狩り人63
【キィュアァァァ!!】
河原にロアンデトロスの悲鳴が鳴り響く。
完全に油断していた所への一撃である。
小型とは言え竜種である。
この辺りには敵は居らず向かって来る生き物は皆無。
陸地奥へと赴くならば、いざ知らず、此処ら辺りの河原は彼の領域内と言っても良い。
そこにて襲撃を受けるなど、青天の霹靂とも言えよう。
とは言え、油断は油断である。
弱肉強食の自然界。
たとえ群れねば抗う事も出来ない弱き生き物とて、無警戒に餌を貪る愚を犯した報いとも言える。
南の地で何度か群れた生き物に襲撃された事はある。
それらを悉く退けた彼は、河原に居た生き物を捕るに足らぬと判じていたのだ。
若い雄に負けテリトリーを追われ遡上。
寒さに弱っていた彼が見付けた新たなる住処。
この川の川底からは温水が湧いている。
その為、川底付近にて身を暖める事が可能だったのだ。
それが、このロアンデトロスが生き延びた秘密であり、この地へ居着いた原因でもある。
その様な特殊な環境であるので、他のロアンデトロスは居ない。
また天敵となる生き物もだ。
彼の天下とも言えよう。
故に襲撃を受けるなどとは予想だにもしていなかったのだ。
瞳に矢が突き立つと、次矢が彼を襲う。
波状如き連続した襲来では無い。
無いが…
1矢1矢に威力が籠もっていた。
そして、その矢は容易く彼の皮を貫く。
いや、違う。
皮の薄い箇所を的確に射抜いているのだ。
目に矢を受け、次々と矢傷を負う。
いきなりの事に動揺し混乱していた彼だが、漸くダリルから攻撃されている事を認識した様である。
正直遅いと言えよう。
それでも認識してからの行動は早かった。
【キシャァァァッ】
声を上げつつダリルへと。
ダリルは冷静に矢を射り続ける。
確かに矢は突き刺さり矢傷を与えてはいる。
だがそれは致命傷には遠い傷であり、彼の行動を阻害する物では無い。
弱い身であるにも関わらず、己に徒なすモノ。
怒気を漲らせダリルへと。
だが如何せん、彼の陸上における移動速度は遅い。
例え全速にて移動を行ったとしても、人が歩むよりは速いが人が走れば追い付け無いであろう。
格好の的である。
これが水中であれば、その移動速度にてダリルを翻弄したであろうが…
そんな彼がダリルとの距離を詰め、一定距離となった時である。
突如跳び上がる、ロアンデトロス。
ダリルへと跳び掛かった!
「うぉっ!!」
素早く跳び退るダリル。
(話には聞いてはいたが…
予備動作無しで、いきなり跳び掛かって来るとはな)
軽く冷や汗を。
想定以上に十分な矢傷を与える事が出来た。
僥倖と言えよう。
相手はロアンデトロスである。
故に端から矢にて倒す気などあろう筈も無い。
ひとえに矢傷より[ルキュインの麻痺毒]を与え麻痺させる事のみを狙っているのだ。
とは言え、いくら即効性を高めた麻痺毒でも直ぐに効能は現れない。
暫くは凌ぐ必要があるだろう。
と言ってもだ。
ロアンデトロスとの接近戦はキツいモノがある。
確かにロアンデトロスは陸地での移動速度は遅い。
だがそれと、近距離での俊敏さが比例するものでは無いのである。
ヤツの動きは非常に素早い。
素早く身を翻し噛み付きを。
前脚の爪による攻撃も侮れ無い。
太く長い撓やかたる尾は、鞭が振られるが如しである。
それに加えて恐ろしいのが跳び掛かりであろう。
跳び掛かって噛み付いたり、引っ掻きも恐ろしいと言えば恐ろしい。
だが、ヤツの肉体自体が凶器となり襲い来るのだ。
小型とは言え竜種である。
ダリルより巨体であり、人で言うヘビー級を超えると言えば分かるであろうか?
無論、獣竜ガルオーダに比べれば小さいと言えるが、それでもダリルにとっては十分に巨大だ。
そんな巨体が勢いを伴い突撃して来るのだ。
まともに食らえば一溜まりもあるまい。
そんな攻撃を避け、去なし回避を。
スレスレの攻防。
避けつつも槍にを突き入れる。
だが、どれも浅い傷でしかない。
致命傷には程遠いと言えよう。
そんな攻防戦に変化が現れる。
ダリルにとり長く緊迫した時であったが、実際にはもっと短い間だったのかもしれぬ。
微かではあるが、ヤツの動きが…
(気のせいか?)
その様にも思ったが…
徐々に露わになる症状。
ヤツ自身は、まだ異常に気付いてはいない。
そう。
漸く麻痺毒が、ヤツの身体へと回ったのであろう。
明らかに動きに精彩が無くなって来ている。
(今だっ!)
鈍った動きの隙を突き、横腹の左前脚の付け根を狙い槍を突き入れる。
ヤツの動きに合わせた事もあり、槍は肉と皮の薄い間接部を深々と貫く。
そして体内へと押し進んだ穂先が、ヤツの心臓を捉えたのだっ!
此処で油断したら、ダリルの命は無かったであろう。
竜種の生命力は驚く程のものがある。
ヤツもご多分に漏れず、心臓に一突きを喰らいならがらも身体を高速で回転。
独楽の如し!
その身体の動きに付随して襲い掛かるが撓やかたる尾である。
ビュッ!
槍を突き入れた直後に跳び退ったダリルの直前を、強靭たる尾が猛威を振るうが如く過ぎ去る。
あの一撃を喰らっていたら、唯では済まなかったであろう。




