朧幻の灯・夕闇(1)
お待たせし過ぎて大変申し訳ない……( ;∀;)
「そうかそうか。ふふ、全く其方達は愛いのう……微笑ましい限りじゃ」
「う……私としては、いっこうに慣れなくてお恥ずかしい限りなんですが……」
満点の星空の下、チドリとシャイルは仄かに光を放つ花畑の中に座っていた。
現実世界では恐らく真夜中だろう。二人はどちらからともなく夢を繋ぎ、顔を合わせていた。
シャイルは藤色の着物の袖で、目尻に浮かんでいた笑い涙を拭った。その横顔は、花々の灯りに照らされて言葉を失うほど美しい。
「……羨ましいのう。其方らのように、想いのまま、触れ合えるというのは」
「…………シャイルさんは、違うんですか?」
思わず、そんな問いが零れる。
シャイルはピクリと肩を揺らし、微かに目を見張ってチドリを見つめた。
聞いてはいけない事だったかと、チドリの顔に後悔が滲む。だが、シャイルは彼女のそんな様子に苦笑しただけだった。
「……そのような顔をするでない。素直なところは、其方の美点じゃ」
「ご、ごめんなさい。こんな言い方……」
「よいよい。それに……そうじゃな、確かに妾は其方達とは違うかもしれぬの。少しばかり、苦しい恋をしておるよ」
「恋……」
花唇から呟かれた言葉を、チドリは繰り返した。シャイルが口にするだけで、どこか胸を締め付けられる気がするのは何故だろう。
「今回の宴にも、関係しておってな。いや……もはや因縁と言ってもよいかもしれぬの。妾としては、ここでその因縁も断ち切っておきたいところなんじゃがのう」
「私に何か……出来ることは、ありますか?」
「……もう、その言葉だけで充分過ぎるほどなんじゃがの」
シャイルがクスリと笑う。それは、いつもの艶っぽいそれではなく、あどけない少女のような可憐さがあった。
「じゃがまあ、今回は其方を頼ろう。妾ももう、年にかまけて意地を張るのはやめにせねばなるまいし」
「年って……そんなにおばあちゃんでもないじゃないですか」
「ふふ。それはどうかのう?こう見えても、妾は先代の魔導士達の姿をこの目で見ておるほどじゃぞ?」
たっぷり十秒の間があった。
「ええぇぇえええっ!?」
「ふふ。よい驚きっぷりじゃの。言うておらんかったかえ?」
「き、きき、聞いてないですよそんなの!?え!?シャイルさんおいくつなんですか!?」
「さあのう。そこまでは妾も教えてやれん。まだ心は乙女でおるでな。そうじゃの、百は超えておるとだけ教えておこう」
「ひゃ、百……!?」
「魔物は普通人間よりも長生きするものじゃ。その中でも妾は特に長命で知られる白狐の類であるしのう……ああ、じゃが天狼は人間と同じほどの寿命であるらしいぞ。主人が死に絶えた後に自分だけが生きていても、意味が無いじゃろうしな」
からかうような色をちらつかせて、シャイルがチドリに笑いかける。チドリは微かに頬を赤くし、むくれた。
「……べ、別に気にしてないですけど」
「そうかえ?妾の目にはそうは見えんかったが」
「……意味が無いとは、思いませんけど……やっぱり、自分の大事な人がいなくなった後も生き続けるって、辛い事なんでしょうか」
「そうさなあ……」
少し考え込む素振りを見せ、シャイルはそっとチドリの頭を撫でた。ふわりと薫香が鼻を掠める。
「……チドリは強い子じゃからな。きっと、妾やステラ……レアンが死んでしまった後も、それでも生きようともがくのじゃろうよ。ボロボロになりながらも、きっと、後を追うような真似はせん」
「そんな、私は、強くなんか」
「ふふ。話は最後までお聞き……じゃがな、妾やレアンは、きっとそこまで強くない。愛した者に先立たれては、最早この世に意味などないのじゃ。レアンは恐らく、天狼でなくともそういった子であったろうよ」
「レアンさんが……?」
「妾はの、チドリ。天狼が主人に残す事の出来るその痕は、言わば彼らにとって一番の幸福ではないかと思うのじゃ」
「この痕が、ですか?」
首元に指を当て、チドリが尋ねる。
所有印のようにも見えるそれは、いつかの日、レアンが残したものだった。
「そうじゃ。主人と……いや、主と定めた最愛の者と最期を共に出来るなど……文字通り二度とない、幸福じゃ。妾も、そうであったらどれほど良かったか」
「シャイルさん……」
「いかんな。其方といるとどうも感傷的になってしまう。忘れろとまでは言わんが、くれぐれも此処での妾の様子を、他の者に口外してはならぬぞ?」
「……はい。わかりました」
おどけたシャイルの様子に、チドリは小さく笑みを零す。
風が吹き、花を揺らしていった。
「そろそろ刻限かの……チドリや、目が覚めたらまた話そうぞ」
「はい。待ってます」
美しい微笑みが、花びらの中に霞んでいった。
気づけば半年以上経っていて本当にすみませんでした(ノД`)・゜・。
国家試験と実習の用意で現在とても忙しく……しっかり完結までは書き切りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします( ;∀;)