狩り人92
鹿の後方へと回り込み身を潜めたダリル。
距離は十分に離れている。
だが、少しでも近付けば気付かれる距離でもある。
その絶妙な位置へと位置取りを。
その様な状態にてダリルは矢筒より矢を取り出し弓へと番える。
その矢は鏃が付いていない破竹より作り出した矢である。
無論、殺傷能力などは秘めていないのだが…
ヒョウっとばかりに放たれた矢は鹿を直撃。
【ピッ】
同時に姿を現すダリル。
【ピュイイッ!】
驚き慌てて逃げる鹿。
追うダリル。
逃げ易いルートに疑いもしない鹿は、迫るダリルに驚き走る。
ダリルが射る矢が更に鹿を追い立てる。
必死に逃れ様とするが…
【ピュ!?
ビュイィィィィィィッ!】
突如足場を失う鹿。
丈の高い下草が視界を奪い気付かなかったとみえる。
鹿が驚きの悲鳴を上げながら落下。
高所からの落下し、落下地へは敷かれた刺々しい瓦礫が。
それは鹿に止めを刺すには十分なダメージを与えるのであった。
ダリルは追った勢いの侭でロープへと飛び付く。
そして猿の如く蔓草のロープを登る。
猟師と言うより野生児と言わしめるか如し身の熟しであった。
そして、そのまま木を伝いて洞窟崖の蔓草を使用し洞窟内部へと。
鹿の落下地へと向かう。
そして既に鹿が事切れている事を確認するのだった。
(うむ。
これならば、ボアングとて無事には済むまい。
だが実行する際にはカリンには退避して貰った方が良いだろうな。
上へと到るルート方面へ荷と共に移動させれば良かろう。
彼方へはボアングの巨体であれば移動は出来ぬ。
最悪は此処へ閉じ込めれば良い。
その場合は村へと戻り晶武器を借り受けるしかあるまいて)
その様に判断を。
頭上を見上げ思う。
(この高さから落下し無傷だとは思えぬが…
ヤツの頑健さは異様とも聞き及んでいる故になぁ)
有り得ぬとは考えるが、万が一を考慮せずにはいられぬ。
(どちらにしても、実行は明日だな)
既に日は傾き始めている。
これより行動していては、ボアングをこの地へ誘導する迄には日が暮れるであろう。
いくらダリルであろうと、暗闇にて穴まで逃げて穴を避けて蔓草ロープへ飛び付く自信などない。
ボアングを穴へ誘導できて落としたとして、ダリルが一緒に落下しては洒落にもならぬではないか。
(しかし…
この地は良いな)
しみじみと思う。
洞窟内には豊富な素材が満ち々ている。
洞窟外には獲物の気配が濃厚だ。
狩りにも採取にも採掘にも適したフロンティアとでも言えるか。
いや、此処へ集落を開拓して造る訳でもあるまい。
フロンティアとは大げさか。
いや。
此処へ集落を築きて採掘や栽培などを推し進めるのも面白いやもしれぬ。
その様にも思うが、その様な案件にまで話が進展すれば最早ダリルから事案は他に移っている事であろう。
(ふっ。
一介の猟師やハンターが考える事では無いな)
その様に思い至り、己の思考に呆れ苦笑いを浮かべ自嘲するのであった。
そんなダリルの元へカリンが近付く。
「こ、これ…
もしかして…」
カリンの目は鹿を捉えている。
驚いた顔で鹿と頭上の上を交互にと。
そんなカリンを面白そうに見遣りながらダリルが優しく告げる。
「ああ、そうだ。
上の穴へと誘導して落としたのさ。
天然の罠といったヤツだな」
淡々と告げるが…
それ故に迫力があるとも言えよう。
ゴクリと唾を飲み込みカリンが告げる。
「こ、これをダリル兄ィが1人で?」
恐る恐る告げるカリンに笑いながら応じるダリル。
「当たり前だろ。
此処には、おまえと俺しか居らんのだからな」
その様に告げると…
「凄いっ!
凄いやぁ、ダリル兄ィ!」
感極まった様に告げるカリンであった。
狩った鹿は小鹿では無い。
成獣であり結構な巨体を誇る牡鹿である。
狩りに現れたのがダリルで無くカリンであったなら、牡鹿は逃げずにカリンへ立ち向かったであろう。
だが現れたのはダリル。
野生動物故か相手の力量を在る程度は察してしまう。
今回は、それが仇となってしまった。
敵わぬと判断して逃げて追い遣られた結果がこれである。
だが逆にダリルへと立ち向かったとしたら…
ダリルは避けて穴へと逃げつつ誘導したであろう。
その誘導に乗らずに逃げれば助かったやもしれぬ。
逆に挑発され誘導されれば穴へと導かれ同じ結果となっていただろう。
どちらにせよ、鹿には分が悪い賭けとなっていた様である。
ダリルは鹿の解体へと移る。
結構な巨体を誇る大鹿であり、その角は枝木の様に別れ威容を示している。
若い鹿では無く年老いた鹿。
老練たる鹿であり群れを率いるリーダークラスと言っても過言ではあるまい。
恐らくは群れを次代へと譲り群れを離れた固体ではあるまいか。
毛皮も素晴らしい。
無論、若い固体の様な艶やかさや柔らかさは損なわれている。
だが長年を生き抜いた牡鹿の皮は頑健で分厚い。
これは嗜好品などより革鎧や鞍などの革用品へと扱うべき品であろう。
ただし肉は筋肉質ゆえに硬く美味いとは言えぬやもしれぬ。
だが干し肉にすれば良いだけの事だ。
早速血抜き作業と解体へと取り掛かるダリルであった。
この作業にはカリンも参加し2人掛りでの作業となる。
内臓などの繊細な解体はダリルが行う。
不要部位を除去すると内臓の洗浄などの下処理はカリンが受け持つ事に。
丁寧に下処理を行えば、それだけ美味い食材へと化ける品だ。
カリンが目の色を変えて作業へと勤しむ。
流石は食いしん坊カリンなだけはある。
そんな作業を終えるとダリルは夕食の支度へと。
無論全てが食べれる訳では無いのであるが。
食べられぬ食材は加工すれば良いだけ。
その様に判断を下すダリルであった。




