狩り人46
ギルド職員が獣竜ガルオーダの変化を討伐隊へと知らせた頃、件のガルオーダはと言うと…
小樽より竜惑香が全て気化し、その影響下より解き放たれていた。
霞が掛かった様な状態であった虚ろな瞳に光が戻り始めている。
思考が戻り始めたのであろう。
何かを払い退けるが如く、頭を仕切りに振るい始めた。
己の状態を把握しきれていないのだろう。
自分が認識していた景色とは違う場所へと、いきなり放り出された気分である。
(此処は…?)
ガルオーダの心情としては疑念と戸惑いであろう。
どうやら竜惑香に魅せられている間の記憶は無いとみえる。
中毒患者の様に竜惑香に魅せられ誘き寄せられたのだから当然か。
彼は自分が、どの様な状態にあるのかは把握できてはいないが…
(何故、これ程に腹が減る!?)
突如襲い掛かる空腹。
我慢ならない飢餓感が、ガルオーダを襲う。
【グォオォォ~ンッ!!】
ガルオーダが頭を上げ、咆哮とでも捉えられる雄叫びをっ!
そして、それが始まりの合図であったかの如く、6ヶ所よりバリスタの鉄矢が放たれる。
ガルオーダへと飛来し襲い掛かる鉄矢!
ザシュ、ザシュ、ザシュッ!
6本の鉄矢の内、3本の鉄矢がガルオーダへと突き刺さった。
だが残りの3本は、剛毛と固い堅殻にて弾かれた模様である。
突き刺さった内の2本も分厚い脂肪にて威力を減退され、有効なダメージを与えたとは言い難い状態と言えよう。
残りの1本は脇腹の脂肪と筋肉が薄い箇所へと直撃!
痛撃を与える事に成功した様である。
【ガァァァッ】
ガルオーダが怒りの声を上げる。
気が付いたら見知らぬ場所に居り、堪らぬ程の空腹感に襲われる。
その混乱と戸惑いの中での襲撃!
堪ったモノでは無い。
そして自分を襲った者達の姿は見えない。
ただ、先程の攻撃が連続して行われる訳では無い。
辺りを見回す。
他に動きは無い様だ。
この場は危うい。
直感的に感じたガルオーダが、渓谷から退避する為に動き始めた。
先ずは餌を。
彼の頭の中は、退避と狩りに占められている。
いや…
どちらかと言うと、逃げる意識よりも喰える物を得る事に意識が向かっていた。
そんなガルオーダを狙うバリスタだが、現在は次矢の装填中である。
ガルオーダが、いきなり逃げ始めるとは考えていなかった。
故にバリスタ射手に焦りを見て取れた。
この侭であれば、渓谷深部近くへ設置されているバリスタの射程圏内より逃れてしまうであろう。
そんな懸念を抱いていると…
崖上よりガルオーダへと何かが投擲された。
それは投網。
しかも鉤針が随所に仕込まれた投網である。
それが数ヶ所より放たれる。
ブァッと広がる投網。
ガルオーダの各所を包み込む。
展開に失敗した投網や、ガルオーダへと到らなかった投網も。
そんな失敗はあったが、無事に絡み付いた投網はガルオーダの動きを阻害。
走り始めていたガルオーダは体勢を崩され、脚を縺れさせて転倒!
逃げ去る機会を失わせる事に成功する。
っと同時に、崖上から丸太や岩が落とされる。
ガルオーダへと直撃した岩や丸太もあるが、これの目的は渓谷の狭まった場所へ落とす事で、ガルオーダが渓谷より逃れるのを防ぐ事である。
転倒し、1番脆い腹部が露わとなる。
っと同時に、装填を終えたバリスタより鉄矢が再び放たれた。
角度的に、腹部を狙えるバリスタは2台。
内1台のバリスタが放った鉄矢が腹部を貫いた。
【ゴガァァァン!】
悲痛なガルオーダの叫び。
命の危機である。
そして…
その時、ガルオーダに異変がっ!
「っ!
拙いっ!」
ゼパイルが焦った様に。
「師匠ぅ?」
この様なゼパイルを見た事の無いダリル。
訝しげにゼパイルを見る。
「あの兆候は…
以前に南で見た希少竜種が体内晶石の制御に目覚めた時に見せた挙動と同様。
アヤツ。
獣竜の希少種であったかっ!」
ゼパイルが告げている状態だが…
身体を丸め、腹部が多くの空気を出し入れしている為か、大きく膨らんだり萎んだりしている。
その度に、体表を青白い光が覆う様に走っていた。
突如、フイッと立ち上がるガルオーダ。
絡まる投網を気に掛けた様子は無い。
そして…
【アゥォォォ~
アゥォォォン。
アォォォンッ!】
っと3度の雄叫びを。
ゼパイルが危険を知らせ、討伐隊へ警告が…
バリスタへの次矢は、未だ装填途中。
崖下への落岩や丸太落としは続行されている。
そんな中…
【ゴゥガァァァッ!!】
ガルオーダの咆哮が上がるっ!
3度の雄叫びを発している時、ガルオーダは全身より周囲の空気を身に引き寄せ纏っていた。
これはガルオーダの体内へと宿った風晶石の仕業である。
体内へと宿った雷晶石を起点に風晶石を起動。
それにより辺りの空気を操り身に纏った訳だ。
そして咆哮と共に集められた風が雷を纏い放たれたっ!
それはガルオーダの周囲を渦巻く様に放たれている。
ガルオーダを中心に竜巻が発生したと、考えても良いであろう。
その竜巻が拡散する様に、辺りを蹂躙して行くのであった。




