狩り人26
待ち構えるダリルに向かい走り出す、虎。
胸元に突き立った筈の矢は、虎が走り出すと同時に外れ地に落ちた。
どうやら刺さり方が浅かった様である。
これ程までに大型の虎ともなれば皮も厚い。
故に1の矢と同様に引き絞った威力がある矢でなければ、明確なダメージを与える事は難しいと言えよう。
疾駆する虎。
その駆ける先に突き出されたダリルが構えた槍の穂先。
そこから、いきなり噴き出したるは豪炎!
【グガッ!!】
驚き跳び退る、虎。
穂先より噴き出した豪炎は風を纏い形を変えていく。
そこには炎にて象られた刃が現れていた。
その構えられた槍の形状なのだが、普通の槍の形から薙刀と言って良い形へと姿を変えている。
例えるならば、青龍偃月刀といった所であろうか。
ただ青龍偃月刀は薙刀の刃が青竜刀に相当するのに替わり、ダリルの持つ槍の刃は炎であるが…
高温の炎にて象られた刃。
その刃に、流石の虎も警戒を露わにする。
【グルルルルルッ】
そう唸り、ダリルの周りを歩き始める。
ダリルの隙を窺っている様だ。
そんなダリルと虎の様相を丘上から観ていた村長達だが…
「おおっ!
槍先より炎の刃が現れる晶武具なのかっ!」
ドヨドヨドヨ。
観戦している一行が騒めく。
「ふんっ!
あの様な晶武具があるならば、虎とて単独討伐は容易かろうてっ!」
ハンターの1人が吐き捨てる様に告げる。
「そうだ、そうだぁっ!」
ハンター達が囃し立てる。
それを困った様に見ている騎士達。
彼らには理解できている様だ。
いや、一部のランカー達は苦々しく囃し立てる者達を見る。
(これだからハンターが品のない野蛮な者と思われるのだ)
理性的なハンターは渋い顔で辺りを睨め回している。
そんな彼らに苦笑しながら村長が告げる。
「あの様に晶武具を発動できるならば、遣ってみるが良いて」
それを聞き理性的なハンターが続ける。
「左様ですな。
元々、晶武具を発動できる者は限らるもの。
そして、発動できても刃へ力を発動できるのが普通ですな。
精々、刃が熱せられたり冷却される。
若しくは風の刃を纏うか雷を宿す位でしょうか。
あの様に炎の刃を象るなど聞いた事は無いのですが…
あれは特別な晶武具なのですかな?」
村長を見て尋ねる。
全員の視線が村長へ集まる。
「そんな訳があるまいて。
その様な晶武具ならば、当家へ下賜されよう筈も無し。
あれは当家にて一番劣る晶武具よ。
刃が熱せられるに過ぎん晶武具じゃて。
当家は晶武具を3つしか得てはおらぬ。
じゃが遣い手は2人でな。
我が弟子でもあるアヤツへ駄目元で貸し与えた訳じゃな。
持つと同時に起動させよったのには驚いたが…
晶紋制御を叩き込んだら、あの様にのぅ。
儂も晶武具を、あの様に扱う者を初めて見るわい。
騒いどるお主らに、同様の事が行えるのかのぅ?
行えぬのに騒いでおるならば、少々不敬とは言えぬか?
獣竜討伐前故に不問と致すが…
限度と言うものがあるてな。
そこの所は、肝に銘じる事じゃて」
剣呑な目でハンター達を睨め回した。
首を竦め蒼くなるハンター達。
最初に煽った者は脂汗を流し、目が泳いでいる。
まぁ…
ハンター達が晶武具に対する知識がなくとも仕方ないと言える。
この世界では就学率は低い。
いや。
学校と言う物が存在しないため、就学率と言う呼び方さえ無いが…
故に文字の読み書きや数の数え方さえ覚束ない者が庶民には多いのが現状だ。
それに比べ貴族は最低限の学問は納めている者だ。
騎士は貴族層。
故に様々な事柄を学んでいる。
そして学問には費用が掛かるもの。
ランカーで学がある者は、己で稼いで余裕が出来た者が身銭を切って学んだのだ。
若しくは庶民ではあるが、富裕層の出であるのであろう。
無論、その様な者達は少数派。
大半が無学となる訳だ。
まぁ…
ダリルの様に貴族層である村長に気に入られ、只で学問を叩き込まれる者も稀には居る様であるが…
丘上にて、そんな騒ぎになっているが…
その間にダリル側にて進展があった様だ。
虎が隙を窺いながら手を振り翳す。
猫が行えば猫パンチなる物か。
あれならば可愛い物だが、虎が行えば洒落にならない。
当たれば只では済まないであろう。
器用に刃を掻い潜り槍の柄を狙って来る。
流石に槍の間合いに跳び込み、直接ダリルへ至る事はできない様だ。
その攻撃にダリルは、刃を返して虎の腕を薙ぐ。
慌てて手を引く虎。
手を引くタイミングにて態勢が崩れる。
それに合わせ前へ出る、ダリル。
虎の首元に目掛け刃を返し振り下ろす。
慌てて跳び退る、虎。
その虎の顔面目掛け、槍の刃から火の礫が追い縋る。
流石に、それは避けること能わず。
虎の顔へと降り注ぐ複数の火礫。
【ガァァァッ!?】
顔を押さえ転がる虎。
それは、明らかに悪手である。
とは言え、炎で顔を炙られて泰然としておられようか。
致し方ないとも言える。
だが、そんな隙を見逃す理由になる筈も無い。
露わになる喉元。
そこへ槍が突き入れられた。
瞬時にてエストックが如き形状へと姿を変えた炎の刃。
その突き入れられた穂先の温度は如何程か?
収束された炎が発する高温が、一気に虎の毛皮と肉を焼き切る。
一瞬にして首を貫通し、首裏より現れた穂先。
虎は声を発する事も出来ずに事切れた。
未だに四肢がピクピクと痙攣している。
何という生命力か。
ダリルは突き入れた槍を直ぐに手繰り寄せ、後へと跳び退っていた。
事切れたと油断して反撃された例は、枚挙に暇がない。
油断は禁物であろう。
暫し離れて様子を窺う。
どうやら事切れているのに間違いない様だ。
ホッと息を吐く、ダリル。
(つ、疲れた…)
晶武具を扱うには体力を消耗する。
晶武具は強力で、それを扱った狩りは各段に楽だと言えよう。
だが…
体力を使い果たし発動できなくなったら?
考えたくも無い事態に陥るであろう。
無事に狩りを終える事ができて胸を撫で下ろす、ダリルであった。