狩り人97
カリンを洞窟内の道へと待機させたダリルは蔦を伝いて洞窟天井部の穴より外へと。
そのまま蔦を伝い木を登り頑丈な枝木へと。
そこから辺りを睥睨する。
辺りには獲物となる生き物の姿は無い。
無論、ボアングの姿もだ。
この度は弓と矢の入った矢筒を持ち、礫として用いる小石が入った皮袋を腰に括っている。
剣と槍はカリンと共に洞窟内へ置いて来た。
それらの刃はボアングには通じぬ。
無用の長物となるならば、端から持たぬ方が良いとの考えだ。
ダリルは辺りを警戒しながら木から降りる。
そして穴の開いた広場よりスルスルと移動を始める。
見事なものだ。
気配を消し音も殆ど立たぬ。
礫場の筋を越えて行く。
3つ程の幅の異なる礫の川が山頂までを隔てている。
それを越えて林へと到る。
下生えに身を隠し、音を立てぬ様に細心の注意を。
そして山頂へと到る手前にて…
居たっ!
ヤツ、ボアングである。
暢気に下草や近くの実を貪っている。
コヤツが草食であるならば良いのだが、生憎雑食である。
無論、肉も喰らう。
つまりは生き物を狩って喰らうのだ。
その証拠に、ヤツが移動したと思われる先には血が流れた後と食い散らかした残骸が…
おそらくだが狸かなにかであろう。
何かの理由にて逃げ遅れ餌食になったのだろう。
ダリルも猟師である。
ボアングが生きる為に糧を得る事を否定はしない。
だが、それが己の命を狙うとなれば別だ。
みすみすと殺られヤツの糧になる気など毛頭ないのであるから。
ダリルはヤツの姿が見えるギリギリの場所まで後退する。
いや、見失う位置まで下がった。
そして肩に掛けていた弓を外し矢を弓へと番える。
キリキリと弦を引き絞る。
ヒョウっと矢を放つが、狙いを付け放たれた矢では無い。
当然ボアングへ命中するものでは無かった。
無かったが…
その矢はボアングの身近へと刺さる。
【ブギィッ?】
行き成り飛んできた矢を不思議そうに見るボアング。
そんな彼の近くへ次々に矢が飛来。
【プギ。
ブギャァァァァッ】
自分が襲われていると気付いたか、怒声を発し矢が飛来する方向を見遣る。
そして激怒した彼は、矢が飛来する方向へと駆け始めた。
っとは言え、林の中である。
木の間をすり抜けて走るが開けた場所ほどはスピードは乗らぬ。
ダリルは矢を射りつつ移動し、途中から射るのを止めて逃走へと。
礫の器用に渡る。
渡り終える前にボアングが礫の川へと。
だが流石に足場が悪い。
躊躇している間に2つ目の川を渡り終えたダリル。
手に持った弓へ再び矢を番え放つ。
これは流石にボアングを捉えた。
別に傷を負う訳では無いのだが…
ボアングは弱者が己へ、ちょっかいを掛けて来た事が気に入らぬ様だ。
足場が悪い礫の川を抜けダリルを追う。
それを見たダリルは最後の礫川を渡る。
そして草原へと。
そこでも矢を連続してボアングへと。
ますます激怒するボアング。
見え隠れする草の陰より、彼には効かぬ矢を放ち続ける。
猪口才な。
滾る彼が最後の礫川を漸く乗り越える。
流石に礫が折り重なる場にて突進する訳にも行かなかったが、これらを乗り越えられれば別だ。
挑発されつつもむ突進を阻まれ苛立ちは頂点へと達している。
そんなボアングが蹄で血を掻きダリルが居る方向を見据える。
先程の下りで木々が邪魔をした地とは違い、此処は平坦な場所である。
走るのに邪魔は無い。
後は腹立たしいアヤツを弾き飛ばしてくれようぞ。
そう思い、ダリルに向かって突進を。
ダリルは穴へと向かい走っている。
そして勢いを緩めずに穴に向かって飛ぶ。
無謀とも言える行為であるが、木の枝から昨日垂らした蔦紐へと。
それを伝いて木の枝まで登る。
一方のボアングは、そうは行かぬ。
頭に血が昇った彼はダリルを見据え彼しか見えてなかった。
そんなボアングに突如悲劇が。
下生えにて視界が遮られていた事も原因ではあるが、突如消える足場。
一瞬、何が起ったのか理解できなかった様であるが…
悟った後は手遅れ。
悲鳴を発しながら瓦礫が詰まれた穴底へと落下して行くのであった。
ズズゥン。
結構な重量があった為か、地響きが。
ダリルは木の上より洞窟内を伺う。
多大なダメージを負ったボアングは起き上がれ無い様であるが…
息絶えてはいない。
(化け物だな、あれは…)
正直、山親父(熊)であっても、この高さから瓦礫の上へ落下すれば息絶えるであろう。
それが、まだ生きているのだ。
だが、流石に瀕死の状態と判断して間違いは無い。
その様に見取ったダリルは蔦を伝って洞窟内へと。
洞内へと降り立つと、直ぐにカリンが待つ場所へ移動した。
カリンには悪いが、彼女を迎えに行った訳ではない。
その場に置いた得物を取りに向かったのだ。
カリンは跪いて目を瞑りて手を組み祈っていた。
そこへダリルが現れる。
気付いたカリンが歓喜の声を。
「ダリル兄ィ!
無事だったんだねっ!」
非常に嬉しそうなのだが…
そんな彼女に短く告げる。
「まだだ。
まだ、終わって無い」
そう言い残すと槍を掴み直ぐに洞内へと戻る。
カリンが驚きダリルを追う。
思わず咄嗟に行った行動と言えよう。
そんなカリンの目には、フラフラと立ち上がったボアングへと挑んで行くダリルの姿。
彼は走った勢いを殺さず、正確にボアングの目へ槍を突き入れる!
【ボギャァァァァァッ】
突き入れた槍が目から頭部へと分け入り、ヤツの脳を抉る。
流石に脳を破壊されては生きてはおられぬ。
深々と槍を突き入れたダリルは、直ぐにそこから跳び退る。
残心と言うヤツであろうか。
だが流石のボアングも最後の足掻きをする余力も無かった様だ。
ドゥと倒れビクビクと痙攣を。
それも頓ては途絶える。
その状態を見て、尻餅を付く様に座り込むダリル。
「ふぅぅぅ。
流石に今回は疲れたぜっ」
沁み沁みと呟く、ダリルであった。




