狩り人08
2人の話が一段落付くと村長が割り込む。
「鍵を持って来たぞい。
倉庫に荷を降ろしてくれんかのぅ」
唐突に告げられる。
村長は騎士爵。
若い頃は戦場にも出たし、盗賊や竜種の討伐も行ったものだ。
引退したとは言え気配を消す程度は容易い。
故に…
「ふぎゅあひゅあっ!」
村長の掛け声に仰天して、変な声を上げるヤムナ。
一方、ゼパイルとダリルは狩人。
獲物を狩る関係上、気配を絶ったり察知するのに長けている。
故に村長の接近には気付いていた。
一方のヤムナは農民。
彼には、その様な術は身に付けて無い訳で…
「ぬぉほほほっ。
こりゃ良いリアクションするのぅ。
ゼパイルは容易く察しよるし、最近はダリルも気付く様になりよったでのぅ。
この様な良い反応は久し振りじゃて」
楽しそうに笑う。
大分お茶目な性格の様だ。
「はいはい。
悪戯して無いで、サッサと倉庫を開けて下さい」
ダリルが取り合わずに告げる。
「冷たいのぅ。
老い先短い老人に少しは付き合ってくれても良かろうに」
ブチブチ言いながらも倉庫の扉前へ。
分厚い南京錠に鍵を刺して回す。
カチッと音がし鍵が開く。
南京錠を外し、戸を右横へとスライド。
日の光が差し込むと、納品前の物質や保存食が姿を表す。
今年に撒いたり植え付ける種や種籾に苗も納められていた。
扉を全開した村長は迷わず中へ。
直ぐに倉庫の一角へと向かった。
「此処へ荷を降ろしておくれ。
そうそう。
ソリは何時もの所にのぅ。
置いてくれたら状態を見るでな」
その様に指示。
ダリルは頷くと、ソリなどの器具が納められている一角へとソリを持って移動。
どうやらソリは村からの貸し出し品だった様だ。
ダリルがソリを置くと、村長がソリの状態を確認し始める。
その間にダリルは、ゼパイルとヤムナに手伝って貰いながら獲物を降ろして行く。
全て降ろし終えた頃に村長が近付いて来た。
そして徐に告げる。
「ソリに異常は無かったぞぃ。
ダリルもソリの扱いが巧みになったものじゃてのぅ」
にこやかに告げる。
更に。
「では保証金を返しておくでな」
その様に続ける。
村からの貸し出し品であるソリを借りる場合は借り賃が発生する。
更にソリを破損させた場合を考慮して金を預けねばならないのである。
ただその金は、無事にソリを返却すれば戻って来るのだが。
ダリルは軽く頷き金を受け取る。
それを腰へ結わえてある革袋へと入れるのだった。
ゼパイルは荷運びの間や待ちの間に収穫物の検品を行っていた。
その顔は弟子の収穫物や処置に満足した様に見える。
端からは厳つい強面にしか見えぬ故に判断は付き難いだろうが…
それでも村長には区別できるのだろう。
「満足気で嬉しそうじゃのぅ。
満足いく品じゃったかぇ?」
揶揄する様に告げる。
そんな村長を「えっ!?」と言った顔でヤムナが見る。
彼の目にはゼパイルが嬉しそうにしている様には、とても見えなかったからである。
「そんな風に見えますかな?」
困った様に。
にこやかに頷く村長。
嬉しげで、少し照れた様なダリル。
師匠に認められたのが嬉しいのだろう。
そして…
全力で首を左右に振っているヤムナ。
誰も相手にしていないが…
なかなかに良い味を出す、おっさんである。
「どれどれ」
そう告げながら、村長も納品物の確認に入る。
「ほぅほぅ。
革は全て軽く鞣してあるのぅ。
ふむ。
この程度に留めるのは評価できようのぅ。
専門家が仕上げた方が良いでな。
肉の方も香草を塗してから燻してある様じゃな。
ガソラ、ラマユラの樹液も間違い無さそうだて。
ただ…
メルスは確認に2日掛かる故、受領完了は2日後となるでな」
メルスはザルトとギュルムと言う類似樹液が存在する。
故に村で飼っている野鼠に与えるのである。
愛玩として飼っている訳では無い。
納品物の検品用である。
与えた品で体調を崩すかを確認するのだ。
体が小さいため、少量でも効果を確認できる。
故にメルスの様に類似樹液で害毒が含まれる品が混在していないかを確認するのに用いられるのだ。
全ての納品が終わると、村長よりダリルへ納品代が渡される。
大金貨一枚と小金貨、大銀貨が数枚。
貨幣は国々にて製造され、国力により貨幣価値が異なる。
A国の金貨がB国では大銀貨の価値しかない。
その様な事も起こり得る。
レートの違いもあるが、同じ国でも発行された時代や年により金属の含有量が違ったりもするのだ。
ダリルの産まれた国は大体中位。
いや、上位の下と言って良いか。
貨幣には石貨と硬貨の二種類が存在する。
日本の貨幣価値と単純に比較は出来ないが、敢えて比較すると次の様になる。
赤石貨 1円
緑石貨 5円
黒石貨 10円
白石貨 50円
小銅貨 1百円
大銅貨 5百円
小鉄貨 1千円
大鉄貨 5千円
小銀貨 1万円
大銀貨 5万円
小金貨 10万円
大金貨 50万円
白銀貨 1百万円
白金貨 5百万円
これは単純化した例であり、一概には言えない。
また物価が安いため、一般に使用されるのは石貨。
良くて大銅貨までであろう。
この度の引き取り額が高額となったのは、白狐、白狼にガソラ樹液にラマユラ樹液が含まれていたからだ。
此方は庶民では無く貴族などがターゲットとなる。
故に高値で売れる。
故に、この値段と言える。
ヤムナなどは大金貨や小銀貨どころか小銀貨でさえ見るのは初めて。
大鉄火を見た事がある位だろうか。
唖然として報酬の受け渡しを見ている。
とは言え、田舎の村から都会へ出れば物価も上がる。
武具も手に入れねばならないだろうし、そのメンテナンスも専門店に頼まねばなるまい。
素人の手入れには限界があるのだから。
農民とは違い、ハンターは費えが掛かる職業なのであった。
納品が終わったダリルへゼパイルが告げる。
「これで俺が教えられる事は終わりだな。
町へは来月に向かうとして、その間はどうするのだ?」
それに対し、ダリルが軽く告げる。
「そうですね。
2、3日はゆるりと過ごして、近場に狩りへ出ますね。
先ずは実家に土産を降ろして来ますよ。
その後なんですが…」
「んっ?」と言った顔でダリルを見るゼパイル。
「軽く、どうです?
思った以上に利益も出ましたし、日頃の感謝も込めて奢りますよ」
クイッと飲む仕草で告げる。
「ふむ。
ダリルに奢られる日が来るとはな」
何気に嬉しそう。
「ヤムナさんも如何です?」
「えっ!?
オラもだか?」
驚くヤムナ。
「荷車をお借りしましたし、納品も手伝って頂きましたからね。
如何でしょう?」
ダリルが告げると…
少し舌舐めずりしながら。
「いいだか?」
ヤムナも嫌いな方では無い。
寧ろ酒は好きな方だ。
「ご相伴に肖れるとは嬉しいのぅ」
こらこら。
どさくさに紛れて村長が当然の様に。
普通に奢られるつもりの様だ。
困った様に村長を見て…
諦めた様に溜め息を吐くダリルだった。