狩り人70
まだ夕食には少し早い時間。
故にカリンが採取へ向かう前に食べた品を温め直した物だ。
但し煮込んでいる鍋より汁を少々掬い、それを加えて炒め直した品であるが。
採取前に食したので通常ならば腹は減らぬ時間帯である。
だが大量の薪を枝木へ括り付けて運んで来た。
重い上に悪路を悪戦苦闘しながらの道行き。
大層体力を使いヘトヘトになった訳で…
若いカリンの肉体は栄養を求める。
水を飲んで一息吐いた所に料理を炒め直す香しき薫りが。
皿へと料理が装われる頃には空腹感に襲われ始めていた。
何時もでは考えられないスパンにて覚える空腹に、カリンは戸惑っている。
そんな彼の腹が元気良く鳴き始めた頃に皿を渡されたのだから堪らない。
我慢できずに料理へと挑む事に。
「!
なに、これっ!?
さっきと同じ料理だよねっ?
うまっ!
これ、旨っ!!
なんでぇっ!」
別に尋ねている訳では無い。
夢中で食しながら、つい口より漏れた独り言に過ぎない。
それはダリルにも分かっている。
故に、それに対する応えは無かった。
干して乾燥させた肉は日の光により旨味が引き出されている。
更に水分が抜ける事で旨味が凝縮。
それを炒めた為、幾分パサパサした食感であったのだが…
スープを加え含め煮に近い炒め方を行った為、肉に汁気が移り先程とは違い肉がジューシーに。
更に追加で加えられた野菜の旨味が肉の旨味を引き立たせ、更なる旨味を演出している訳だ。
これはダリルが狙った味では無い。
ただ先程と同じでは飽きるであろうと、煮出していたスープを加えて炒めたに過ぎない。
だが彼が思う以上の効果を発揮したのである。
それは肉がロアンデトロスの肉であったのも良かったと言えよう。
他の肉ならば、そう容易く含め煮炒めの様な形には成らなかったに違いない。
偶々、この肉の特性にマッチした調理方となったのである。
偶然の勝利と言ったところか。
そんな偶然にて生まれた料理を提供されたカリンは堪らない。
口内へと入れた肉を噛み締めると…
シッカリと噛み応えがある肉が香ばしい香りを放ちながら歯にて断ち切られると、ピュッと迸る肉汁が…
しかもこの肉汁。
単純な肉の旨味だけに止まらぬ。
何とも玄妙たる味がするのだ。
一緒に炒められた野菜は歯応えを十分に残し、この歯触りも肉の味を引き立てる。
その肉と野菜の歯応えが奏でるコラボレーション。
口内を蹂躙するが如く迸る滋味溢れる旨味。
思わず陶然となりながらも皿に添えられた串を夢中で使い口へと。
もう完全に魅了されていると断じえるだろう。
それは若い肉体が空腹にて求める欲求とも相俟っていた。
皿に料理が無くなったにも関わらず、無意識で串をカツンカツンと刺すカリン。
思わず苦笑してしまうダリルである。
「おい、カリン。
既に料理は無いぞ」
呆れて告げると、ハッとした顔になるカリン。
仄かに顔へ朱が差す。
恥ずかしかったのだろう。
思わず俯いてしまった。
そんなカリンより皿を受け取り川へ洗い物へと。
その間、カリンには食休みを。
洗い物を終えダリルが戻る頃には、カリンの腹も落ち着いていた。
ゆっくりと寛ぐカリンへダリルが告げる。
「ゆっくりと休めた様だな」
「うん。
大分疲れが取れたかな」
お気楽に応えたカリンだが…
その自分の言動に後悔する事に。
「それは重畳。
ならば鍛練を再開しても大丈夫だろう」
その様な事を。
「えっ!
もう夕方だよっ?」
驚いたカリンが告げるが…
「まだ夕食前だな。
暗くなる迄は、まだまだ間があるだろう。
ならば腹熟しを兼ねて鍛練だ。
さすれば夕飯も美味く食せ様な」
その様に告げるが…
「へっ?
い、いや…
オイラ、今食ったとこだし…」
戸惑うが…
「そうか。
それは残念。
朝から煮込んでいるスープなんだがな。
俺が1人で食べる事にしよう。
あのロアンデトロスの骨と内臓より煮出したスープなんだが…
これ程の美味は、滅多にお目に掛かる事はなかろうにな。
実に残念な事だ」
今食したばかりで、腹は朽ちている状態。
それに間違いは無い。
もう何も腹には入らない。
一分の隙も無いと断言できよう。
そう。
断言できるのであるが…
何故に口内へと唾が溢れる?
思わず、喉を鳴らすカリン。
自分の状態に驚くが…
確かに漂って来る香しき薫りは…
再びゴクリと。
確かに、確かに、お腹一杯と言える。
腹が裂けるレベルにも思えるのだが…
その耐え難き誘惑には抗えそうに無かった。
「う、ううぅうっ…
わ、分かったよぉ~うっ。
遣るよ、遣れば良いんだろっ!」
観念して鍛練を開始するカリン。
今朝方行っていた大石を抱えて歩く鍛練だ。
ギリギリ、そう、まさにギリギリで持てる重さの石。
しかも微妙に持ち難い石を選んである。
持ち難い故に持ち方を模索する。
ギリギリで持てる重さ故に中腰。
不安定なガレ場をバランスを取りながら、ゆっくり丁寧に歩く。
これは足腰や腕力だけで無く、握力や腹筋、背筋、バランス感覚に至る迄、全身が鍛えられる鍛練と言えよう。
実に合理的な鍛練と言っても良い。
行わされるカリンにとっては堪らない鍛練であるが…




