悪夢と記憶の果て(3)
一同は、城の中で一番大きな広間に集まっていた。
用意された長机と柔らかな椅子に座り、国王を除く王族達はソワソワと視線を交わしている。辺りは囁き声に満ちており、時折僅かに語気を荒げる者もいた。
そんな中、レアンは膝の上に抱き上げたチドリの頭を絶えることなく撫で続けていた。
レアンの方を向いて座らされたチドリは、その手の感触に瞼を半分閉じかけている。
隣に座ったステラがレアンに耳打ちした。
「ちょっとお兄様。可愛がりたい気持ちもわかるけど今は控えたら?それどころじゃないみたいだし……」
「それはそうだが、チドリ様がこのような状態なのだから、今はこちらを優先すべきだろう」
「……まあ、そうね」
ステラは、眠たげに瞬きするチドリをジッと見つめた。目線に気づいたチドリが、恥ずかしそうにレアンの胸元に顔を埋める。思わずといった風に、ステラがチドリの頬を優しくつついた。
「んむ……?」
「あ、ごめんね。可愛かったものだからつい……」
「こらステラ……チドリ様、眠たいのですか?遠慮なさらなくていいのですよ」
甘い笑みを浮かべ、レアンがチドリの頭をそっと引き寄せる。そのまま軽く背中を叩いていると、次第にチドリの瞼が落ちていった。
レアンの服の裾を握ったままスヤスヤと寝息を立てるチドリに、二人の頬は思いっきり緩んだ。
「可愛いわぁ……」
「ああ、本当にな」
ステラはチドリの頬に触れながら、兄の表情を窺った。
ネフェロディスの王族達を前にしていた時とは全く異なる、心を許した者にだけ見せる緩みきった顔だ。加えて、滅多に甘えてくれることのないチドリを、不可抗力で陥った状態とはいえ甘やかすことができるのがこの上なく嬉しいのだろう。
少し離れたところに座っているウィディアとラフティの視線をひしひしと感じる。
ネフェロディス王家はおろか、自分達ですら振り向かせられなかった男が、たった一人の子ども相手にとんでもなく温かな顔をしているのだ。歯噛みしたくもなるのだろうが、ステラは二人が「まさか、幼少好きの気があるのでは」という会話をしている気がして、そちらが心配だったのだが。
「さてさてさーて。時間も惜しいことだし、話を始めてしまうとするか!」
「そうねシュヴァル。早くゆっくりしたいし」
シュヴァルとユリシアの言葉に、国王が机を拳で叩いた。怒りに顔が真っ赤になっている。
「いい加減にしろ!!いつまでそんなに呑気な事を言っているつもりなのだ貴様らは!!」
「……んぅ」
大声に起こされたのか、チドリが身じろぎした。あやすように背を撫でながら、レアンが国王を食い殺しそうな目で睨む。
「……お静かに」
「う、ぐ……し、しかしだな」
「諦めろレリック。この王子はたとえ国王でもその喉を食うぞ」
シュヴァルがくつくつと笑う。国王、レリックは唇を噛んで引き下がった。
「それで……端々の会話から推測することですが、シュヴァル殿と国王陛下はご兄弟、ということでよろしいのでしょうか?」
「ああ。いかにも、俺とこの大馬鹿者は兄弟だ。まあ、息子達にも打ち明けたことはないのだがな!」
「そうなのですか?エーデル」
「へっ?」
急に話を振られたエーデルは素っ頓狂な声を上げた。皆の目が集まり、緊張からか顔を赤くする。
「あ、ああ、まあ……二人が兄弟なんて知らなかったよ。ていうか、血縁だとも思わなかったし……国王と魔法使いの関係だと思ってた」
「すまんなあ。騙すとかそういうつもりではなかったのだ!そんな愛のないことはしないからな!」
「そうねシュヴァル。私も、貴方が話すつもりがないのなら、と思っていたし……でもそうね、結果的には騙したことになってしまったのかしら」
「え?いや、俺はそんなこと……」
エーデルは照れくさそうに何事か呟いていたが、隣のエルローズが苦笑しただけだった。
「兄弟……シュヴァル殿が兄ということは、当然王位もシュヴァル殿にあると思われるのですが。何故このようなことに?」
レアンの問いに、シュヴァルが溜息をつく。
「まあなあ、俺も若い頃は王位を継ぐことに何の感想もなかったのだ。魔法の研究をする時間がなくなるのが惜しいくらいでな……だが、この弟は違ったわけだ。俺が王になることに強い反感を示して、ついには俺が王位を継ぐ前にユリシアと共にこの王城の地下に幽閉してしまったのだよ」
「ゆ、幽閉!?」
「あらエーデル、そんな顔することはないわ。幽閉といってもまあ陳腐な結界でね……出ようと思えば出られたんだけれど、シュヴァルがどうせだからここで魔法の研究を思いっきりやろうって言い出して。私も、地下の空間を居心地が良いように改良すれば問題ないと思っていたから、了承したの。まあ、結果この馬鹿が国を滅茶苦茶にしてたわけなんだけど」
「ば、馬鹿だと!?」
「その点に関しては本当にごめんなさい。でも、息子の成長のためを思って傍観してたの。この国の魔道士として選ばれたこの子が……昔から不器用だったこの子が、どう動くのか」
「なるほど。それであの時、地下から現れたというわけですね」
「ああ、すまないな。レリックを止められなかったのも、国がこのようになってしまったのも俺達の責任だ。その重みはしっかり認めている」
「そうですか。まあこちらとしては、今までレリック国王と月蝕会が強いてきた労働体制等を戻して頂ければ何も言うことはないのですがね」
「任せておけ。愛に溢れた国政に変えてみせよう!」
大きく破顔したシュヴァルとは反対に、レリックを含む王族達は顔を青くした。
「ちょ、ちょっと待て!簡単に言っているがそれはつまり俺に王位を退けというのか!?」
「さっきからそう言っているだろう」
「ふざけるな!お前などに国王の任を預けられるわけが……」
「私利私欲に走る者を王などとは呼ばん。まあ何も今すぐというわけではないんだ、我らで話し合い、これからのことを考えるべきだろう」
シュヴァルの真面目な顔に、レリックは口を噤んだ。他の王族達も、顔を見合わせながら黙り込んでいる。
ユリシアが微笑みながらレアンの方を向いた。
「さて……イリオルスの王子。わざわざ来て貰ったのに満足に挨拶も出来なくてごめんなさいね。でも今日はせめてお礼を……」
「いえ、お心遣いはありがたいのですが、俺達はもう帰ります。チドリ様がこうなってしまった原因も探らねばなりませんし」
「あら、そうなの?私は色々とお話したかったのだけれど……」
「おお、俺もだ!レアン殿、俺達もその原因究明に助力させてもらえないだろうか?せめてものお礼として」
「しかし……」
「無理にとは言わんが、今日は疲れているだろう?レリックのように趣味の悪いことはしないから、ゆっくりしたらどうだ?」
レアンは隣のステラに目で意見を促した。ステラが肩を竦める。
「チドリも寝ちゃってるし、ちょっとくらいはいいんじゃない?」
腕の中のチドリを見つめる。穏やかで安心しきった顔をして、ぷぅぷぅ寝こけていた。その様子に頬を緩め、シュヴァル達に向き直る。
「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」
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