狩り人95
川沿いを下る。
流れの穏やかな岩陰に、そいつは潜んでいた。
動きは然程軽やかではない。
いや、見た目からは愚鈍と見えるであろう。
ダリルは直ぐに、ソヤツを見付け出していたがカリンは気付かなかった様だ。
彼が狙いを定め始め漸く獲物が潜んでいる事に気付いた。
そんな彼女が気付いた頃には、狙いを定めたダリルの槍がヤツへと繰り出されている。
狙い違わず槍の穂先がヤツを貫く。
貫いたヤツを槍毎手繰り寄せ水面下より引き上げる。
愚鈍な形とは言え、流石にビダンビタと身をクネラセ暴れる。
その様はグロテクスな形も相俟って異様な迫力を醸し出している。
「うぇぇぇっ。
それっ、なぁにぃぃっ」
カリンから嫌そうな声が上がった。
流石に気持ち良い代物では無い。
ぬらぬらと滑る皮膚は、その身姿をより強調する形に。
とても食材とは思えぬ代物である。
無論カリンはダリルが誤って狩ったと思っている。
(ダリル兄ィでも失敗する事はあるんだぁ~)
そんな風に。
だがダリルは平然とそれの血抜きを初め、更には解体まで進める始末。
それを唖然と見ていたカリンだが…
(ま、まさか…ねぇ)
そこはかとなく不安を覚えるカリンがダリルへ声を掛ける。
「ね、ねぇ、ダリル兄ィ…
それって…」
「んっ?
これか?」
解体中のそれを持ち上げ告げる。
「う、うん。
それ…解体して…どうすんの?」
まさか、まさかと思いつつ尋ねる。
「無論、食べるんだが?」
「いっ!
う、嘘だよね…」
二の腕を摩り摩り告げる。
鳥肌が立っている感じだろうか?
「何故だ?
これは結構イケル味だぞ」
シレッと。
「は、ははっ、そうなんだぁ~
きっと美味しいんだね。
けどオイラは遠慮したい…かな」
などと告げるが…
「んっ?
昨夜は美味い美味いと食べていたじゃないか」
そう爆弾発言を。
「へっ?」
理解できずに固まるカリン。
「いや。
昨晩に、おまえも美味い美味いって食べてただろ?」
穏やかに告げる。
それを聞き、ギギギギギッと油が切れた人形の如くダリルを見るカリン。
「マ、マジでぇ?」
「マジだか?」
何か?っと言った感じで軽く。
「ウッゾォォォォォォッ!」
カリンの悲鳴が洞窟内へと響くのであった。
この大山椒魚は日本では天然記念物となっており獲る事も食す事も出来ない代物である。
だが稀代の美食家たる北大路 魯山人は食した事があり美味と書に記されているとか。
これは中国などでも保護指定されており、あの国であっても食す事は不可能なのだとか。
だが流石は食の国だけあり大山椒魚の養殖がなされており、養殖物であれば食用として手に入るそうだ。
容易く手に入る品では無いが、一度チャレンジするのも良いのかもしれぬ。
だが日本の物とは種類が違い、魯山人が食した物とは異なるとの事だ。
そんな大山椒魚であるが、ダリル達の住む世界では別に保護指定などは受けていない。
まぁ、容易く見付かる人里近くには生息してはおらず、一般的な獲物では無い。
深山の清らかな水が流れる沢などに見掛ける事はあるが、その様な場所には猟師などしか立ち入らぬものだ。
故に猟師達以外で大山椒魚を食す者は稀である。
猟師達も大山椒魚の形にて売り物にならぬ事を知っており、主に自分達の食材としてしか扱っていない。
そして猟師達にとって大山椒魚は容易く狩れる御馳走として人気な食材としての獲物だったりするのだった。
とは言え、その身形は異様であり、なかなかのインパクトを放っている。
食すのを躊躇わすには十分だと言えよう。
だがカリンは、昨夜既にコレを食している。
そう言う意味では、既に手遅れとも言えるが…
絶賛硬直中のカリンを見てダリルが溜息を吐いて告げる。
「確かに姿はアレだがな。
コイツは、なかなか御目に掛かれない代物でな。
身姿から市場では敬遠され出回らないし…
実は傷み易い代物ゆえに扱いも難しい。
燻製にすると味が落ちる為、保存食にもむかぬ。
だから現地にて猟師のみが楽しむ代物だ。
っと言っても、ある程度の大きさになった固体しか狩ってはならぬ仕来りがな。
狩り尽くして絶滅させた場所が過去にあるんだとさ。
だから俺達猟師でも、そうそう食べれる品でも無いんだぞ。
要らないなら俺一人で食べるが?」
その様に宣言を。
カリンの内心では葛藤中である。
(うぇぇぇっ。
あのグロテクスなのを?
けどけどぉ…
昨日の料理はぁ…
でもぉ、けど、でもっ…)
悩みは深いと見える。
そんなカリンを放置してダリルは解体を再開する。
皮の滑りは温水を使用し川砂を塗したりしながら除去を
内臓も丁寧に退け去る。
大まかな処理を終えると焚き火前へと戻るダリル。
一度、大山椒魚を焚き火前へと置き、燻製作製中の穴の前へと。
穴の前にて焚いている焚き火の状態を確認し、燻り火勢の弱まった焚き火へは薪を足す。
それを終えて、ベースとしている焚き火の前へと戻る。
その後は大山椒魚を使用した料理を造り始めるのであった。
そんなダリルに置いて行かれ、絶賛放置中だったカリン。
ハッと気付くとダリルの姿が無い。
慌ててダリルの元へと。
「置いて行くなんて酷いやぁっ!」
お冠にてダリルへ詰め寄るが…
「待っていては夕食が遅くなるのでな」
シレッと告げられ、沈黙するのだった。
ま、結局カリンは大山椒魚料理に舌鼓を打つカリンであったが。
お愛嬌といった所であろうか。




