狩り人01
キリキリと引き絞られる弦。
気配を消し去り風下の草陰に身を潜めた狩人。
その弓よりビョウとばかりに放たれる矢。
残雪残る地を餌を求め現れた白狐に目掛け矢が迫り突き立った。
【ギャワン】
思わず悲鳴を上げる白狐。
それに容赦なく続けて放たれる矢が2本。
1の矢は脇腹へ。
2の矢は足を掠めて地に刺さる。
そして3の矢が白狐の首へと吸い込まれた。
引き絞った右手に保持した予備矢を次々に放った狩人の技である。
矢を放ち終えた狩人は、放ち終えると直ちに立ち上がり白狐へと迫る。
そして腰帯に下げた鞘よりナイフを引き抜き、矢傷にて動けなくなった白狐に止めを。
「今日の猟果は、なかなかのモノだったな」
満足気に呟く狩人。
長身の鍛えられた肉体を持つ狩人である。
落ち着いた雰囲気を纏う男で一見大人びた態度が貫禄を印象付ける。
人々に初見で与える印象では青年。
いや、ベテランの狩人と思わせるであろう。
彼の名はダリル。
今年で16になる少年だと言うから驚きである。
彼は朝早くから山奥へと分け入っていた。
春先の今は溶けぬ雪が動きを阻害する季節。
寒さも緩み厳冬期より遥かに雪深さも衰えたとは言え、なかなかに過酷な環境と言えよう。
ただ、この季節に狩れる獲物は価値が高い。
保護色と言うのだろうか。
雪に身を潜ませるためか、毛や羽を純白に染め上げたような獲物が獲られるのだ。今日、彼が上げた成果は白狐が1匹、雪兎が3羽、雷鳥5羽、オコジョ2匹である。
なかなかの成果と言えよう。
狐とオコジョの肉は固く少々臭みが強い。
故に売り物としては適さないと言えよう。
故に毛皮がメインとなる。
だが破棄する訳では無い。
貴重な蛋白源でもあるからだ。
先に狩った獲物の血抜きは既に済ませてある。
ダリルは狩った白狐の後ろ脚を縄で結わえ木へと吊す。
そして切り裂いた首より血を流し血抜きを行うのだった。
血抜きを終えた後に移動。
狩人の拠点としている穴蔵へと向かう。
此処は暖かい季節に見付け、狩りの拠点として整備した壁穴である。
崖に浅く空いた穴に住んでいた山猫を狩った後に拠点と決めた物だ。
彼自身で穴を少々拡張し、奥行きを広げてある。
そこは木枝を縄で結わえ作った戸板にて入り口を塞いでいる。
その粗末な戸板に被さる雪を除け、穴蔵へと入るダリル。
「さて、もう一仕事か」
気合いを入れる様に呟き作業を始める。
まずは火だ。
穴蔵に積んでおいた薪を軽く石を組んで作った囲炉裏へと。
積もった灰を掻き浅い窪みを作り、その窪みを潰さぬ様に組む。
窪みには枯れ草が入れられており、それに火口箱より取り出した火打ち石にて種火を起こし着火。
穴蔵へ暖を取る為の火が灯された。
「ふぅ」
思わず声が出る。
春先とは言え、まだまだ寒い季節。
特に山中ともなれば冷え込みキツい。
だが、この時期でないと得られない獲物も多い為、狩り人が山へと分け入る事も多い。
普通は単独にて赴く事は少ないのだが…
どうやらダリルは1人にて狩りを行っている様である。
暫し暖を取り、冷え切った身体を暖める。
そして穴蔵が暖まると邪魔な防寒具を取り去る。
身軽になったダリルは、時間が経ち少々硬直化し始めている獲物を捌き始めるのだった。
獲物の皮を剥ぎ、臓物を取り去る。
臓物は雪へと埋める。
後で処理する為だ。
臓物は痛み易く売り物としては適さない。
だが滋味深く栄養価は高い。
ただ食すには面倒な下処理が必要となるが…
これを食すのは、狩った者の特権と言えよう。
雷鳥から毟った羽根を袋へと。
この羽も良い値で売れる。
故に粗末には扱えない。
一旦全て同じ袋へと。
後で羽毛と羽根とで分けるが、今は解体を優先させる。
さて、皮と臓物を取り出した兎だが、骨と肉へと分けていく。
肉は売り物にする為、此方は食さない。
後で燻して日持ちし易くする。
コレは雷鳥も同様である。
ただ、羽根を毟った残滓を火で炙り焼き切る作業は行うが…
狐とオコジョの肉も同様に処置する。
但し、此方は売り物にはならない。
なのでダリルが食すか家族への土産となるのである。
一通り解体が済み、皮を軽く鞣す事に。
皮から脂を刮ぎ落とし、草と木の皮から煮出した液を塗り付ける。
本格的な鞣し作業は専門業者が行う為、これは一時的な繋ぎ作業に過ぎないのだが…
その作業を終えると次は臓物の下処理である。
雪を鍋に入れ火へ。
溶かし得た水を使用して臓物を清める。
そして清めた内臓を切り分けて鍋へ。
乾燥させた野草やハーブ、固い黒パンも鍋へと。
固いパンも煮え湯にて煮込むと柔らかく溶け出すものなのだ。
パン粥である。
更にコレへ塩を加える。
塩だが…
山向こうの塩湖の畔に出来る塩溜まりへと、暖かい季節に取りに行き得た物だ。
これは売りには出せない。
領主が管理している塩湖より拝借した品だからである。
とは言え広い湖畔を全て随時見張る訳にもいかず、地元の者は皆が隠れて得ている状態となっていた。
流石に売りに出せばバレるし、捕まれば重罪である。
無論、地元民もそれは承知しており、各々が使用するのみであるが。
さて、鍋も煮えた様である。
雪に埋めておいた昨日の残りを掘り出し、雪を除ける。
凍ったそれを新たな鍋へと。
この継ぎ足し煮込む事で味が濃くなる。
冬ならではの食し方である。
内臓は部位により食感が異なる。
コリコリとした歯触り、クニュクニュとした歯触りなど、実に様々である。
そして煮込んだ部位、しかも凍った後で再度煮込まれた部位の食感は、また変わるもので…
それらが混ざり合う事で旨味も変わると言うものなのである。
(うむ、矢張り内臓は、煮込む程に旨味が増すな)
その様に思いながら、1人椀へとパン粥を取り分ける。
そして満足気に食すダリルであった。