狩り人18
深夜。
外の狼共の動きが活発になって来る。
壁際を嗅ぎ回ったったり、壁をカリカリと引っ掻く。
壁板と地面との間を掻き掘ったりと、忙しない。
隙間から見える姿は痩せ細っている。
かなり飢えている様子だ。
力も衰えているのだろう。
あの様子では、兎1羽追う事も出来まい。
これ程に弱った狼ならば倒す事も可能だろう。
一頭ならばだが。
複数頭を相手には立ち回れない。
特に視界が効かない深夜などは論外と言えよう。
猟師小屋が防波堤となり狼の襲撃を阻んでいる今、敢えて迎撃に出る必要は無い。
無いが…
(何故、此処まで飢えている?)
冬が明けて春が訪れたばかりだとしてもだ。
此処まで飢えているのは、おかしい様に思える。
壁際の土を掻いていた一頭が壁板の下を堀抜く。
ご苦労な事だ。
壁板の下を潜る様にして頭を猟師小屋の中へ出した途端。
ザスッ!
【グッギャン!】
待ち構えていたダリルが槍を一突き!
容易く命を刈り取る。
直ぐに槍を引き抜く。
別方向にて別の狼が、同様に壁板の下土を堀抜き頭を入れて来ていたが…
走り寄ったダリルが槍を突き入れ対処する。
(この様な愚かな真似をするとは…
餓え過ぎて、形振り構ってられぬと言ったところか…)
外には数頭の狼が、いまだに彷徨いている。
だが2頭を失ってからは、強引に土を掘り返す事を止めている。
ダリルは最初に倒した狼を小屋内部へと引き入れる。
その開いた穴より別の狼が顔を出すが…
待ち構えていたダリルが槍を突き入れ…
(愚かな…)
そう思うが、本来の狼は賢い。
此処まで愚かな行いはしないものだ。
倒した狼は、皆が若い個体。
飢えに我を忘れ自制出来なかったと思われる。
猟師小屋の中には作業に使用する一抱え程の石が複数存在する。
作業台の代わりにしたり、組んで囲炉裏を作ったりと、様々な用途で使用する。
ダリルは再度、倒した狼を引き入れると、その石にて穴を塞ぐ。
それが済めば、もう片方もだ。
3頭を失った狼の群。
未だに未練を振り切れない様子で去る気配が無い。
(こりゃ、持久戦だな)
溜め息を吐く。
ただ…
明るくなれば、対処は可能だ。
猟師小屋は中から屋根へと上がる事が可能。
夜が明ければ、屋根に上がって屋根より弓矢にて迎撃すれば良い。
狼共は屋根へ上がる事など不可能なので、一方的に倒す事ができるであろう。
長い夜が明ける。
一睡もせずに夜明けを迎える。
まぁ、自分の命が掛かっているのだ。
眠いっと言って寝て、その侭、永遠の眠りに付く様な愚かな真似は御免である。
夜が明けるが、狼共は去ろうとしない。
ダリルは予定通りに、小屋内部から屋根板を外して屋根へと身を乗り出した。
屋根へ上がり、辺りを見回す。
明るくなり残りの頭数が確認できた。
見える範囲に居るのは5頭。
全てが痩せ衰えている感じだ。
とても狩りが出来る状態ではあるまい。
中には怪我を負った個体も見受けられた。
前脚や後ろ脚に欠損がある狼も。
何かと争ったのだろうか?
(まぁ。
俺には関係無いがな)
ダリルが屋根に現れると気付いた狼が警戒して唸りを上げる。
【グルルルルルッ】
威圧する様に唸るがダリルには関係ない。
なにせ狼の攻撃はダリルへ届かないのだから。
ダリルは屋根上よりコンジットボウにて矢を放つ。
小屋の周りに身を隠す場所は無い。
放たれた矢は狼の肩口へと突き刺さった。
【グギャッ】
矢が刺さった狼が、憎々し気にダリルを睨む。
一番大きな個体。
群のボスだと思われる。
矢の一撃にて手傷を負わせたが、それで倒れる様子は無い。
ただ、不利は悟ったのだろう。
小屋から離れ、近くの林の中へと移動を始める。
他の狼も続くが…
ダリルは動きの遅い、前脚や後脚に欠損がある狼を弓矢にて狙う。
他の狼ならば避けられる可能もあるだろう。
だが、怪我を負っている2頭なら容易く狙える。
頭数を減らせば、それだけ脅威が軽減されるであろう。
故に、少しでも削る必要がある。
ダリルは弱っている2頭へ矢を射掛ける。
数度ほど矢を放ち、狼の急所を矢で射抜く事に成功。
その際に、無傷だった狼の内一頭にも数本の矢にて矢傷を負わせたのだった。
残りの狼は3頭。
屋根上から放つ矢の射程外に陣取っている。
放置もできない。
そんな事をしたら、此処から去ろうとした際に襲って来るだろう。
排除する必要があるのだ。
ダリルは一度、小屋の中へと戻る。
屋根へ上がるのに邪魔で置いていた槍と剣を身に付けた。
そして弓矢を手に持ち戸口から外へ。
矢を番え、離れた狼へと近寄る。
現れたダリルに警戒する狼。
直ぐに反応してダリルへと駆け始めた。
直ぐに矢を放つ。
次々に引き絞って矢を放つ、ダリル。
3本の矢が放たれ、一頭の目へ矢が突き立つ。
2本の内の1本は無傷の狼の毛皮に弾かれる。
だが、最後の一本が首近くの胸へと吸い込まれた。
悲鳴を上げる2頭。
動きが鈍る。
そんな2頭に構わず、群のボスはダリルへと殺到する。
ダリルは弓を投げ捨て、背から槍を外し持つ。
そしてボス狼へと突き入れた。
ボス狼は横へ飛んで避ける。
そして体のバネを生かして、ダリルへと跳び掛かった。
ダリルは槍を突いた勢いの侭、体を捻って躱す。
躱された狼は着地後に身を翻し、再度ダリルへと。
ダリルはバックステップにて避けながら、ボス狼の鼻面へ槍を振り下ろす。
ボス狼は顔を背け避けるが、肩口を槍が薙いだ。
毛が斬れ飛び、傷を負わせる。
とは言え掠り傷ていどであるが。
その時、ダリルの左手より狼が跳び掛かって来た。
胸に矢を受けた個体だ。
無論、ダリルは気付いていた。
槍を素早く左手に持ち替え、右手で剣の柄を握る。
そして剣を抜刀しながら身を捻り、抜いた剣の刀身を狼へ叩き込む。
ザスッ!
狼の喉元へと叩き込まれた剣が狼の首半ばまで斬り立った。
狼が跳び掛かった勢いと、ダリルが振るった剣圧が合わさった結果と言えよう。
ただ、狼の首に食い込んだ剣を抜く暇は無い。
剣は諦め、槍を再度右手へ。
ボス狼がダリルへと襲い掛かって来る。
ダリルは前へ前転して避ける。
そして素早く立ち上がり、体制を整えた。
ボス狼が右側へ回り込む様に歩き始める。
ダリルはボスの動きに合わせて体を動かして行く。
そしてボス狼が、再度跳び掛かって来る。
大口を開けて襲い掛かるその口へ、ダリルは槍を投げ入れた。
まさかダリルが己の得物を手放すとは思わなかったボス狼。
放たれた槍を避ける事が出来ない。
槍はボス狼の口内へと叩き込まれ、喉から首へと貫く。
ダリルは、槍を投げ他たタイミングで前へ身を投げ出す様に跳ぶ。
それと擦れ違う様にボス狼の亡骸が宙を舞う。
そして何かと、ぶつかった。
【ギャン】
ダリルの後方にて悲鳴の様な鳴き声。
目に矢傷を受けた残りの狼だ。
ボス狼が跳び掛かったタイミングで、後ろからダリルへ跳び掛かっていたのだ。
ダリルが前方へダイブしたため、ボス狼の巨体とぶつかる羽目に。
ダリルは空かず起き上がると、狩猟ナイフを腰より引き抜く。
そしてボス狼の下敷きになってモガく狼の元へと。
素早く狼の喉をカッ斬る。
最後の一頭を倒す事に成功。
思わず、尻餅を突く様に倒れるダリル。
(流石に疲れた…
我ながら、良く無傷で生き残れたものだ)
しみじみと思う。
まぁ…
狼共が飢えて力を失っていた事が幸いしたと言えよう。
また、猟師小屋に籠もっていた時だった事も幸いした。
野外であったら、とても無事では済まなかったであろう。
自分の幸運に感謝する、ダリルであった。