チドリの奮闘(6)
一同が唖然とする目の前で、ストゥトとアロガンは苦痛にのた打ち回った。
レアンの胸から放たれた赤黒い光が二人に巻きつき、焼け焦げるような音と匂いがしている。
チドリが冷やかにそれを見つめた。
「……これで、二人が呪詛の首謀者であることがわかりました。レアンさん、体はどうですか?」
「え、ええ……何ともないです。むしろ、軽くなったような……」
「……よかった」
チドリの顔は、少し青くなっていた。唇も微かに震えている。
(呪詛を返すのって、こんなにキツイものだったんだ……)
魔力がゴッソリ無くなった気がした。それでも、チドリの戦いはまだ終わっていない。
「エスカマさん、アジーンさん……!」
「はい!お持ち致しましたぞ!!」
二人が、先日書庫で見つけた石を持ってきた。薄く黄色に色づいたそれを掲げ、チドリは言い募る。
「これをご覧ください。先日、書庫で見つけたものです」
「魔道士殿、それは……」
「これは、魔法水晶です」
「その魔法水晶が、何か……?」
「……陛下、この間、大きな地震があったそうですね」
「え?ああ、ありましたが……それと、何の関係が……?」
「その地震は、この魔法水晶が引き起こしたものです」
「何ですと……!?」
チドリがアロガンを睨む。アロガンは息も絶え絶えに床に転がっていた。半狂乱のカミラが付き添う。
「地震が起きたにも関わらず、被害の少ない場所もあった……逆に、書庫と同じような被害を受けた場所もあった。何故だと思われますか?」
「そ、それは……」
「理由は一つ。レアン王子についての情報を知られないようにするため、書庫の蔵書をひっくり返す必要があったからです」
「そんな……」
「被害が同じ場所を作ったのは、書庫をその中に紛らわせるため……そして、書庫の復旧を遅らせるためです」
人々がアロガンを見る目つきが変わっていた。
最後に、とチドリが締めくくる。
「天狼は、生きとし生けるものの頂点に立つ存在……その力は狼人間などとは比べものになりません。貴方がたがレアン王子の到着の速さに驚いたのも、無理はありませんね?」
一晩で国を横断すると言われてますから、とチドリが呟いた。
ストゥトとアロガンの顔に絶望が浮かび、人々は震える思いでチドリを見つめた――
「以上で、私からの意見は終わりです。どうか、真実の裁きを下されますよう」
ワッと歓声が上がった。
誰もが、この国の魔道士に拍手した。魔法が使えずとも、彼女はレアン王子の命を救ったのだ。
レーヴェが立ち上がろうとした、その時――
「くそ!!くそぉッ!!!」
激昂したアロガンが立ち上がった。その手が、凍りつくフィオーレに向けられている。
「!フィオーレさ……」
叫んだチドリの傍を、銀色の光が駆けた。
鈍い音を立て、アロガンの手が蹴り上げられる。
天狼の姿のレアンが、不敵に微笑む姿があった。
「レアン……!貴様……!!」
「もうこの姿を隠す必要はないでしょう?兄上……いや、アロガン」
「ふざけるなッ!!」
アロガンが振りかぶるより早く、レアンはその鳩尾に膝を叩きこんだ。くぐもった声を漏らし、アロガンが横転する。
「捕らえろ。そこの男共と一緒に牢に入れておけ」
「はっ!」
すぐさま衛兵が動き、三人を連行していった。
それを見届け、レーヴェが朗々と告げる。
「第二王子レアン・クラージュ・イリオルスは無実を証明された!また、第二王子の身を脅かしたものとして、第一王子アロガン・シュヴァイ・イリオルスの位を剥奪するものとする!」
カミラが悲鳴を上げたが、観衆の声に掻き消された。
チドリは安堵を覚え――膝からフッと力が抜ける。
(あ……っ)
倒れると思った体は、優しく抱きとめられた。
恐る恐る目を開けると、黄金色の双眸に見つめられる。
「レアン、さ……」
「……お見事でした。チドリ様」
レアンの温かさを感じ、チドリの目が潤む。
「よかった……私、わたし……」
言いかけたチドリは、急に喉元に違和感を感じ激しく咳き込んだ。
視界が赤く染まる。
「チドリ様ッ!?」
「あ、れ……?」
自分の手を見ると、真っ赤な血がついていた。口の中に錆びた匂いが広がる。
目の前が歪んだ。
「チドリ様!チドリ様!!しっかりして下さい!!」
「魔道士殿!どうされたのだ!?」
声が遠くなるのを聞きながら、チドリの意識は闇に沈んだ。
部屋に運び込まれた後、医師が下したのは「睡眠・栄養不足・心労」だった。
「十分な睡眠とお食事をとっていらっしゃらなかったのでしょう。それに加えて、蔵書を調べる際に魔力を使われたという話ですから……無理が祟ったのでしょうな」
「そうか……命に別状はないんだな?」
「ええ、大丈夫でございます……大勢の人の前で、お一人で頑張られたのです。かなり緊張もしておられたかと……安心されたのでしょうな。今はしっかり休ませて差し上げて下さい」
「……わかった。ご苦労だったな」
「いえ。失礼致します」
医師が部屋を出て行った後には、ベッドに横たわるチドリと、それを見つめるレアン、カイトの三人が残された。
「そんな顔すんなって。休みを取れば大丈夫なんだろ?」
「ああ、だが……」
レアンは半ば泣きそうな顔でチドリを見つめていた。眠る顔はあまりに無防備で幼く、とてもアロガン相手に舌戦を繰り広げた者と同一人物には見えない。
「……この方が苦しんでいる姿を見るのは、耐えられん」
「……そう、だよな」
沈黙が降りる。
カイトは友の端整な横顔を見つめながら、重々しく口を開いた。
「……賊の頭領とストゥトって男は、地下牢に繋いである。アロガンは、城の離れに拘束済みだ」
「……わかった」
振り向いたレアンの目は、冷酷な炎を宿していた。
カイトの背に、冷たい汗が落ちる。
「…………行くぞ。奴らには聞きたいことがある」