奸計を裂く牙
流血表現があります。ご注意下さい
薄暗い道を下り、レアンとカイトは地下牢に辿り着いた。
壁に、ストゥトが磔にされている。
手首と足に嵌められた鉄枷は、冷たい光を放っていた。
牢の中に入り、二人はストゥトと対峙する。牢の外には、衛兵が怯えた顔で控えていた。
「……お前がストゥトだな」
レアンの声に応じ、ストゥトが顔を上げる。
茶髪に緑の目。どこにでもいそうな平凡な顔だった。その口元が嘲るように歪められる。
「……何の御用で?」
「とぼけても無駄だ。お前にはいろいろと聞きたいことがある」
「へえ……アロガンの企みなら、さっき魔道士が言ったことで全部だぜ」
「そんなはずはない」
不敵に笑ったレアンが、腰にある剣を抜いた。そのまま、ストゥトの首元に当てる。
「……言わないのなら、切るぞ」
「ははっ!ハッタリならやめといたほうが……――」
一閃が走り、パッと鮮血が散った。
ストゥトが低く呻く。
「ハッタリ?寝惚けたことを……俺は本気だ。口を割らないなら、切り刻んでやるまでだぞ」
「ッハ……ハハハハハッ!!」
突然狂ったように笑い出したかと思うと、ストゥトの目が怪しくギラついた。
纏う空気が一変する。
目を見開くカイトの前で、その姿が変わっていった。
茶髪は血のような赤に変わり、長くうねった。目は濁った紫紺に。肌は岩のような灰色に。耳の先が尖り、ニヤリと笑った口から覗く歯は鋭く光っていた。
「……魔族か」
レアンの呟きに、ストゥトがニンマリと笑みを深くする。
「聡い王子だなぁ?どこで気づいたんだよ」
「チドリ様の話を聞いた後だ……天狼の俺の身に呪詛をかけられるほどの魔力……穴だらけの計画。呪詛を返された時のお前の反応」
「へえ?」
「アロガンは苦しんでいたが……お前は、僅かながら呪詛を打ち消していただろう」
「な……っ」
「目聡い王子だぜ。そんなことまで気づいてたのかよ」
「お、おいレアン!魔族って……!?」
レアンはストゥトから目を外さないまま、カイトに応えた。
「百年前の大戦で五大国と戦った……スィエラ国に存在する種族だ」
「当たりぃ~!いやぁなかなか。王子も勉強してんだなぁ」
「黙れ」
また血が飛び、ストゥトが呻いた。
「……ハハッ。案外短気なんだな?王子さんよ」
「無駄口だけは叩ける奴だな。で?今更スィエラ国が何の用なんだ。百年前に滅びたのではなかったのか?」
ストゥトの目の色が変わった。
ハッキリと怒気を表す。
「スィエラ国は滅びぬ!!今に必ず、世界を総べる国として再臨してみせる……!!」
「口調が変わったな。そっちが本性か?」
「煩い!低劣な種族が……我らを愚弄するか!!」
「牢に繋がれた者が吐く台詞ではないな」
冷笑に伏して、レアンは剣から血を振り落とした。
そして、ストゥトの腕に思いきり突き刺した。悲鳴と共に、血が噴き出す。
「……魔族の血も、赤い色をしているのか?」
「だ、まれぇ……!!」
「お前たちの御託はどうでもいい。イリオルス国に関与してきたのは何故だ。あの計画も、アロガンを嵌めるためのものだったんだろう?」
「ふん……この、国の王子を……まとめて、始末するためだ」
「……なるほどな。そしてそれは、チドリ様によって阻止されたわけだ」
ストゥトの低い笑い声が響いた。
「あ、の、小娘……!ただでは、済まさん……いずれ、他の国の、魔道士も……消して、やる……!ハハ……ッまずは、アイツだ……!あの、娘を……八つ裂きにして、くれる……!!」
「あの方を?無理だな」
「なん、だと……!?」
レアンは一瞬、万人を魅了するような笑みを浮かべ――ストゥトの胸を貫いた。
断末魔を上げたストゥトが体を震わせ、動かなくなる。
「俺がいる限り、あの方には指一本触れさせない……と、もう聞こえないか」
剣を抜き、レアンが振り返った。
返り血に塗れたまま、カイトに向けて笑みを見せる。
カイトは、そんな友の姿に戦慄した。
「こちらは片付いた。もう一人を始末してしまおう」
「あ、ああ……」
レアンが牢を出る。
脇に避けた衛兵は、恐怖した表情でレアンを見ていた。
カイトは無意識に腕を摩りながら、レアンの後に続いた。
(これが、天狼の血ってやつなのか……?)
続いて向かったのは、城の離れだった。
重厚な扉を開け中に入ると、衛兵に取り押さえられたアロガンがいた。レアンに気づき、何か言おうと口を開くが、その姿が血に塗れていることに気づき、青ざめて口をつぐんだ。
それを知ってか知らずしてか、レアンが穏やかに微笑む。
「……これは驚いたな。てっきり騒いでいるものかと思ったが」
「貴様……!」
台詞は強気でいるものの、アロガンの体は恐怖で震えていた。
「今まで散々な目に遭わされてきた身ではあるが……生憎、これ以上体を汚したくはないのでね。我慢することにしよう」
「お……俺はこの国の第一王子であるぞ!その俺に向かって、何を……!!」
「王子?世迷言を……既にその地位は剥奪されたもの。今のお前は、ただの罪人だ」
血の飛んだレアンの靴が床を踏み、アロガンに近づいた。アロガンは無意識に後ずさる。
その目の前に、レアンは小瓶を置いた。
「毒だ」
「!?」
「これを飲むか、辺境の地へ飛ばされるか……どちらかを選べと、陛下から」
青く氷のような瞳が、アロガンを見下ろした。震えながら小瓶を見つめる男に、王子としての面影は無い。惨めな姿に、嘆息を禁じ得なかった。
「…………用は済んだ。行くぞカイト」
「あ、ああ……」
部屋を出る間際、関心を失ったかのようなレアンに代わり、カイトは一度だけ、アロガンの方を振り返った。
薄暗い道を歩いている途中で、カイトはそっと口を開いた。
「あ、あのさ……アイツ、本当にあれでよかったのか?」
「なんのことだ?」
「アロガンだよ。そりゃ、悪い事したかもしんねーけど……でも、お前の兄さんなんだろ?」
「カイト」
レアンは立ち止まり、首だけで振り向いた。
「肉親であろうと、近しい者であろうと……あの方に危害を加えるなら、俺の敵だ」
「レアン……」
「魔族が相手でも、国が相手でも構わない。切り捨てるまでだ」
微笑んだレアンは、自分の服についた血を見下ろし、笑みを深くした。
「あの方にお会いする前に……風呂に入らねばな」