狩り人84
2人が焚き火の前にて落ち着いた頃には日が落ちていた。
洞窟上部に空いた穴からの日の光は途絶え、月光の淡々とした柔らかな光が穴から仄かに差し込む。
洞窟内を照らすには至らない光源ではあるが、洞窟内は十分に明るい。
焚き火にて暖を取っているが、その灯りが辺りを照らす光源となってはいる。
だが、洞窟内の全てを網羅する程では無い。
故に本来ならば辺りは押し潰さんばかりの暗闇にて閉ざされる筈であった。
だが、そうはなってはいない。
光苔が発する淡い明かりが…
いや、それだけでは無い様だ。
ダリルが気付き声を漏らす。
「ほぉ…うぅ」
吐息の如き呟き。
少し俯き気味に焚き火前にて、少々気不味そうに座っていたカリンがダリルの声に反応。
「どうしたの?」
不思議そうに。
ダリルは黙って上を指差す。
「?」
カリンは訳が解らない侭に、指差された方を見て…
「わぁ~」
感嘆の声を漏らす。
頭上に空いた穴から覗く夜空。
晴天に瞬く星明かりは狭い空間より垣間見ても美しい。
そんな夜空を駆逐するが如し…星、星、星…
洞窟内に星が雲霞の如く浮き上がっている。
まるで流星雨とでもなり降り注がんばかりだ。
「き、きれぇ~
綺麗だけど…
ちょっと…怖い…かな?」
その輝きに圧倒された様である。
「月光石だな」
ダリルも頭上を見やりつつ呟く様に。
「月光石?」
カリンが不思議そうに。
「発光する理屈は知らんが…
月の明かりに反応して輝く鉱石だな。
一見、普通の石と区別がつかぬらしい。
見分けるには月明かりに翳す必要があるが、地下深くでしか得られぬのだとか。
武具素材になるとかで、鍛冶師ならば挙って採りに来るだろうな」
その様な事を。
「へぇ~
こんなに綺麗なのが?」
辺りを見回しながら告げる。
「他の鉱石や鍾乳石などに光が反射している事もあろうが…
本来、月光石は稀少でな。
此処までの月光石が埋蔵されているなど聞いた事もない。
他の鉱石や素材も含め、この洞窟は異常だと言えるな」
肩を竦め、軽く首を振りながら告げる。
正直、稀少素材が満載で怖い程だ。
国に知られれば大騒ぎになるだろう。
そう考えると、迂闊に知らせるのは危険やもしれぬ。
少し悩ましく思うダリルであった。
一方のカリンは、純粋に風景に圧倒されつつ観賞を楽しんでいる。
まさしく、お気楽と言った所か。
そんなカリンへダリルが告げる。
「さて…
折角の湯があるのだ。
俺も身を清めさせて貰うか」
そう告げて、ダリルが立ち上がる。
「へっ?」
告げられた意味が咀嚼できずに、カリンがキョトンとダリルを見る。
そんなカリンを意に介さずダリルが背嚢から荷を引き出す。
虎の子である石鹸と身を拭う布に体より水気を拭き取る布を。
毛布と替えの下穿ききもだ。
その支度を眺め、漸く事態を把握したカリン。
一瞬慌て、辺りをキョトキョトと。
そして真っ赤になって俯くのだった。
そんなカリンに戸惑いながら困り顔で彼女を見るダリル。
正直、汗を掻き埃に塗れた身を清めたい。
布で拭うのでも構わぬが、折角、近場に湯が湧き出ているのだ。
カリンとは違い、狩場によっては湯が湧き出した場所にて入浴した経験のあるダリル。
湯に浸かりて疲れを癒やす快楽も知っている。
そんな彼にとり、このシチュエーションであっても入浴を断念するのは…
「少しの間だ。
済まぬな」
そう告げ、焚き火付近より立ち去る。
カリンはダリルが行くのを感じるが、それを目で追う事など出来なかった。
そんな彼女は内心にて思う。
(オ、オイラ…
どうしちゃったんだろ?
村に居た頃は皆と一緒に川で泳いだり、水浴びしていたのに…)
その様に。
この世界に水着などは無い。
漁師なども下穿き1つで海へと潜る。
海女は胸へ布を巻き付けるが。
まして村の子供などは、男女問わずに裸で川へと。
一応は、年頃の女性は場所を決めて身を清めている。
その場合は交代で見張りを立てる様だが、その程度である。
無論カリンは子供として皆と裸で共に川へと。
そんな生活だった彼女にとり、異性として入浴を意識した事など無かった。
ダリルと同い年どころか、成年男性が混ざる事も少なく無かったのだから…
なのにダリルはダメだ。
彼が衣服を脱ぐ衣擦れの音にドキリと。
胸がドキドキと動悸が…
息が苦しく胸が痛む。
(こ、これって…
病気!?)
不安に。
いや、有る意味病気とも。
不治の病。
草津の湯でも治りません。
困ったものである。
特に本人が気付かぬ場合、本人にとっては深刻な事態であろう。
周りからは微笑ましいだけだが…
一方のダリルだが…
カリンには悪いがカリンの恋心には気付いてはいない。
正直、妹達と同じ扱いである。
ただ…
(ふむ。
身内で無い少女を扱った事は…
妹達の友人は身内と似た感じだったしな。
正直、扱いに困る)
その様に。
いや、その程度にしか思って無かったりする。
ダリルの恋愛基準にカリンは達してはいない様で…
淡い恋心は成就する事はあるのだろうか?




