狩り人59
食休みも終えた頃、辺りは暗闇に包まれていた。
一応は月の明かりが有りはする。
だが、その様な明かりで明るくなる程、この世界の闇夜は薄くは無い。
故に焚き火が照らす灯りの範疇を越えると、墨を流した様な闇に覆われてしまう。
それは潜在意識へと刷り込まれた原始の記憶による恐怖を喚起する闇でもあった。
カリンは自分の背嚢より毛布を外す。
背嚢上部へと縛り付けておいた物だ。
クルクルと纏め円柱型にして持ち運んでいた毛布を広げ、それを纏う様に身に付けた。
保温性に優れた厚めの毛布であり、複数階層形式から成る品だ。
保温性に優れ、外側の頑丈な革部分が少々荒れた地に横たわっても荒れ地による不快感を防いでくれる。
ハンターに限らず野外にて野営を行う者垂涎の品と言えよう。
「ほぉぅ。
なかなか良い品を持っているじゃないか」
ダリルが感心した様に。
するとカリンが沁み沁みと。
「これさぁ…
父ちゃんの形見なんだぁ~
父ちゃんと母ちゃん、流行病でね。
何でオイラだけ罹らなかったんだろ…
オイラだけ助かっちゃって…」
ポツリと。
「そうか…」
その一言のみ。
後は何も告げぬ。
そして一言も発せずに辺りは静かに…
暫くしてカリンが。
「ねぇ、ダリル兄ィ」
そぉ~っと声を。
だが、ダリルからの応えは無い。
「えっ?
もう寝ちゃったんだ…
流石だよね」
カリンはダリルが一流の猟師だと再認識する。
彼の父は下級役人であった。
そんな父に武人たる者について、良く話を聞いたものだ。
その中に[休む時に休める]事も武人の心得と。
それは兵や役人に止まらず、傭兵にガード、ハンター…そして猟師に至るまで一流と言われる者が至る境地だとか。
(父ちゃんは酔っ払うと必ず言ってたもんなぁ~
父ちゃんも、いずれは一流になってみせるって…
あれって、自分は出来ないってたのと同じだよね)
懐かしく思い出していたカリンであった。
そんな彼も睡魔には勝てず、ウトウトと。
そして熟睡へ。
そんな2人が眠る焚き火前だが…
焚き火の火は有限。
適度に薪を焼べる必要がある。
放置すれば火勢は弱まり火は消えるであろう。
だが火が弱まり始めるとムクリとダリルが起き上がり、空かさず薪を足す。
そしてマントに身を包み横になる。
半覚醒状態。
熟睡せずに一部意識を覚醒させつつ休む技術である。
無論、完全に疲れを癒やす事など出来はしない。
だが1人旅を行う者には必須と言える技術とも言える。
とは言え、容易く会得できる技術では無い。
ダリルの若さで体得しているのは異様とも言えよう。
それだけ厳しい鍛練を潜り抜けて来た証とも言えるが…
そんなダリルは目覚めた時に、ふと思う。
(こいつ…
カリンだったか…
1人で此処まで森を分け入って来たと告げていたが。
良く今迄、無事に過ごせたものだ)
完全に熟睡しているカリンを呆れて見る。
まぁ実際、無事に過ごせている様だ。
不思議そうに一瞥した後、ゴロリと横になり意識を沈めるのだった。
そんな夜営の夜半過ぎ…
ダリルは素早く起き上がり、槍を手に取る。
足元には剣を。
素早く屈み足元の礫を数個ほど手へと。
それを闇に向かいて放つ。
【ギャンッ】
放たれた飛礫が何かに打撃を与えた模様。
素早く槍を突き立て様と身構えたのだが…
闇夜に潜みし獣は、彼我の戦力差を感じ取ったのであろう。
波が引く様に去ったと見える。
だが、それはダリルにとり想定内の出来事。
野生動物は相手が格上と知れば避けて通るものだ。
それを感じずに襲い掛かって来るならば滅するのみ。
その覚悟を既にダリルは決めているのだから。
そんな事よりも、驚いたのはカリンの事だ。
あれだけ熟睡していたにも拘わらず、ダリルが獣の気配を察知して飛び起きるよりも早く飛び起きていた。
そして素早く獣と焚き火を挟んだ位置へと移動。
何時でも逃げれる態勢となっていた。
いや。
ダリルが居なければ逃げていただろう。
彼がダリルを起こそうとする直前にダリルが跳ね起きた為、位置を移動したに止めた様である。
この反応の良さには、ダリルも呆気に取られる気分。
(成る程な。
確かに危険は察知しているらしい)
認めるしかない事実と言うヤツではあるが…
その絡繰りは不明である。
あれだけ熟睡していながら危険を察知して覚醒。
唯事では無い。
どんな達人であろうと熟睡していては敵意を察知できまい。
いや…
ダリルが思い及ばぬだけかもしれぬが。
だとしてもだ。
その境地に幼いカリンが至っているとは、到底思えない。
(これは、どう言う絡繰りなんだ?)
意味が分からなかった。
がっ。
(まぁ良い。
カリンの能力があれば、より安心して夜営を行えると言うもの。
損はあるまい)
そう結論付ける。
そしてカリンへと告げる。
「危険は去った。
早く休め」
それだけ告げ、無造作に横になる。
「えっ、ちょ、ちょっと…
もう寝てるや。
マジで?」
危険が去った事は察してはいる。
だが今の今、直前まで危うい状態だった訳だ。
何時もならカリンは樹上にて休む。
縄で身を幹に結わえ休むのだが…
近場の木々に縄を渡し、最悪の場合は近場の木々へと待避できる対策も講じてから休むのだ。
この度の様に、河原で無造作に休むなどはしない。
彼にとっては冒険と言うよりも暴挙に近い所行。
そして見舞われた危険。
心臓はバクバクである。
そんな彼を放置して横になるダリル。
「信じらんないや…」
困った様にダリルを見るカリンであった。




