狩り人11
翌朝。
自宅にてスッキリと気持ちの良い朝を迎えたダリル。
家族全員が眠るには狭い家である。
ベッドなどを置けば、それだけ面積を余分に取られる。
故に床に直接毛皮を引き、その上で寝る。
床は上げ底となっており土間では無い。
更に木床の上には藁が敷き詰められ、その上に毛皮が敷かれているのだ。
そうした床に毛布に包まり雑魚寝で眠る。
これが地方農村では当たり前の生活だ。
ダリルは戸口に近く一番寒い場所にて眠っていた。
それも仕方あるまい。
家人が寝静まった頃に帰宅したのだ。
起こさぬ様に、端で眠りに付いたのであるから。
そんなダリルは日が出る前の早朝には起き始める。
皆は未だに夢の中である。
起こさぬ様に、そぉ~っと寝間から離れ外へ。
川へと移動する。
井戸もあるが、起き掛けの散歩には丁度良かろう。
その様に考え、ぷらりと移動。
手には剣と槍、弓も持参だ。
川へと付き、軽く顔を洗い口を濯ぐ。
房楊枝にて歯を磨き、再度口を濯ぐ。
サッパリとした後で、剣と槍の型稽古を。
その後で川沿いに生えた木を的にて弓の鍛練を行う。
早朝鍛練を終えた頃には汗が噴き出し、体から湯気が立ち上っていた。
持って来た麻布を川に浸し絞る。
鍛練開始時に上着は脱ぎ木に掛けている。
半裸状態の肉体は逞しい。
春先とは言え早朝は、まだまだ寒い。
だが、そんな事は気にならない様で、濡れ布にて身を清めていく。
汗を拭い終わり服を纏った頃、薄闇を駆逐するかの様に日が山間より覗く。
夜明けである。
ご来光を眺めつつ、自宅へと戻るダリル。
帰り着くと炊事の煙りが立ち上っていた。
戸口は開いており、家内は適度に賑やか。
大人組は起き出している様である。
子供組は、まだ夢の中なのだろう。
戦争の様な騒がしさは無い。
「ただいま」
そう告げて、戸口を潜る。
「おぅ。
はよぅ。
今朝も稽古か?」
「ああ。
これが商売の種だから。
欠かせないさ」
そうダリルが返した相手はダリルの父である。
穏やかな気の良い農夫。
この辺りの農民は徴兵される事もない。
故に農具を扱うのみで武器を持った事も無い男だ。
そう言う意味では、長男と次男も武器は持った事など無い。
ダリルが家では特別だと言えよう。
「おぅ、ダリル!
帰ったかっ!
昨日は土産の肉、ありがとなっ!
有り難く頂戴したぞっ!」
長男がダリルに気付き告げる。
何ともデカい声だ。
声もデカいが体もデカい。
村相撲の横綱である。
気は良いのだが…
寝ていた子供組が大声で起こされグズり始める。
「相変わらず、兄貴は…」
呆れる、ダリル。
だが、そんな事は日常茶飯事な訳で…
「はいはい。
たったと食っちまいな。
片付かないからねっ!」
母と妹達からパン粥が入った木の椀を押し付けられる、男衆。
少し大振りの椀には出汁で溶けたパンが具材と絡んでいる。
嬉しい事に肉入りである。
昨日に子供達が採ってきた山菜や小魚なども入っている様である。
ダリルも押し付けられる様に受け取り、木匙で掻き込む様に口へ。
朝のこの時間は慌ただしいのは仕方ないが…
実に忙しない。
まぁ、何時もの日常であるが。
素早く腹へと収める。
「うめぇ!
昨日の汁の残りだな、こりゃっ!
母ちゃん。
もう一杯!」
「あ、兄貴ズリいっ!!
母ちゃん、オイラもっ!」
長男と次男が、空かさず告げるが…
「馬鹿をお言いでないよっ!
そんなにある訳無かろうにっ。
何を言ってんのかねぇ。
そんな事を言って無いで、サッサと野良仕事へ出掛けなっ!
父ちゃんは、もう行ってんだかんねっ!」
軽く一蹴。
その間にもガキ共が母親達に群がっている。
そんな子供達にパン粥を木の椀へ注いで渡している。
まさに戦場状態と言えよう。
一通り配り、母と妹達が漸く食事へと。
男衆と子供達が食い散らかした残りを、ぼそぼそと食す。
そんな母達へ。
「昨夜の残りだ。
良かったらな」
ダリルは告げ、宿で木皮へ包んで貰って持ち帰っていた兎の丸焼きの残りを渡す。
「良いのかい?」
顔が笑っている。
嬉しそうだ。
「ああ。
俺は出掛けて来るから」
そう言い残し家を出る。
今日の予定は別に無かったのだが、師匠に訪ねて来る様に言われている。
(見当が付かんな)
訝しく思いながら歩みを進めるダリルであった。