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魔道士なんて聞いてない!  作者: 香月千夜
異世界へ
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捕らわれた魔道士(4)

町明かりは灯る夜の中を、レアンは疾走していた。

辺りの景色が線のように飛び過ぎ、風が耳元で唸る。

家々の屋根の上を駆け、空気の中に混じる香りを追っていた。

離れていてもわかる、チドリの香りだった。


(……不思議だ。この姿になるときに伴う痛みが、全くない)


それどころか、体の奥底から力が湧き上がる気分だった。足に力を込め、屋根を三つほど飛び越える。走れば走るほど、速度が増すようだった。

町並みが消え、鬱蒼とした森に入る。岩だらけの地面も、難なく駆けることができた。チドリの香りが強くなる。

周りが霞むほど速度を上げたとき、目の前に開けた空間が現れた。奥に、明かりのついた古びた家がある。取り囲むように、二、三十人の賊がいた。


(あそこか……!!)


滾った血の熱さにまかせ、男達の前に躍り出る。男達は一様に驚愕の色を浮かべた。

レアンは剣を抜き、正面から対峙した。


「お、おい!!こんなに早いなんて聞いてねぇぞ!!?」

「早くてもあと数時間後だって……!?」

「ここで間違いないようだな」


男達の返答を待たず、レアンは踏み込んだ。

一閃で五人を切り伏せる。

武器を手にした男達は、レアンの剣技に青ざめた。

レアンの唇が、冷酷な笑みを描く。


「貴様らの頭領に伝えろ。望み通り来てやった、とな……――」



部屋の木戸が乱暴に開かれ、満身創痍の男が転がり込んだ。

髭面の男とストゥトが、目を見開く。


「お、お頭ぁ~!!」

「どうした!?誰にやられたんだよ!?」

「あ、あ、あいつだよ!俺らを雇った奴が誘い出す予定だっていう……!!」

「まさか……レアンか?」


ストゥトが呆然と呟く。目がハッキリと恐怖を映していた。


「ありえん、早すぎる……!!」

「あ、あいつとんでもない強さなんだよ!!もう外にいた仲間は皆やられちまった……!下にいる奴らも、もう半分やられて……!!」

「なんだと……!?」


愕然とした頭領の声に被さるように、何かが階段の上に投げられた。続けざまにもう二、三体投げられたそれは、人間の男であるようだった。


「ナビド!ジェファン!ラエズル!!」


気を失った仲間の名を、頭領が叫ぶ。階段を上がってきた人物を見て――チドリは思わず叫んだ。


「レアン、さん……!!」

「魔道士様……!!」


駆け寄ろうとしたレアンの前に、頭領が立ちはだかる。その顔は怒りで真っ赤だった。


「てめぇ、俺の仲間をよくも……!!」

「おかしなことを言うな。こうなることは覚悟の上だろう」


レアンが冷たい笑みを浮かべる。


「ぶっ殺してやるぁ!!」

「やってみろ」


男が武器を振り上げるより早く、レアンの剣が脇腹を斬りつけた。鮮血が飛ぶ。

男がうずくまったのを見逃さず、レアンが男の足に剣を突き立てた。絶叫が迸る。


「ギャアアァァァアァッ」

「お前は殺してやりたいところだが、捕らえて情報を吐いてもらわねばならんからな」


淡々と告げ、レアンは剣に着いた血を振り払った。


と、ストゥトが突然走りだし、チドリの喉元に短剣を押し付けた。ヒュッとチドリの喉が鳴る。


「う、動くなぁ!!」


レアンは一瞥し、瞳を剣呑に光らせた。


「薄汚い手でその方に触れるな……ッ!!」


レアンの姿が掻き消え、チドリの背後で鈍い音がした。

喉元に当てられていた刃は、レアンの手が握りしめている。白い手から、血が滴っていた。

ストゥトは、眉間を殴られ、失神していた。レアンが短剣を部屋の隅に放る。


「魔道士様!ご無事ですか!?」


回り込んだレアンの顔を見て、チドリは涙腺が緩むのを感じた。が、唇を噛んで泣くのを堪える。レアンは、チドリの手を縛っていた縄を解き、赤くなった部分を優しくさすった。


「……申し訳ありません。お助けするのが遅くなってしまって……」


チドリは首を振った。口を開くと、泣いてしまいそうだった。

レアンの手が、殴られたチドリの頬にそっと添えられた。綺麗な金色の目が、悲しげに揺れる。


「痛み、ますか……?」


レアンの手の心地よい冷たさを感じ、堪らずチドリの目から涙が溢れた。驚くレアンの手を伝い、次から次へと零れてしまう。


「魔道士様……!?やはり、痛いのですか!?」


無茶苦茶に首を振って、チドリはレアンの言葉を否定した。透明な雫が散る。


「……ごめ、なさい」

「え?」


自分を見つめ返す金色の目の優しさが、辛かった。

胸の潰れるような思いで、チドリは繰り返す。


「ごめん、なさ……めん、なさい……!!」

「どうして謝られるのですか。魔道士様は何も……」


困惑するレアンの顔が、涙でぼやけた。頬に涙が沁みる。


レアンが腕を伸ばし、優しくチドリを抱き寄せた。頭と背を不器用に撫で、声をかける。


「……怖い思いを、させてしまいましたね」

(違う……)


レアンの服を握りしめながら、チドリは嗚咽を漏らした。


(他の魔道士ならきっと、ここから逃げられるくらい強かった……ううん、捕まるなんてなかったかもしれない。でも私は……私が弱かったから……レアンさんが隠してきたことが、私のせいで……)


情けなさに溢れた涙だったが、恐怖から解放された安堵もあることに気づいて、チドリはますます涙を零すのだった。

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