狩り人130
食事を終えた後、一行は内臓以外の部位を部位別に小分けして袋へと仕舞う。
そして残った内臓が問題となる訳だが…
なにせ内臓は足が早い。
そんな傷み易い内蔵を、その侭で持ち運ぶなど行える筈も無い。
故に普通は捨て去るのであるが、ダリルが皆へと告げる。
「腸詰にして持ち帰るぞ」っと。
「腸詰ですか?
それは加工技術がいる作業になりますよ」
ファマルが戸惑い告げるとダリルが頷き応じる。
「ああ、そうだな。
単に腸へと詰めても傷むだけだ。
故に香辛料や香草に塩と塗してから詰める必要がある。
そして熱湯で茹でる。
これらを経ても十分とは言えぬ。
本来は、此処から燻し作業を行うべきだが…
流石に、そこまでは時間を掛けられぬ。
故に茹でる所まで行い、背嚢へとブラ下げて持ち運ぶ事と成ろうな」
ダリルが告げるとガンレートが不思議そうに尋ねる。
「何故、袋詰めして背嚢へ仕舞わないのです?」っと。
それにダリルは丁寧に応じる。
「それは悪手だな。
茹でた腸詰を袋に詰めて背嚢へ収めて持ち運ぶと大半がの腸詰が傷む。
これは猟師の間では常識となっている。
理由は知らぬが、背嚢へ吊るして移動しても傷む時は傷むが、背嚢へ袋詰めにて仕舞うと大半が無駄となるのは経験にて伝えられて来た事実だ。
猟師に成り立ての頃には実際に試してみる事でもある。
これは実体験として悟らせる為に先輩に遣らされるからな。
俺も師匠に遣らされたから知っているぞ」
そう教えるのだった。
その後は全員で内臓の処理へと。
アンソニアも面白がり参加となる。
(酔狂な事だ)っとダリルに呆れられての参加であるが…
皆で山羊の内臓を微塵切りにしてから香辛料や香草、塩などで和え、その後で腸へと詰める。
それを手分けして行い、軽く茹で上げてから背嚢脇へと吊るして行く。
本当は燻しまで行いたいが、そこまで行う時間は無いので仕方あるまい。
袋詰めにすると湿気が篭り傷むであろう。
故に腸詰した後で高温滅菌し背嚢へ吊るし乾燥させるのだが、原理は分からぬでも語り継がれた知恵は素晴らしいと言った所か。
そうして運ぶ腸詰でも傷んでしまう事はある。
そんな品は破棄するしかあるまい。
それは致し方ないと言えよう。
全員にて成るべく手早く処置を行ったが、正午を過ぎて久しい。
山羊を狩ったのが午前中であり、食事を行ったのが正午にはまだ早い時間帯であった。
まぁ、腸詰加工などを行えば時間が掛かるのは仕方あるまいが…
これが粗野なハンターなどならば内臓を破棄して移動するであろう。
酷い者は血抜きしただけで内臓も抜かずに納品へと。
駆け出しで何も分からぬ者などにでもなると血抜きさえ行わずに納品する輩まで存在するのだとか。
ダリルからしたら考えられる事だ。
その様な話をファマル達より聞きながら移動する。
今日ギルドへ納品するには十分な品を確保していると言えるダリル達ではあるが、ダリルとしてはもう少し彼女達と行動を共にしたい。
山羊を狩った連携と矢が予想以上の成果を上げた際の行動の早さは評価できよう。
道中話す内容や語り口から鑑みるに人柄も良さそうだ。
アンソニアに、それとなく確認すると彼からも好印象との応えが。
なので彼女達を雇う事に略決まったと言って良い。
だが、もう少し行動を共にして様子を見たいとアンソニアからの依頼にての行動であったりする。
ダリルとしても初めて足を踏み入れる地である。
南へと足を進めているとは言え、北国での獲物は大した事はないのが実状。
数時間程度を南下したとしても得る物は知れていると言えよう。
そう思いながら南下して1時間近くが経つであろうか。
(そろそろ引き返す事も視野に入れぬとなるまい)っとダリルが考え始めた頃である。
ダリルが左腕を横に出し一行を止める。
「どう…」
シムエルが「どうしたのっ?」っと言葉を発し掛けるが、空かさずファマルが彼女の口を塞ぐ。
カリンは蒼い顔でオドオドと。
震えて逃げ出したいのに皆が居るから逃げれないっと言った所か。
どうやら彼女の危険察知能力に察知される存在が現れた様だ。
カリンは前方に危険な存在が居る事は分かるが、正確な位置までは分からない。
ただ、此処より進むのは危険、それだけは分かるのである。
一方のダリルは左前の斜め上である樹上にて気配を感じている。
相手は1頭の獣だと思われる。
結構な大きさを誇る生き物…大型の肉食獣であろうか?
ただ、此方が察知された気配は無い。
たが下手に動くと悟られる危険があろう。
ダリルは素早く背嚢を下ろし得物だけを身に纏う。
左腕から通す様に弓を肩に掛け、背には矢筒と槍を背負う。
腰には剣が元々佩いである。
身軽となったダリルは皆を押し止め、1人にて前方へと移動する。
彼が一行から離れると…ファマル…いや、アンソニアでさえ瞠目する。
ダリルの気配が消え捕らえる事が出来ない。
まるで煙か霧にでもなったかの如く気配が霧散してしまっていた。
それは、そうであろう。
あの獣竜ガルオーダが竜惑香にて惑わされる以前にゼパイルと共に索敵の為に接近し悟られる事なく無事に帰還している程の腕前だ。
その穏行の技は最早神業と称されるレベルの高みまで達していると言えよう。




