狩り人76
背嚢よりフライパンや食材、調味料を。
料理を盛る為の皿も忘れない。
食材は干し肉と移動途中に採取した野菜や香草、木の実などだ。
木の実の中には胡桃の様に油脂を多分に含む物もある。
大抵は秋口に得られる品ではあるが、春にも油脂を大量に含んだ木の実も。
殻では無く皮であり、意外と薄い皮に包まれた果肉は液状に近い。
パナッシュと呼ばれる木の実だが、持ち運びが難しい品。
移動中に採取したので無く、薪を集める際に見付けたので採った品だ。
このパナッシュにてフライパンへ油を引く。
食材は油を引く前にフライパンを俎板代わりとして処理してある。
それを皿へと取り分けていたのだが、パナッシュ油を投入した際に香草類の一部も投入。
油にて予め炒める事により、香りを立たせる為だ。
その後で干し肉を。
乾燥した肉へとパナッシュ油が浸透。
その状態にて細切りにした干し肉を炒め茸を投入。
次に野菜を。
最後に調味料にて味を整えれば完成だ。
これを皿に盛ると…
フライパンへ適量の水を注ぐ。
フライパン内を刮ぐ様に掻き回しソースを。
炒めた時にフライパンへと、こびり付いた素材と調味料を刮げ煮詰めたソースを炒め物へと掛け回す。
辺りには濃厚にて芬々たる芳香が漂っていた。
香木にて燻したるロアンデトロスの干し肉。
パナッシュ油にて炒めた香草の香気が引き立て、なんとも…
ダリルが調理している途中に、カリンがガバッと飛び起きた。
「な、なにっ!?」
驚いた顔だが…
口から涎が。
だらしなく絞まらない顔。
そして…
ぐっぐぅ~キュルルルルッ。
盛大に絞まらない音が。
まぁ…
これだけ暴力的とも言える薫りを浴びせられては堪らないであろう。
特に若く健康なカリン。
その彼はキツい道程を身体に鞭打ち歩んだ後に休息を。
さすれば身体は食を求めるものだ。
そのタイミングにて漂う香気。
反応するなと告げるのは酷と言うものであろう。
「美味しそうだよぉ~う」
食い入らんばかりに見詰める。
(遣り難いな)
余りに見詰めるカリンに、そう思うダリル。
一挙手一投足を見逃さぬか如く見られては、流石に遣り難いと思われても仕方あるまい。
そんなダリルが料理を皿へ。
出来たのかと、思わずゴクリと唾を。
だがダリルは作業を終えぬ。
更に目を奪われたカリンが訝しいそうにダリルを。
すると何やら作業を続けている。
ジュワァァァッ!!
そ、その音がっ!
音により食欲が刺激されると言う事がある。
今が、まさに、その時と言えよう。
その音だけでも絶望的になる程に空腹感を揺り起こされる。
なのに…なのにだっ!
フライパンからは、更に濃縮さるたる圧倒的な芳香がっ!
その漂う香気が暴力的なまでに食欲中枢を直撃。
しかも、しかもだっ!
そ、それを…料理へと…掛け回す…の・かぁっ?
(うがぁぁぁぁっ!)
カリン、思わず内心にて絶叫。
出来上がりを唯待つと言う苦行を乗り越える。
いよいよ実食。
期待は否応なく高まる。
料理が盛られた皿の前にて、お預けを喰らった犬が如し。
見えない尻尾がブンブンと振られるのが見える様だ。
そんな尻尾幻視臭漂うカリンを困った様に微笑ましく見るダリル。
その笑顔は優しい。
料理に目が釘付けなカリンは気付いて無いが。
ただ、そのダリルがカリンをみる表情は、嘗てゼパイルがダリルの修行時代に見せていたモノと似ていると言える。
当然、ダリルが気付く事は無いが…
「食って良いぞ。
ただ、シッカリと噛んで食せよ」
優しく告げる。
「うんっ!
分かったよっ!」
元気良く告げると、料理へと挑み始めた。
この世界には箸は無い。
フォークと呼ばれる品もだ。
有るのはスプーンと物を刺して食す串と切り取る為のナイフのみ。
そうなると、この度の様に切り分けた炒めモノを食する場合、当然、皿から直食いとなる。
所謂、犬食いと呼ばれるヤツだ。
下品とされる食し方であるが、ダリル達の世界には、その様な概念が存在する筈も無い。
この食べ方の利点は、苦せず多くの食材を口内へと一度に送り込める事。
さすれば、ダリルが様々な野菜と茸を切り炒めた料理が口へと。
食感が異なる食材が奏でるハーモニー。
ザクッとした食感やコリっとした食感も。
その食感の共演が演じられる舞台へと主役が降り立つ訳だ。
そう。
ロアンデトロス干し肉炒めである。
干し燻した肉は固い、いや、固い筈であった。
柔らかい訳では無い。
十分以上に歯応えはある。
カリンは歯応えがある肉も嫌いでは無い。
だが、パサついた感じは得意では無い。
しかし干し肉とは、そう言った物。
スープなどに投入して戻せば多少は異なるであろう。
だが水辺でない現在、水は貴重と言える。
故に炒め物となった訳で…
干し肉を炒めるからにはバサバサの肉との認識だった訳だ。
その認識の元に現れたるは主役たる干し肉なり。
そのモノはカリンの予想を良い意味にて裏切る。
(あれっ?
意外とシットリして…ジューシィ?
いや。
水分少な目って感じだけどさ。
パサパサ感が無いんだけど…)
戸惑うが…
それは一瞬に過ぎなかった。
流石は主役と言った所か。
噛めば噛む程に旨味がっ!
元々濃厚な香りが更に玄妙で馥郁たる豊かな薫りへと。
その肉を噛むと言わんばかりの歯応えに。
口内が浸され蹂躙されていく。
まさしく桃源郷。
最早、食の虜となりしカリン。
無意識に近い形にて口へと料理を。
無我夢中に料理との格闘へと勤しむのだった。
カリンにとり怒涛の食事時間が過ぎ去る。
食べ終えても料理の余韻に酔いしれ放心。
料理が潰えた皿からエア食いを。
困ったものだ。
ダリルは苦笑いしながらカリンより食器を回収。
焚き火にて焼けた砂や灰を水の代用として食器を洗う。
ある程度の汚れを除去した後に水を含ませた布にて拭う。
水を節約する洗浄である。
限られた水を浪費しない知恵と言えよう。
後片付けを終え、火の始末を。
背嚢へと道具を戻した後で食休みと言う休息だ。
カリンは既に休息中であるが…
放心しているのを休息と告げて良ければだが。
誠に困ったものである。




