてどうする。これから昼餉だというのに」

「えーだってー」

「シャイル様のお話聞いてからずっと楽しみにしてたんですよう」


数名の女達が歩み寄り、五人を席に座らせた。チドリ、ステラ、ファリアはなぜか女達に囲まれる。


「やだぁ!この子のお肌ツルツルすべすべ!何使ってるのぉ!?」

「この子の髪すっごく綺麗な亜麻色!」

「この子照れちゃってる!かんわいい~!」


豊満な体で数人から抱きしめられ、チドリは耳まで赤くなった。彼女たちから上品な匂いが香る。シャイルは深い溜息をついた。


「すまんのう……那妓達は普段男共ばかり相手にしておるのでな。そなた達のような可愛らしい華に目がないのじゃ」

「え、お、男をって、あの、それって……」


少し青ざめたチドリを、那妓達が優しく抱きしめる。


「シャイル様から聞いてたけど、本当に優しいのねえ」

「大丈夫よチドリ様。ここはそういう店じゃないから」

「私達の心配してくれるなんて、いい子ね」


顔や頭を撫でられ、チドリが赤くなる。那妓達がまた「可愛いー!」と歓声を上げた。


「この紅霖楼は、裏や表で画策する商人や貴族の会合や商談の場になるんじゃ。ここの那妓は皆美しく教養高いと評判でな。今やリウビア国一と謳ってもおかしくはない」

「キャー!シャイル様大好きっ!!」


那妓が声を揃える。シャイルは満足げに笑い、一つ手を打った。


「さあ。遊びもそこまでにして、客人に昼餉を用意せよ」

「はぁーい!!」


元気よく返事した那妓達は即座に身を翻し、チドリ達の目の前に湯気の立つ料理を並べ始めた。

椀の中に光る純白に、チドリが息を呑む。


「お、お、お、お米……!?」

「ほう。やはりチドリは知っておったか」

「え、あ、あの、あの、どうしてこの世界にお米が……!?そ、そういえばここに来るまでに桜も見ましたし……!!」

「驚くのは早いぞ。そら、それもそなたの知る物ではないか?」

「わーっ!?お味噌汁!?」


並べられていく料理は、どこから見ても日本の食べ物とそっくりだった。炊き立てのご飯に、湯気の立つ味噌汁。ほんのり塩の香る焼き魚。野菜のおひたしらしき物。あまりの懐かしさに、チドリの目が潤む。


「も、もう食べられないかと思ってた……!!」

「ちょっとチドリ!?なんで泣いてるの!?」

「ほほほ。この国は、そなたが元いた国に酷似しておるようだの」

「何から何までそっくりです……!違うのは服くらいで……」

「まあ話は後にして。まずは腹を満たすが良かろう」

「はい!いただきます!」


ご飯を口にし、チドリは顔を綻ばせた。優しい甘さは、白米そのものだ。味噌汁の味も、柔らかな焼き魚の身の味も、歯ごたえのよいおひたしの味も、全て同じだった。

夢中で食べ進め、チドリはご飯粒一つ残さず平らげた。

幸せな満足感に、頬が自然と緩む。


「チドリ、本当に美味しそうに食べてたわね」

「うん……!だって本当に美味しかったから……」

「見ているこちらまで嬉しくなってしまいましたよ」

「え、あ、あの……す、すみません……思わず……」


レアンに微笑まれ、チドリの頬が赤くなった。那妓達がまた「可愛い」とチドリを抱きしめる。

食後のお茶(味が完全に緑茶だった)を飲んで一息ついていると、ふとシャイルが口を開いた。


「チドリや。そなたに見せたいものがあるのだが、よいか?」

「見せたいもの、ですか?」

「左様。そこで話したいこともあるでな……天狼の王子も、ついてきて欲しい」

「俺も、ですか」

「三人はすまぬが、部屋で寛いでいてもらえぬか。少し時間がかかるゆえ、屋敷の中を見て回ってもらっても構わんぞ」

「じゃあそうするわ。見たことないから、楽しそうだし」

「だな。俺もちょっと興味あるんだ」

「では、私達はそのようにいたしますわね」


三人と別れ、レアンとチドリはシャイルに続いて廊下に出た。

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