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一話

 子供のころは、世界が輝いて見えた。まだ母は健在で、父がそこまでピリピリしていなかったというのも大きい。よく屋敷を抜け出しては、友達と秘密基地で遊んだものだ。なのに、今……俺はここにいる。


「くだらない」


 おっと、つい本音がもれてしまった。しん、と静まり返った部屋で、みなが一斉に俺を見る。だらだらと説明していた部下など、ぽかんと口を開けている。なかなか面白い光景だが、言い訳くらいしておこうか。


「別に、お前の解説にケチをつけるつもりはない。くだらないのは、この会議そのものだ。なぁ、どうして時間を無駄にするんだ?」


 前々から気になっていたことを建て前にする。少し唐突すぎただろうか。気まずい空気を打破するように、挙手した男がいた。いかに勤務中といっても、会議にまで甲冑を着込んでくるのは一人しかいない。


「なにかな、ガラハウ副将軍」


「——恐れながら申し上げます。会議にて、みなの意見をすりあわせ、よりよい案を作り出すことは大切なのです。とくに、これは政治に関わることでございます。国を想い民を顧みることこそ、皇族の務めだと、お父上も口癖のように……」


「ほぅ。では、民草のためを思って戦争は止めようか。和平なり休戦協定なり結べば、彼らは泣いて喜ぶだろう」


「若様!」


「ガラハウ、あまり興奮すると頭の血管が切れるぞ。……そう怖い顔をするな。これでも真面目に考えている」


すっかり冷めた緑茶は、思った以上にまずかった。湯飲みを置き、いまだ戸惑っている部下たちを見回す。


「密偵の報告によれば、向こうは不作らしいじゃないか。わざわざ、追い詰められた虎の尾を踏むことはない。こちらとしても、収穫前に人手が減るのは避けたい。攻めるなら、刈り入れが終わってからだ。兵站には予算を充分にまわすように。くれぐれも現地で略奪などするなよ? なお戦略に関しては、田中の案を採用する。私からは以上だ。みなはどうかな?」


「さすが若様。ここまできれいにまとめるとは……。いやはや、このガラハウ感服いたしました。では、この作戦でいきましょう」


「決まりだな。私は少しでかけてくる」


 立ち上がり、ふすまを開ける。背後から、ガラハウが焦ったように追いかけてきた。……勢いあまって鴨居に激突したぞ。身長が二メートルあるのも不便だな。


「——っ! しかし若様、また午後の公務は」


「朝のうちに終わらせた。明日の分も八割がた処理済みだ。あとで医務室に行けよ?」


「……お気遣い、いたみいります」


 ふすまを閉める直前、少し疲れたようなため息が聞こえた。こんなガキにへこへこするのも大変だろうな。俺もむさ苦しい野郎に囲まれて、疲れたよ。


 早足で自室へと戻り、堅苦しい礼服から庶民の着るような服に着替えた。威圧感のあるメイクも、きれいさっぱり洗い落とす。余裕のある男は見た目にも気を使うのが当たり前だが、元の顔がまるでわからなくなるのは……どうなんだろうな。

 まぁ、そのおかげでこうして、お忍びで出かけられるんだけどね。ここ数年は皇子として公務中はメイクをしているから、関係者でない限り俺だとは気づかないだろう。


 昼食は、料理長に頼みこんでお弁当にしてもらっている。夕食までに帰ればいいだろう。お弁当と水筒をふたつずつ、カバンにつめる。おっと、スプーンとフォークも忘れちゃいけない。


「失礼いたします! 若様、せめて護衛を」


「うわっ、もう来た!」


 翼を広げ、窓枠に足をかける。あとはガラハウに拘束魔法と、俺に隠蔽魔法を使って……よし、完璧。


「じゃあな。夕食までには戻る」


「ぬぐおっ、動けない! さすが優秀な魔法使いでいらっしゃる! しかし、このガラハウ諦めませんぞーーっ! ふぬぁーーーーっ!」


 暑苦しい雄叫びから逃げるため、全力で窓枠を蹴る。目指すは秘密基地だ。

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