狩り人45
ドドドドドドォッ!
渓谷にて地響きが鳴り響く。
途中にて…
ズンッ!ズズゥンッ!!
っと、大地が揺るぎ…
再び、地響きがっ!
竜惑香が切れ、最後の竜惑香小樽へと向かっている獣竜ガルオーダが発する移動音である。
本来のガルオーダであれば、無音に近い移動が可能なのだが…
現在は竜惑香に魅せられ己を見失っている状態である。
最早ガルオーダの意識の中には、竜惑香の事しか無いのであろう。
その狂った様に全力で駈ける様は、とても正気の沙汰には思えないものであった。
地響きを轟かし疾駆。
そして己が身の制御を誤り、渓谷の壁面 へと衝突!
それにも拘わらずに、そのまま続けて疾走する。
渓谷内の景観はガルオーダが通過する度に吹き飛んでいる。
見るも無惨な状態だ。
猫まっしぐらならぬ、ガルオーダまっしぐらである。
「来たっ!」
誰かの声が。
竜惑香以外、辺りが見えていないガルオーダが、渓谷深部の行き止まりへと現れる。
そこには最後の竜惑香小樽が設置され、開封されたソレからは竜惑香の香りが放たれていた。
ガルオーダは竜惑香の香りにて、狂った様に小樽へと突進!
器用に竜惑香小樽を両前脚で抱え鎮座した。
ゴロゴロと鳴らす喉の音が渓谷へと響く。
先程までの暴れっ振りが嘘の様だ。
「なぁ…
今だったら討伐できるんじゃねぇのか?」
ハンターの1人が。
「そうだよな。
今の内に攻撃を…」
ヒソヒソと2人が相談を。
だが…
「「ヒッ!!」」
2人の首筋へと冷たい何かが。
恐る恐る後ろを振り返ると…
2人の騎士が彼らの首元へと刃を向けていた。
その後ろには彼らの上官である騎士の姿が。
「な、ななななな、なぁ~っ!」
驚いて「な」しか声を発する事が出来ないハンター。
「此処にも愚か者が居るか…
竜惑香に魅せられた獣竜への攻撃は禁じた筈だ。
その際の危険性もだ。
この度は未遂ゆえに不問とするが…
他の場所では行動に移そうとしたハンターが切り捨てられておる。
貴様らの愚かな行いにて、全員の命を危険に曝す訳にはイカンのでな。
肝に命ずる事だ」
彼が告げると、騎士2人は刃を納める。
そして侮蔑する様に一瞥し去って行くのだった。
「くっ、なんでぇいっ!
お高く止まりやがってっ!」
そう言う問題では無い。
禁じられた行いを行おうとした己が悪いのだが、どうやら認めたく無い様だ。
論点をズラして、あたかも自分が悪く無い様に見せ掛けている。
無論、辺りの者が共感する筈も無い。
白い目で見られているのだが、気付かないみたいであった。
獣竜が渓谷深部へ現れ、竜惑香小樽にて魅了されつつ鎮座してから、包囲中のハンターから与し易しと勘違いする者達が。
アレだけ危険性を説明し、念入りに注意を与えたにも関わらず、全く考え無しに行動するハンター達。
無論、全ハンターが、その様な行動を起こす愚か者達では無い。
だが一部ハンターの行いにて、ハンターに対する評価は地に落ちたとも言えよう。
ギルド職員達は頭を抱えたい気分である。
そんな騒ぎを起こしつつ、討伐隊は討伐の機会を窺う。
やがて竜惑香の香りが途絶える。
まだ。
まだだっ!
渓谷上へ香りが届かなくなっただけ。
まだ、小樽には少量ではあるが竜惑香が残っているであろう。
それにだ。
竜惑香が小樽から無くなったとしても、ガルオーダに及ぼされた竜惑香の効果が切れる迄は待たねばなるまい。
ジリジリとした緊張を強いる時間が続く。
ハンターの中には我慢できずに行動を起こそうとして叱責される者。
更には行動を起こし掛けて静止を振り切った為に切り捨てられた者も…
未熟…
余りにも未熟であった。
ギルド職員達は呆れながらも、ガルオーダの状態を見極める。
ゼパイルはハンター陣の混乱を完全に無視。
獣竜ガルオーダの動向に注視している。
ダリルは、そんな彼から少しでも技術を得ようと張り詰めていた。
獣竜の状態の変化を見極める。
その様な機会が与えられる事などは稀。
しかも先達であるゼパイルから情報を得ながらである。
一時でも獣竜の変化を見逃さ無い様に、食い入る様に動向を窺う。
そしてゼパイルが、さり気なく告げる変化に対するコメントを逃さない様に注力!
バカ共の騒ぎを気にしている暇など、今のダリルには有りはしなかった。
そして、その時は遣って来る。
「むっ。
動きが変わったな。
そろそろか…」
その様にゼパイルが。
「何処がなんです?」
ダリルには見分けられなかった様である。
近くに居たギルド職員も同様の様だ。
ゼパイルはガルオーダから目を離さずに説明。
理解したダリルが…
「まさか、そんな些細な挙動から…」
絶句。
だが…
「おおっ!
確かに、私が知る竜惑香切れ挙動が顕現しましたなぁ。
情報は早く正確に知りたい物。
感服致しましたぞ」
その様に告げながら討伐隊へガルオーダの竜惑香効果が切れ掛けている事を知らせるのであった。