狩り人55
何とかアンソニアを撒く事に成功したダリル。
ミューレルに彼が現れる前にはハンターギルド登録を終え、町を立ち去るつもりでいる。
貴族のお遊びに付き合うつもりなど、毛頭ないのだ。
とは言え、森へと分け入ったのはアンソニアを撒くのとショートカットだけが目的では無い。
身軽に移動する為、路銀以外は荷を最低限にしている。
これは己が猟師の出である為、狩りにて獲物を得て採取にて木の実や野草を採り過ごす自信がある為だ。
とは言え、流石に街道沿いではチト辛いものがある。
故に此方を選んだと言う訳だ。
その為、食べられる野草や木の実を見分け採取しながら進む。
野草には野生の野菜なども存在する。
無論、品種改良などは行われていない物だ。
故に人の手が入った野菜よりは美味しいとは言えない。
言えないが…
野趣溢れる味とも言えよう。
ダリルなどは此方の方が好みだったりする。
また毒の有無もそうだが、蔓や木の実、根菜の中には特殊な物も。
甘葛と言う蔓があるが、それから甘味を得る事ができる。
ただコレは得るのが大変ではあるが…
だがバオバイエの蔓と実は違う。
此方は非常に糖度の高い蜜を蓄えている。
ただし蔓の皮も実の殻も非常に堅い。
故に簡単には得る事は難しいと言える。
特に自然動物にとっては。
だが見分けられる人にとっては容易く得られる物。
滅多にお目に掛からぬが…
「疫病神が去ったからか?
幸先が良いな」
アンソニアと別れて暫く移動すると、バオバイエの蔓と実が。
己の幸運に小躍りしたい気分だ。
蜂蜜などに次いで人気がある品。
しかも蜂蜜とは違い容器などは不要。
木の実の殻に糖度の高い液が閉じ込められているのだ。
持ち運びも容易く、日持ちも良い。
売れば高値ではあるが、これは自分用と決めたダリルである。
その後も塩の実やランタウスの木なども得る。
塩の実も珍しい部類ではある。
バオバイエ程では無いにしても、此方も高値で売れる品。
土壌より塩分を吸い上げて実に宿す木であり、その宿す塩にて庶民は塩を得る。
栽培は難しく野生種を探し得るしかない。
ただ土壌の塩分濃度が薄まれば薄まる程、実に宿す塩分濃度は下がって行くようだ。
故に木を見付けても、その実に塩が宿っている保証は無い。
逆に常に塩を宿す木が存在した場合、その地下には岩塩が埋蔵されている可能性があるのだ。
故に塩の実が宿るガシュガレの木をお宝の木と呼ぶ地もあるとか。
そしてランタウスの木は別名、水の木と呼ばれる樹木である。
此方の木は内部に大量の水を溜め込んでおり、枝を切ると枝から水が滴り落ち落ちるのだ。
早速予備の水筒用皮袋へと。
本当は陶器の器が望ましい。
皮袋では水に皮の匂いが移ってしまうからだ。
このランタウスの樹木より得られる水は非常に美味い。
湧き水とは違い樹液が混ざっているのだろうか。
爽やかな薫りと仄かな甘味と酸味。
飲むと清々しい飲み応えと言えよう。
皮袋へ入れた後は暫しランタウス水を木枝より直接貪り飲み堪能。
そして移動へと。
(くっ。
此処ら辺は他領となる為に踏み込んで無かったが…
こんな事ならば、黙って来ても良かったやもな)
その様な事を。
塩や岩塩などならばいざ知らず、塩の実やランタウスなどを狩り場で見付けても報告の義務は無い。
売ったとしても、お咎め無しである。
バオバイエの蔓も実だけを採れば数年は採取可能だ。
長期に渡ると、バオバイエが寄生した樹木が耐えきれずに枯れてしまう。
そうなれば、無論バオバイエも共倒れだが…
通常は甘味樹液を溜め込んだ木の実を保持し続けており、その実を毎回実らす訳では無い。
木の実を紛失した場合に木の実を実らす性質を持っているのだ。
つまり人が木の実を持ち去らねば、新たな木の実を宿す事は無く、木も枯れないのだが…
人の欲に待った無し。
見付かったが最後、搾取されるのみである。
この様に特殊素材も採取しつつ歩みを進める。
途中で現れた兎も狩る。
歩きつつ木の実などを食しており、朝餉や昼餉は、それにて済ます模様。
故に夜は豪勢にと考えていた。
(そろそろ野営を考えねばな)
そう思案。
暗くなってからでは遅い。
出来れば水辺が望ましい。
もしくは洞穴か…
だが洞穴の場合、強敵に出口を塞がれたら逃げられぬ。
木の上でも良いが、まだ夜間は冷える。
出来たら焚き火は欲しい所だ。
しかも熊などの木を登る獣もいる。
木の上だからだとて、絶対に安全とは限らない。
それに飢えた獣が木の下へと張り付き、身動きが取れなくなる場合も…
そう、あの様に。
ダリルが茂みを掻き分けると、逸れ狼が張り付いた木が。
その木の上には、幼さが残った少年が1人。
(何かの遊戯か?)
そんな訳があるまい。
まぁ、彼も内心ジョークではあるが…
少年にとっては、それ所では無い。
まさに救世主である。
ダリルに気付くと、素早く叫ぶ。
「助けてぇぇ~」
っと。
(チッ!)
内心にて舌打ち。
仕方あるまい。
敵に存在を告げる様なものだ。
ダリルとしては堪ったものでは無い。
直ぐにダリルに気付いた狼。
【グルルルルッ】
っとダリルを警戒。
ダリルは素早く槍を背から外し地に刺す。
そして肩から弓を。
腰の剣には手を付けない。
矢筒より矢を。
禄に狙った様にも見えない連射にて矢を放つ。
その放たれた矢は、悉く逸れ狼へと。
慌てて飛び退く狼。
2の矢、3の矢は辛うじて回避。
だが1の矢が腰へ、4の矢が左前脚を貫いた。
【ギャンッ!】
痛みに声を上げる。
その怯んだ隙にダリルは狼へと駆ける。
この機会を逃す手は無い。
弓を投げ、槍を掴み走り寄ったダリルは、その勢いの侭槍を突き出した。
その穂先は、見事に狼の胸元を貫く。
【ガァァッ!!】
断末魔と言うのか?
悲痛な声を発した後、ドゥッと倒れる狼。
獣龍ガルオーダの討伐に参加した彼にとり、既に狼一匹程度は敵では無い。
無論、驕る事は無い。
ただ淡々と狩るのみである。




