狩り人64
突き入れた槍をその侭に距離をとるダリル。
彼の手には腰の鞘より引き抜いた剣が。
剣へと得物を替えて隙を見せない。
それはそうであろう。
相手はダリルに取っては格上とでも言える相手だ。
以前に狩った大虎クラスとでも言えばよろしいか。
あの時は晶武器にて討伐した訳だが、稀少な晶武器など手元にあろう筈も無い。
自前の武器にて狩るしか無いのである。
故の麻痺毒であるが、本来は罠も仕掛けず単独にて狩る相手では無い。
矢張り獣竜ガルオーダ討伐にて、何か影響を受けたのだろうか?
そんなダリルであるが、油断なくロアンデトロスの動きを見定める。
竜種の生命力は強い。
つい先程も反撃を喰らい掛けたばかりではないか。
一撃でも喰らえば、唯では済まないのだから。
ロアンデトロスが動きを止めて暫く待つ。
そして、ゆるりと近付き剣の刃を突き入れてみた。
反応は無し。
ダリルは十分に気を付けながら無傷の目に剣を突き入れ、確実に止めを。
途端に身動きしなかったロアンデトロスの身体が、ビタンビタンと飛び跳ねた。
矢張り死んではいなかったのである。
襲い掛かる力は失っていただろうが、不用意に近付いていたら…
軽く冷や汗を掻いた、ダリルであった。
その後は解体だ。
先ずは突き立った矢の回収からだ。
矢は箆部分が折れている物が大半である。
篦はシャフトとも言い換えても良かろうか。
矢羽根同様に傷付き易い部品である。
矢は基本使い捨てではあるが、使える部分は成る可く回収だ。
特に鏃の部分は鉄である。
安い部品ではないのだ。
故に鏃は矢が紛失したり、回収する余裕が無い限りは回収となる。
例え刃が欠けても研いで使えるならば使い、個人にて補修不可能ならば鍛冶屋にて修理となる訳だ。
その修理も不可能となれば複数の不良鏃を鋳潰し、新たな鏃を造る事となる。
それと違い篦などはダリルでも枝などから削り出す事も可能。
矢羽根もそうだ。
無論、素人が造る代物だと使用に耐えぬ場合もある。
だがダリルは長年猟師をハンター修行として行って来た身。
長く狩り場へ逗留する場合には、篦や矢羽根が尽きる事もあった。
その度に村へ帰っては狩りにはならぬ。
故に猟師は篦や矢羽根を自作する。
無論、本職が造るそれに比べると、品質は遥かに劣る。
だが窮余の処置としては十分だ。
回収した矢で篦が無事だった物もあったが、大半は折れて修復は無理である。
(これは、大量に造らんとダメだな)
思わず溜め息を。
予備の篦も用意してはある。
だが篦は鏃や矢羽根と違い嵩張る代物。
故に多くは持ち運んでいないのだ。
鏃の方は、突き立った内部へ潜り込んだ物が回収できていない。
此方は後程に解体を行うので、その際に回収だ。
幸いな事に、回収した鏃には異常が見受けられなかった。
まぁ、肉へと埋まり込んだ鏃の方は分からぬが…
矢羽根だが…
無事な物を探す方が困難な状態と言える。
ロアンデトロスが、矢が突き立った状態で激しく動いていたのだ。
無事な部分が残っていた方が僥倖と言えよう。
その矢羽根については消耗品として予備を大量に保持してある。
重い物では無いし、工夫して荷造りさえすれば嵩張りもしない。
己で用意しても良いが、矢羽根は本職の者が造った物の方が出来が遥かに良い。
それは射った矢の飛距離や命中率へ顕著に現れる程なのだ。
無論、篦にしてもそれは言える。
だが、篦に関しては見習い矢職人を凌ぐ力量を持つダリル。
矢職人に頼まれ、篦の作製を手伝った事もある。
故に問題は無い。
矢羽根も、そこそこには造れるが…
矢張り、此方は成る可く妥協したくない様である。
矢の回収も終わり、いよいよ解体へと。
そのタイミングでカリンが話し掛けて来た。
矢を抜き、真剣に矢の状態を確認しているダリルへは、話し辛かったとみえる。
まだ作業はある様だが、先程に比べると雰囲気が和らいでいる。
なので怖ず怖ずとではあるが…
「ダリル兄ィ…
凄かったよぉ~ぅ。
オイラ…ビックリしちゃった」
そんな風に。
「そうか?
ふむ。
そうやもしれんな。
考えてみると…
以前ならば単独にて挑む相手では無いかもしれぬ。
矢張り、あの戦いで感覚が狂ったか?」
半ばから独り言へと。
自覚は無かったが、カリンに話し掛けられた事で気付いとみえる。
「えっ?」
不思議そうなカリン。
「んっ。
ああ、済まんな。
実はな。
つい最近の事なのだが、大きな討伐戦があってな」
「それって噂の獣竜討伐の事?」
どうやらカリンも話は知っている様だ。
「うむ、それだ。
それに俺も参加していたのだが…
どうも、あの時の感覚が残っているとみえる。
侮るつもりなど無いのだが…
どうも狩る安全幅を狭めてしまったとみえるな」
そう反省を。
だが反省するダリルをカリンは、キラキラと憧れの目で。
「ダリル兄ィって、あの獣竜討伐戦に参加したんだぁ~
凄いや、凄いやぁ~
あの英霊ゼパイル様とも会ったの?
お話しはしたの?
勇者ダリル様とも…」
言い掛け…
再び恐る恐ると。
「え~っとぉ…
ダリル兄ィの名はダリルだよ…ね?」
当たり前である。
ダリルが苦笑。
だが、気になった様で確認を。
「その、なんだ。
勇者ダリルとかなんだが…
まさか、噂になっているのか?」
カクカクと頷くカリン。
思わず片手で額を押さえ溜め息を吐くダリルであった。




