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魔道士なんて聞いてない!  作者: 香月千夜
雪月夜の宴
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雲雀が辿る夢

ビクリと身じろぎして、チドリは目を覚ました。

逸る鼓動を治めようと、大きく深呼吸する。

頭の隅まで意識が浸透したのを確認して、そっと体を起こした。

身体の下で、薄い敷布がずれる。毛布のように被っていた外套が、肩から石造りの床にペシャリと落ちた。

瞼を擦って辺りを見渡す。早朝でも変わらず、ここには人の気配がまるでない。


チドリが今いるのはイリオルス国の廃神殿だ。

あの日、星空の下でレアンにしばらくの別れを告げから、早くも数週間経とうとしている。その間ずっと、チドリはこうしてイリオルス国にある廃神殿を訪れ、過ごしてきた。

神殿に来たことに別段深い意味はない。魔族から介入を受けた後、予感のようなものを感じ取っただけに過ぎない。それでも、チドリは神殿を調べることに確かな意味を感じていた。


『おはよぉ、チドリちゃん。よく眠れた?』

「あ、おはよう翠妃さん……んー、多分」

『あらぁ、どうしたの。夢見でも悪かったのかしらぁ?』

「ううん、怖い夢を見たとかじゃないんだけど……うーん……何だろう……誰かの夢を覗き見してたような」

『…そう。でも、別段珍しい事じゃないわぁ。貴方の魔力は他者の影響を受けやすいんだもの。誰か、魔力の強い人の夢にでも引っ張られたんじゃないかしらぁ』

「そっか……じゃああれは、誰の夢だったんだろう……」


少しの間頭を悩ませていたチドリだったが、翠妃に促されて、ひとまず朝の支度に取りかかった。

とは言っても、城にいたころのように用意された服に着替えたり(本来なら侍女が着せてくれるのだが、丁重にお断りしている)食堂に向かってから朝ご飯を食べたりなどは出来ない。城を出る前、せめてこれだけはとレアンに泣きつかれて(正確には色気で落とされて)持ってきたお金があるが、チドリはなるべくそれに手をつけずに生活しようと決めていた。神殿を出て少し歩けば町があるし、探せばその日雇いの仕事をくれる所はたくさんある。ずっと城の中にいたので、チドリはこれ幸いとイリオルスのあちこちで奉公、元の世界の言葉で言えばアルバイトに勤しんでいたのだった。

実際、レアンから知らせがあったのか町の人々はチドリを見ても別段驚いたりすることもなく、快く仕事をくれる。ただその都度、「王子が心配してたよ。十分な資金を差し上げたのですがって」と、苦笑されてしまうのが心苦しいのだが。


(別に、お金が足りないとかじゃないんだけど……他の人のお金に手を出すのは気が引けるっていうか、せっかくだから働いてみたかったっていうか……うう、レアンさんを心配させたかったわけじゃないのに)


一人眉根を寄せながら、チドリは神殿近くの川で顔を洗った。

日光を浴びて思いっきり伸びをし、寝癖のついた髪を整える。


『チドリーッ!おはようおはよう!』

「おはよう紅焔」

『今日は何するんだ!?アタシ、この間やった魔物退治がやりたいなあ!あれ、結構給金も良かっただろ?』

『フン、相変わらず稚拙な頭をしているな貴様』

「あ、藍晶。おはよう」

『ああ。おはよう』

『おい藍晶!お前今アタシの事馬鹿にしたな!?』

『確認を取るような事でもなかろう。それくらい気づけ、馬鹿者』

『なんだとう!!』

「ま、まあまあ二人とも……」

『そもそも、チドリが城を出たのは神殿について調べるためであって、決して働きに出たわけではないぞ。ましてや遊びに来たわけでもない』

『うぐっ……』

『それにな、魔物退治などと気安く言うが、貴様、チドリに万が一の事があったらどうするつもりだ?』

『アタシ達がいるから大丈夫だもん!!』

『たわけ。俺とて主を危険に晒すほど無能ではない。しかし、いくら精霊王でも防ぎきれん事もあるだろう。自信をもつのはいいが、慢心すれば貴様はそこらの蝋燭の火にも劣るぞ』

『ひ、ひどい!!』

『事実だ。それに、そうだな、万が一、万が一の事がチドリに起こってみろ。その時は……』

『そ、その時は……?』

「その時は?」


チドリと紅焔の不安そうな顔を見つめ、藍晶は片眼鏡をキラリと反射させた。


『貴様はきっと、あの天狼の王子に首を掻かれるだろうな』


ヒュッと紅焔の喉が鳴った。顔から血の気が引き、真っ白になる。


『…………それは……やだ……』

『だろう。もちろん俺もだ』

「お、大袈裟だよそんな、大丈夫だって」

『大袈裟?わかっていないな。あの狼はそれくらい平気でやってのけるぞ。いや、精霊王など案外造作もないかもしれん』

『ひいぃぃ』

「いや、レアンさんそんな酷い人じゃないよ!?それに、万が一の事って言ったって私が悪いんだから、紅焔達は……」

『しかし、臣下は仕える者を守るべきだろう。それは何より、あの狼が旨としていると思うが』

「レ、レアンさんはちょっと……甘いっていうか……過保護だから……」

『ちょっとどころじゃないよぉ!?』

『ちょっとどころではないな』

「…………」


閉口したチドリは、唸りながらかすかに耳の端を赤くしていた。

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