狩り人12
村の朝は早い。
払暁には活動を始める。
逆に夜は早い。
これは灯りの問題だ。
辺境の農村部の夜は暗い。
墨を流した如しである。
その様な闇夜を照らす灯りを灯すには、焚き火にしても油にしても余分なコストが掛かるものだ。
故に村人は夜早く床へ就き、朝早く起きる訳だ。
一部の富裕層や酒にダラシナい男衆が宿屋の食堂に屯する例外はあるが…
ダリルの父親や兄達も嫌いな方では無い。
だが酒は嗜好品。
なので普段は飲むことは無い。
祭りや、祝い事、葬式などなどの冠婚葬祭時に飲む程度。
とは言え、月に1、2度は行事があり、皆で飲むのが常ではある。
行事が無ければでっち上げて飲んでいるきらいもある。
困ったものだ。
昨日は別に行事も無かった訳で…
村は早々に活動を開始しているのだ。
とは言え、他人の家を訪れるには早い時間でもある。
(師匠宅を訪ねるには早過ぎるか…)
そうは思うが、自宅では寛げない。
チビ共が纏わり付いて来るに違いないのだ。
子供の相手と言うのは、結構な体力を使うものだ。
1人2人ならば良い。
6人ともなれば重労働とも言える。
家のチビ共だけでも大変なのだが…
ダリルが居る事が知れると、近所のガキ共まで集まって来る始末。
家での休息…
全く休息にならない。
経験にて認識、いや教訓となっている様である。
チビ共が集まらぬ場所を選んで歩む。
店が開くにも早い時間でもある。
パン屋が開いている位か。
パン屋からは良い香が立ち上っている。
香ばしい香を嗅ぐと、先程食べたにも関わらず腹が鳴る。
誘われる様にパン屋へと入るダリル。
パン屋で売られるパンの種類は少ない。
保存に良く安い黒パンが大半を占める。
村人の大半が購入するのが、このパンだ。
これでも一応は発酵させてはいるらしい。
無醗酵のパンもある。
固くてボソボソな黒パンよりマシか。
そして…
ふんわりと柔らかい白パン。
此方は騎士爵の館へ納められる品。
村長一家が食べる品である。
ダリルも村長のお裾分けにて食した事はある。
大変美味。
そう記憶していた。
以前に食べたのは何年前であろうか…
今のダリルならば、手が出ない品ではない。
それでも来月には町まで旅し、ハンターギルドへ加入せねばならない。
無駄使いは避けるべきであろう。
それでもだ!
実に、実に、良い香りである。
つい、手に取ってしまうダリル。
たまらず購入するのだった。
「ダリっちゃん。
朝から豪勢だねぇ」
パン屋のオヤジが驚いて告げる。
騎士爵の館へは息子が納品に行っている。
此処に在るのは、その残りだ。
村の者でも「偶には贅沢を」、そんな風に思う事もある。
故に数個程は残すのだとか。
建て前上はだ。
実際は焼きムラや焼き焦げで納品できないパンが数個は出る。
それで納品できなければ問題だ。
ある程度の余分は館で購入してくれるが、不良品は無理。
なので、納品できなかった品が並んでいたりするのだった。
事実は告げられ無いが。
その様な品なので、正規の価格よりは安くなっている。
まぁ、ダリルにしたら味は変わらない。
ご馳走には変わらないだろう。
「昨日狩りから戻ってな。
頑張った自分に褒美ってヤツだよ」
「へぇ~
この時期は獲物が豊富らしいな。
豊猟だったのかい?」
ダリルはニヤリと笑い頷く。
「そいっぁ羨ましいねぇ。
また豊猟だったら買っておくれな」
代金を受け取りながら告げてきた。
「その時はな」
軽く応じた後は店から出る。
パン屋から出たダリルは河原へと。
日当たりの良い場所に在る大岩に腰掛けた。
腰に着けている革袋から陶器の小瓶を取り出す。
その小瓶にはメルス樹液が入っているのだ。
この度に納品したメルス樹液の内、瓢箪1つを確保している。
それはダリルが借り受けている小屋に保管中だ。
自宅近くの小屋を改装し鍵も付けてある。
床を穿ち簡単な床下収納もできる様に。
カモフラージュを施し、隠蔽した床下収納には貴重品を隠していた。
メルス樹液の入った瓢箪は、此処に隠しているのだ。
そして小瓶には、その瓢箪から取り分けた分が入っていた。
白パンを軽く千切る。
その小瓶に入っているメルス樹液を千切った白パンへと。
メルス樹液が千切れた断面へと染みていく。
それを無造作に口へと放り込む。
「うむ、甘いな。
甘い」
シミジミと告げる、ダリル。
ふっくらと柔らかい白パンが、淡やかな甘味のメルス樹液を吸い…
淡やかとは言うが、十分な甘味が感じかられている。
砂糖で例えるならばだ。
黒糖や白糖などでも癖の違いが分かるであろうが、それらとは一線を画する和三盆と言う砂糖がある。
上品な甘味で口の中で涼やかに溶け去る。
そんな味わいの砂糖である。
例えるならば、そんな和三盆の様な甘さであろうか。
このメルス樹液に比べると蜂蜜は白糖か黒糖か…
高値が付く訳である。
(矢張り、自分で味を知らぬとな)
その様な言い訳を内心にて行いながら、味を楽しむ。
春の木漏れ日が気持ち良い。
川沿いにて川のせせらぎと小鳥の囀りを聞きながら寛ぐ。
そんな事をしながら、ゆるりと食していたが…
最後の1欠片が口内へと収まる。
「さて、行くか!」
軽く伸びをして呟く。
時間的に家を訪ねても良い頃合い。
そう判断したダリルは、師匠宅へと足を向けるのだった。