捕らわれた魔道士(3)
暴力表現があります。ご注意下さい
机の上に置かれた魔法水晶が、にわかに光を放った。
驚き見つめるレアン達の前で、光はスクリーンのように伸びていく。
映し出された光景に、レアンは息を呑んだ。
「魔道士様ッ!!」
縛り上げられたチドリが、髭面の男に髪を掴まれ、顔を上げさせられていた。苦しげな目が、レアンを見て大きく見開かれる。猿轡のせいか、言葉を発することができないようだった。
傍に立っていた黒いローブ姿の男が、こちらに向かって一礼する。
『ご機嫌麗しゅう、皆様。真に恐縮ではありますが、こちらに、魔道士様を捕らえてあります』
「貴様……っ一体何のつもりだ!!」
レアンの怒声にも、男は全く怯んだ様子を見せない。それどころか、楽しげに肩を揺らして笑い出した。
「何がおかしい!!」
『いえ、失礼致しました……まさか、当のレアン殿下から問われるとは思ってもいませんでしたので』
「なんだと……?」
「……そなたは何者なのだ。魔道士殿を捕らえ、どうするつもりだ」
レーヴェの低い声に、男は笑うのをやめた。冷やかな声音が向けられる。
『殺しますよ。レアン殿下が救いに来られないのでしたらね』
「な……ッ!!」
『ここは城からかなり離れておりますが……貴方ならば辿りつけるでしょう?狼人間の強靭な足と嗅覚を以ってすれば』
男の言葉に、レーヴェは瞠目した。フィオーレも体を震わせる。
(彼奴の狙いは、これか……!!)
周りに控えていた衛兵と侍女と執事達は、揃って不審げな顔をしていた。各部署から集められた公爵達も同じだ。
レアンに、彼らの前で本性を晒せと言っているのだ。
(いかん、そんなことをすればレアンが……)
レアンの方に目を向ける。
予想に反して、彼は静かな表情をしていた。
その顔からは、恐怖も焦燥も感じられなかった。
あるのは、純粋な憤怒のみ。
唐突に、短い悲鳴が聞こえた。
いつのまにか、髭面の男がチドリの猿轡を外していた。チドリが激しく咳き込む。
男が獰悪な笑みを浮かべ、チドリの髪をさらに掴みあげる。
『そら!王子に助けを乞えよ!悲鳴の一つでも上げれば来てくれるかもしれないぜぇ!?』
言うが早いか、手がチドリの頬を打つ。
「魔道士様ッッ」
裂帛に似たレアンの声。だが、チドリは何も言わなかった。唇を噛みしめ、こちらをジッと見つめている。いや、その目は、レアンの双眸を見つめていた。
またも、頬を打たれる音がした。
それでも、チドリは声一つあげない。
男は苛立ったように、懐から刃物を取り出した。
一同から悲鳴が上がる。
『ほら!!何とか言えよ!!』
チドリの白い喉元に刃が当たり、うっすらと血が滲む。
チドリが、スッと息を吸った。
『レアンさん、来ちゃだめですっ!!』
『はあ!?』
予想だにしない言葉に、男はおろか、レアンやレーヴェも戸惑った。
チドリは震えながら続ける。
『絶対に来ちゃだめです!!来ないで下さいッ!!』
『コイツ……!!』
男は刃物を放り、チドリの頭を思いっきり殴った。
チドリが勢いよく床に倒れこむ。
「魔道士、様……ッ」
『ハハハッ!こいつは傑作だ!』
今まで黙っていた黒い男が、笑い声を上げる。
『殿下。あまり猶予はありませんよ?魔道士がいたぶられて殺されてもいいなら、構いませんがね』
その一言を最後に、光は消えた。
辺りに、沈黙が降りる。
破ったのは、恍惚とした笑みを浮かべるアロガンだった。
「どうするのだレアンよ!このままでは魔道士が死ぬぞ!!」
「アロガン……!!」
レーヴェの声にも、アロガンは怯まない。嬉しくてたまらないというように、笑みを広げた。
レアンは一つ深呼吸した。
「……カイト。俺の剣を持ってこい」
「レアン……!!」
「早くしろ」
向けられたレアンの瞳を見て、カイトは何も言えなくなった。踵を返し、広間を出ていく。
「レアン、やめろ!」
「レアン……!!」
レーヴェとフィオーレの声に、レアンはゆっくり振り返った。
二人に向け、静かに微笑んで見せる。
「……陛下。母上。貴方がたが必死で守ってきたものを、裏切る形になってしまって申し訳ありません」
「待て、レアン……!!」
「……それでも、あの方を守らずして得る地位など、俺は欲しくないのです」
空気が揺らぎ、レアンの姿が一瞬で変貌した。
半人半狼のその姿に、周りから悲鳴が上がる。逃げ出す侍女や執事の中、剣を持ったカイトがレアンに駆け寄った。
「レアン、持ってきたぞ!」
「すまないな」
鋭利な爪の光る手で、レアンは剣を受け取った。銀色の尾を一振りし、窓を見る。
「待てよレアン!お前……」
「……あの方の匂いだ」
「え?」
カイトの目の前で、銀色の閃光が窓目がけてとんだ。
ガラスの砕ける音がする。
見上げると、天井付近の窓に、レアンが立っていた。遠くに目をやり、銀色の耳をピクリと動かす。
月光を浴びたその姿は、人間とはかけ離れていた。
こちらを振り向いた金色の目が、優しく細められる。
「……心配するな。あの方を死なせたりはしない」
その一言を最後に、レアンの姿は夜の中に消えた。
アロガンが高笑いを溢れさせる。
「これで終いだ!!醜いアイツの本性が暴かれたのだ……――!!」