狩り人83
ダリルが運んだ荷をカリンが受け取る。
「ありがとう、ダリル兄ィ」
そう告げ、毛布を身に纏った。
焚き火に当たっていたとは言え、少々肌寒くなって来た所であった。
そのタイミングでダリルが帰って来て助かったと言うところか。
時間が経過したためかカリンも落ち着いている。
少々顔が赤いが、普通に対応可能に。
その様子を見て、ダリルもホッと。
「確か…
カリンには身内がいなかったんだったな」
ポツリと。
「うん」
そのダリルの呟く様な問いに小さく反応を。
「そうか…
だから…なんだな」
納得した様に。
「まぁね」
何がとは聞き返さない。
さっきの事と察しが付くと言うもの。
この世界では、女性が身を守る為に男装する事は良くある事だ。
そして、その様な女性は警戒心が強い。
間違っても見知らぬ男性にノコノコとついて行くなど有り得ぬのだが…
その点もダリルがカリンを女性との判断しなかった所以だったりする。
無論、その点にはダリルも不思議に思いカリンに確認を。
「なぁ、カリン」
「んっ?
なぁ~にぃ?」
小首を傾げ。
そんな仕草に軽くドキリと。
悟られ無い様に抑制し続ける。
「何で俺に師事しようと?」
来た!?
内心でカリンがビクリと。
軽く深呼吸し…
「前にも言ったけどさぁ。
オイラに教えてくれる人が居なくて…
変な人だと危ないじゃん。
オイラ、自分の危険察知能力だけには自信があるんだよ。
危険な人や騙そうとするヤツも分かるんだよね。
けど、大概の連中が…ねぇ」
(ふむ。
町でハンターギルドとなれば…)
ダリルも最近のハンターギルドは質が低下し、荒くれ者が増えている事は知っている。
いや。
獣竜ガルオーダ討伐時に知ったと言うべきか。
あの様な連中が屯しているならば、確かに容易く教えを請える相手には出会うまい。
しかしだ。
「その理屈は解るが…
1人旅の男へ師事するのは危ういとは思わなかったのか?」
そう、少年ならば。
それでも時によっては危うい。
ダリルの村には居なかったが、傭兵団などでは衆道なども。
男と言えど、決して安全とは言えぬのだ。
それでも男とオナゴでは被害が違うと言える。
厳密に語る事は避けるが、決して誉められる事では無い。
現に先程の事態である。
あれが自制の効かぬ者であったなら…
確かにカリンは被害者であるが、その無警戒さは罪として扱われるであろう。
この世界は、決して優しくは無いのである。
「それは…
けどさ。
それで躊躇して死に掛けたんだよ。
兄ィに助けられなかったらオイラは…
それにさ。
見ず知らずのオイラを兄ィは助けてくれたじゃん。
悪い人にも思えなかったしさぁ」
「いや。
あれは、おまえが俺に声を掛けたから狼に悟られ、ヤツが襲い掛かって来たからだからな」
困った様に。
「でもさ。
悪いヤツなら、その事でオイラを脅して来ると思うんだよね。
ダリル兄ィは、そんな事しなかったじゃん」
まぁ、一理あると言えるのだろうか?
釈然としないが話が進まぬので、此処までと。
カリンはダリルの追求が収まると悟りホッとする。
彼女自身、何故ダリルへ己が執着したのか…
実は良く分かっていないのだ。
初めての恋心。
初恋とは知らぬ内に掛かった病の様なもの。
本人に自覚が無くとも、知らぬ間に相手に惹かれる事に。
そんな自分の恋心に気付かぬカリンが、ダリルへ説明できる筈も無い。
そしてダリルも、その点には疎い。
朴念仁と言われても否定できぬレベルであろう。
ウブと朴念仁…
なかなかにハードルは高そうだ。
その話を終えダリルが次の話へと。
「そうそう。
ボアングなんだがな」
カリンは衝撃的事件にて忘れていたのであろう。
一瞬キョトンと。
そんなカリンに苦笑いしながら…
「あの大猪だがな。
相変わらず山頂を彷徨いていたぞ」
そう告げられ、洞窟へと至る原因となった巨大猪ボアングの事に思い至る。
「アイツ…
まだ居るんだぁ…」
嫌そうに。
現れた時の事を思い出したのだろう。
居座っていると聞き困惑気味である。
「執念深い性質だと聞いてはいたが…
全く去る気配が無かったな」
その様に。
洞窟入り口へ荷を回収しに向かった際に、山頂の様子も窺っていた。
確認した感じでは去る気配は無く、辺りで食料を物色している感じである。
ダリル達を諦めるつもりは無さそうだ。
下山ルートへ至るにはボアングを退けねばなるまい。
崖を下る事は不可能。
ダリルが荷を持たずに単独にて挑んでも危うい。
荷を持ちカリンを連れてなど論外である。
山頂への崖をカリンがよじ登るなど不可能。
荷は山頂へ登ったダリルがロープにて引き上げる事は出来ようが、カリンはダリルがロープにてサポートしても登れるか…
ただでさえ、その状態なのにボアングが行く手を塞ぐ。
今のダリルでは退ける事、能わず。
正直、詰んでいる状態であった。
そして、もしボアングの姿が山頂より消えたとして…
山中を移動中に遭遇したら助かるまい。
荷を捨て逃げてもカリンを連れている限りは、何時かは捕捉されるだろう。
余りにも危険な賭けとなるに違いないのである。
八方塞がりとは、この事である。




