異変
社会人になり、三年が過ぎた。
切磋琢磨に働く俺のメールフォームに一通のメールが届いた。宛先は「Pixie」。
Pixieに登録していない俺は、メールを開かずただゴミ箱にマウスで持って行く。
勧誘なら間に合ってますよ。
俺は、デスクの前で「ふぅ」と鼻を鳴らした。そして、珈琲をゴクリと一口喉を通す。
目線は、仕事の片方で開いていた昔のエデンを取り戻せチャットサイト。名前はアレだが、個人で作ったサイトに皆がチャットをしているだけのちゃっちいやっぱりアレなサイトだ。
しかし、なんとなくの物足りなさは三年たっても拭えないのは確かだった。いくら、問答無用で殺し合いが始まる酷いゲームであっても、互いに互いが力を競いあった好敵手がいて、仲間もいたのだから。
そんな時だった。サイトにある一言がカチャリと入る。
―「おい!カスピクシーからメールが来やがったぞ(ノ`Д´)ノ」
俺は、よくある勧誘メールだろ?
っと、打とうとした。
しかし、直ぐに他のチャットが入る。
―「俺も来た。カスシーがメールしてくんな!」
―「私もきたぁ!なにこれ嫌がらせ(ペ∀゜)ヘ?」
―「あ?俺もだ」
―「なんだこれ?皆もですか?」
カチャリカチャリといくつも入るチャットに、俺はゆっくり珈琲カップをおいてサイトの画面を最大にする。
チャットに参加している人数は27人。
俺は、そのメールが来たと答えたチャットの数を数える。
……25。
さっきからチャットに参加していないのが1人。そして、チャットに答えてない俺。
少なくとも、26人にはメールが来ていた。
俺は、妙に背筋が寒かった。
―「少なくとも、ここにいる奴ほぼ全員かよ!恐ッ(゜□゜;)www」
―「誰かこのクソメールを開ける勇者はいないのか(`∀´)w?」
―「残念だが、とっくに削除した(*´艸`)」
―「スマソ!俺もだ!」
―「∑(゜□゜;)」
―「www」
そんな愉快なチャットを眺めながら俺は、……気持ち悪いこともあるんだな。っと呟いた。
俺は、また画面を最小化にして仕事に戻る。カタカタと動かす指。貧乏会社の経理に回った俺は、処理落ちもザラにある旧式のパソコンを指で叩いていた。基本具合悪いパソコンを前に俺は舌を打った。キーボードでさえ今は宙に映し出された光を叩けば伝わるくらいのハイテクな世の中なのに。
―ブッ。
舌を打ったことに対しての腹いせなのか、ただ、年寄りだからなのか。俺にとって悪魔の様な音と共にパソコンは画面を暗黒化する。
「…あぁ。マヂかよ」
一瞬急上昇した怒りが直ぐに脱力に変わる。そして、時計を眺めて泣きそうになる自分を必死で堪える。
―残業だけはイヤだ。―残業だけはイヤだ。
心に一つの単語を連呼した。しかし、終わる気がしない今日分の仕事。更にパソコンの立ち上がりが遅いことで、脱力から諦めと怒りがまた芽生え始める。そんな脱力の最高潮の瞬間だった。俺はあることに気がついた。周りの人のパソコンも落ちて真っ暗になっている。
「あぁ!マヂかよ?」
「うわ!1日分の……仕事が…」
ドヨドヨとする社内に、俺は困惑した。今まで全てのパソコンが同時に落ちることはさすがになかった。そして、携帯を開く。
―電波が入らない?
今の時代、電波が入らないってことは磁場が狂ってるか、大概携帯が破損しているかしかない。他に考えられても電波を遮られたとか電波ジャック。いや、携帯の電波でそんなことありえないだろ。最近新しくしたばかり携帯を見て俺は、心臓が鳴った。無駄に心の不安だけが拭えないでいる。
「おい?斬れ目?」
そう呼ばれた先を見る。先には会社の専務が作業着をダボダボに着込んでタバコを加えている。
「はい?」
斬れ目ってのは俺のあだ名だ。眼鏡をしてるせいか、目を細めるクセがある俺を会社の人達はそう呼んだ。
「こりゃぁ、どう言うことだ?パソコンが全く動かないときてる」
「……正直、俺に聞かれても困るんですが…もしかするとただ古いだけってわけでもなさそうですね?」
「つまりどゆことだ?」
「この会社のパソコンはサーバーが一緒ってわけじゃないんで、同時間に同時に落ちるってのは…」
「考えにくい…か。……おい、冬川!テレビつけてみろ」
冬川と呼ばれた先輩はテレビの電源を押すが全く反応がない。古いテレビだ。しかし、映らなかった所は一度も観たことがない。専務がテレビを叩いたが、それでも反応は欠片もない。このテレビの二世代前は叩けば映ることもあったと言うが…。今、最新の四世代も前の代物なんか今じゃ骨董品屋ですらも扱ってないだろうな。
「どうなってやがんだ?」
「……携帯も圏外?」
―「えぇ、ただいま回線が…あ…」
皆のどよめき。その中で、ノイズの走った声がテレビから音を流した。しばらくして、テレビが映るがまた砂嵐の様に白黒の画面がながれる。そして、また映る。それを何度か繰り返してプツンと音を立てて映像が映った。テレビの先にアナウンサーが映り、その後ろをスタッフがバタバタと走り回っている。
「なんだ?どうなってんだ?」
―「はい。回線が復旧したようなので、臨時中継をお送りします。えぇ、今し方起きた電波、ネットワークの切断により世界中の電子機器に異常がきたしております。なお、原因は今の所全くの不明で、死傷者の報告は今現在ない様なのですがこれから増えると予想されます………」
混乱したアナウンサー達。
なにがなんだか解らない自分達。
少なくとも世界中にネットが繋がり電波で動く世の中。
全てが今、混乱しているだろう。パソコンが復旧して立ち上がり、俺はテレビに食いつく専務達の背中を眺めて何気なくチャットを開く。なんでそのサイトを開いたのかも、なぜそのサイトを開いてホッとしたのかも、その時の俺は自分自身に疑問すらわかなかった。
ただ、そこにいた27人。
名前は、そのまま10分前の人達だった。
―「いやいや、マヂ勘弁∑(´Д`;)」
―「今のなんなん?携帯すら通じんかったんだが」
―「ってか、WNなにしてんだよ」
WNとはワールドネットワーク管理株式会社の略で、世界中のインターネット回線を束ね、管理する会社である。しかし、世界中が回線落ちするのは有り得ないはずだった。
それぞれを地区ごと、市、町、村、それぞれに拠点をおくWN。もちろん外国でもそう作られた大会社。その拠点は、地区ごと市町村ごとに束ねられたネットを受信するアンテナだ。地区ごとの拠点は、地区ごとにネットワークを管理すると言うことだ。しかし、一つの地区になにかあっても直ぐ隣の地区から拾える。全てが一度に、更に世界中でと言うことはまず有り得ない。
―「ってか、消したメールもっかい来てるんだが?」
―「カスシーしつけぇ」
―「ッマジだ。ウチんとこもきてるよ(;゜△゜)」
―「あえ?俺もだ」
―「何度もメールしてくんなキモイな」
俺は、幾人かのチャットが流れるパソコン画面をみて直ぐにメールフォームを開く。
気がかりでしかたなかったんだ。
テレビ回線まで落ちて、世界中が混乱している今の状態。
まずなにより、ネット回線断絶された状態でのメール送信。
カチカチとメールボックスの中に、ズラリッとメール。
それ全てがPixieからの招待状メールだった。全、54件。呆気にとられた俺。一件一件の差出人が違うのがまた気掛かりだが…。
ズラリッと並んだメールの中に、引っ掛かった名前。
――Garnet・Akuro――
どす黒い赤と黒の装備で固め、当時最強と謳われた漆黒の女PC、ガーネット・アクロ。主に魔法を使った格闘にたけたグラップラーウィッチである。昔のエデン時代の最強の名を受けた一人。
そして、俺の友にして、主。
――アクロ?
すぐに開いたメールの内容はいたってシンプルな一言だった。
―タスケテ
少なからずその言葉に俺は動揺していた。
「おい!斬れ目?」
トンと肩を叩いた専務にピクリと振り返る。
驚いた俺の顔に、焦ったように専務は続ける。
「なんだ?小便でも漏らしそうな焦った顔しやがって」
なんと下品な言葉が似合わないイケメン専務なのか。そんなことを考えるられるくらい、どこか冷静さをもった俺は、きっと引きつった顔をしてるんだろう。
俺はすかさずメールボックスを最小化する。
「なんだ?どうかしたのか?」
「…いえ、なんでも」
「…ふん。まぁ、いいが…お前はいつもそうやって自分を隠してる。別に無理して心をひらけとも悩みを言えとは言わないが…たまには頼ってくれて構わないんだぞ?」
「…はい」
「じゃぁ、その辺も込みで飲み行くぞ」
「いえ、それはお断りします」
「まったく、お前は…ちょっと付き合いってもんを知った方がいいぞ?」
「今日は、先約がいるんです。すいません」
先約と言ってもいつも飲みには行かないんだが…どうしても今のメールが気になる。
「まぁ、いぃが。とりあえず今日は上がりだ。大停電のせいで機器類も動かないし、サーバーも不安定で完全に復帰出来ないみたいだしな」
専務が軽々しくそう言った日。
会社は定時よりも幾分早く終わった。ぞろぞろと皆が帰って行くのを俺はパソコンの前で眺めていた。
今の世の中、ネットと言うのは世界中の人達に共通して生活の一部なっている。例えば、レシピを配信する電子レンジや冷蔵庫。携帯から家のお風呂を沸かすメール送受信。カーナビはもちろん、車の交通なども電波などで事故や渋滞がないように制御されている。他にも、部屋自体がパソコンの役割をしていて、指定された人間が部屋に入ると電子家具などが映し出されたり電子本棚をもつことが出来たりする今、本は大体配信された物を携帯の機能として入っているマイクロプロジェクターで宙に投影して読んだりする。携帯電話にも種類や形態が色々と増えた。時計型の腕につける携帯、イヤホン型の携帯、メガネ型の携帯などだ。体外は皆タッチ式の携帯が主流だが、沢山の携帯電話が増えている。自分の身体についての情報が送られてきたりするなどのネット機能も生活からは欠かせないものとなっていた。
そんな電波、ネットワークの切断。それが起きて外は大丈夫なのか?危険じゃないのか?簡単に帰宅するなど軽薄すぎるのではないか?外に出て行く会社員達を見て俺はそう思っていた。
そして、今だに不思議だった。この世界のネットワークは一つのスーパーコンピューターと12の鍵で守られている。
WN…ワールドネットワーク管理株式会社が設立された時それに加盟するネット会社もいたが、しなかった会社もあった。その時に浮上した問題が、一つにしてしまったネットワークがある事故で消失してしまったら大変な大事故になるのではないか?と言う問題だ。しかし、それを起こさせない為にとWNが提示した計画は、データ上に生みだした人口知能AI・マザーを世界中のネット管理を、させているスーパーコンピューターOdinに導入する事をだった。
マザーは、あらゆる情報を取り込み成長する人工知能AIで、ハッキングや事故などを起こさないよう管理させる事の為に開発されたAIで、Odinと合わせたそのスーパーコンピューターは、今後数百年は生まれないだろうとされていた。
ネットワークを管理する父神母神とまで呼ばれたスーパーコンピューターと人口知能AI。
更に、成長したマザーから生み出された分身12個を世界中に設置していて、その分身はマザーの膨大な情報のバックアップとロックシステムをサポートしている。
それ等のシステムにはそれぞれ天使の名前がついていて、母を守る子の様に破られることのない鉄壁とされる。
非の打ち所がないとは良く言ったものだ。
…そして、これらを全て落とす?
俺の中で、今までの話からしても絶対あり得ないだろうと言う常識を覆す現実が起きている。ただの事故にしてはおかしい。ただ、ひたすら考え込む何も出来ない一般人の俺。誰もいない社内で、メールフォームを開く。
何通もきていたメールボックスは倍の数になっていた。言葉を失っている俺は横目でチャットをみる。
27人いた参加者は2人になっている。
俺と、チャットに参加していなかった1人。沈黙を保っている相手に、俺も沈黙している。チャットの履歴を眺める。
―「ちょっ、なんか昔の馴染みからのメールなんだけど!?」
―「ウチもだぁ…なんか、文に悲痛な一言が(=_=;)」
―「俺んとこもだ。これはPixieに入ってしまった助けてー!!かな(゜∀゜)?」
―「いや、皆に来てるっておかしくない?」
―「せっかくだし、ちょっとエデンみてくるわ~~(m´Д`)m」
―「おっ!勇者様!」
―「じゃぁ、私も~(*´艸`)久しぶりに会いたい友達だしね」
そういった内容が全て。結局沈黙の俺達以外はPixieエデンに行っちまったわけか。
フンッと息をついて、椅子に寄りかかり、冷たくなったコーヒーを口に運ぶ。
気持ち悪ぃな。と思う反面、何だかんだエデンのアカウントを持っている奴等に、何だかんだ好きなんだなと画面越しに微笑んだ。
そんな時だった。
ピコンとチャットが俺を呼んだ。
沈黙を保っていたもう一人のチャット参加者だった。
―「アナタは、行かないの?」
カタカタと指を鳴らす。
―「アンタこそ行かないのか?」
―「私は行けないの。囚われているから」
痛い奴だ。
訳の分からんことを言い始めた。
こういう奴は基本的にシカトするのが一番だったりするんだが、あいにく今チャットには俺達だけと言う状況だしな。答えないわけにはいかない。
―「因みに、どこで、誰に囚われているんだ?」
どうせ、小学生や中学生が親にゲームを禁止されているとかその程度だろう。
―「楽園で妖精に」
楽園で…妖精に…?
―「バカにしてるのか?」
―「例え、アナタに私が頭のおかしい者に思われたとしても構わない。ただ真実を述べているだけに過ぎないし、もとより信じてもらう気もない」
……相手をしようとした俺がバカだったみたいだな。
チャットを打ち切ろうとした時、直ぐに続きのチャットが打たれた。
―「だけど、助けてほしい」
マウスでウィンドウを閉じようとした手が止まる。
…またこの言葉だった。
…助けて。
―「今日俺のメールフォームに100件以上の助けを乞うメールが来ている。古くからの友人からのメールもあるし、正直悪戯だとも思えない。匿名希望さん?アンタになにか関係があるのかい?」
異様な緊張感があった。パソコン越しに、威圧されている気もする。
チャットを考えて打っているのか、ただ話しずらくて沈黙しているのかは判らないが、しばらく俺はパソコンを睨みつける様に返事を待っていた。冷めたコーヒーを啜り、メールフォームをまた半画面で開く。また更に10件のメールが増えている。その中に、見覚えのある名前がまたあった。
―Suzu
……!!??
―「質問に答える前に、私から質問。アナタには今、どれだけの期待とどれだけの国や人間の命がかかっているかわかる?」
どれだけの命。なにを言ってるのか俺にはわからない。それよりも、メールが届くのが増えていく中でその差出人達の名前が知っていることに動揺していた。
―「もしも、世界の運命がアナタか他56人の誰かに委ねられてはいると言ったらアナタはどうする?」
―「そしたら俺は、他56人の誰かに運命とやらを委ねるね」
…鈴蘭…ブルガリ…ベル…Jin…カルシウム…ANON…ヤミラ…カノンノ…雲ークラウドー…
―「ダメね。今、56から22人まで減った。」
…AO…FOX…むっつり…男爵…れもん…佐々木さん家…3…甘えん坊将軍…アクア…ヴァニ…
―「…10」
…空き缶…百合…ココア…ひろみ…ゆうたん…
―「残り、5」
―「この意味、わかる?」
動悸が早くなる。計25人。そして、未だに来続けるメール。意味がわからない程、俺はバカじゃない。さっきまでチャットしていた参加者達からのメールだ。
―「おい、悪戯にしちゃやりすぎじゃねぇのか!?」
―「疑り深いのは良いことだと思う。だけど、私がしてるんじゃない。ここを飛び出した人間達は自分でアナタにSOSを出している」
―「じゃぁ、なにか?お前みたいに楽園とやらに閉じ込められてるとでも言うのか?それで助けを求めてるとでも?」
こんなふざけた悪戯しやがって!悪趣味すぎる!
―「そう。アナタに来てるメールは昔のエデンでアナタに関わった者達のモノ。それは、微かな繋がりであっても彼等はアナタを頼るしかないから」
俺は、パソコンを落とした。繋がり。そんな言葉になんの意味もない。そんな目に見えないようなモノに俺は揺れはしない。
帰り支度をして、すぐに会社をでる。モヤモヤとする気持ち悪い感情を抱えて。
「くそ。ほんの数時間前はただの会社員。今は運命を委ねられた勇者?ハッ!!!!バッカじゃねぇの?」
丘の上に作られた工業団地から、街を眺める。ここからじゃわからないが、きっと渋滞やら電車の運行の乱れが酷いことになっているだろう。それを思うとただ鼻で笑いたくなる。
俺は、会社からすぐ近くの安アパートに暮らしている。自転車で毎日通勤だ。
毎日毎日、同じ道を通勤して、帰り道には毎日同じコンビニでビールを買って帰る。休みの日は部屋で1日寝ている。そんな詰まらない毎日をただなぞるだけ。それに気付いて、俺は機械の様だなと自分に幻滅した。
別にやりたいことがあったわけじゃない。別に夢があったわけじゃない。好きな子がいなかったわけじゃない。別に貧乏な暮らしだったわけじゃない。別に死にたいって思ったこともない。
ただ、それに気付いてしまった。なんだか、詰まらなくなってしまった。毎日が同じ事の繰り返しをしている自分や他人がバカみたいに思えた。
「あざましたぁ」
そしてまた、俺はコンビニでビールを買って帰る。バイトの、やる気のないありがとうございましたが自動ドアの先に閉じ込められる。どうしたら、ありがとうございましたがあんな言葉になってしまうのか、不思議でしょうが無い。俺は、片手にビールを持って自転車を押した。
ゴクゴクッと飲むビールに俺は、プハァとは言わない。ただ息をフゥと深くつく。あんなオヤジくさいことはしない。
いつもと同じ安いビール。変わらない味。変わらない道。
「なんで、人は生きたいのだろうか?」
素朴な疑問を胸に、俺は自分の小さなアパートを眺めた。自転車に鍵をつけて、部屋の鍵を開ける。なにもない部屋。あるのは布団とテレビと朝出し忘れたゴミ袋。後は、ゲームと本棚。
「ただいま」
小さくこぼした言葉に応える言葉はない。変わりに、ニャーと出迎える三毛猫。
「ただいま、守里。直ぐにご飯にするな」
皿に缶詰めとキャットフードを混ぜてあげる。守里は、俺の家族であり親友。足にまとわりつく守里を撫でてやると俺も出してあるコタツに腰を下ろす。そして、壁にかけてあるテレビをつけて、同時にパソコンを起動するともう一本のビールをあける。
一緒に買ったカラシマヨポテチを開けて、守里を見るとクアーと口を開けて舌をペロペロさせている。
「うまかったか?」
その問いに、守里は応えない。猫なのだから当たり前だ。しかし、その変わりトコトコと膝の上にきてまるまった。
「食ってすぐに寝るとブタになるぞ」
独り言に近い言葉を守里に投げかける。きっと、毎日ビール呑んでる君の方がブタに近いよ?とでも言いたくなるんだろう。俺は、グビッとビールを口に含んでテレビを見た。
特に面白くもないテレビを眺めているとニュース速報が入る。
―「えぇ、先ほどあったネットワーク回線の断絶、携帯電話などの電波の断絶の被害は世界規模で何十億件とのぼります。それにより、死亡事故などは一億件を超えました。これから更に増えることが予想されますが、その中で、百万人近い人間がゲームをしていて意識不明の重体になりました。中には、お年寄りもその中にいて、亡くなられた方もいるそうです」
ただ、固まった俺。世界規模の大事故なわけだから、それに対しては予想はついていた。
しかし、ゲームと言うのが俺に硬直させる。
「ゲー……ム?」
どう考えても、Pixieとエデンしか考えられなかった。昔、テレビの赤青黄色などの色彩が何度も素早く映像で流れ吐き気を訴えた子供達がいた。今、ヘッドギアをつけて直接ゲームの世界を見ることが出来る物が安く販売されていて、それに対応したゲームが幅広く出されている。 自宅のテレビゲームも、携帯ゲームも、ネットゲームもそうで、最近ではその種類の増えたヘッドギアに対応していない様では売れるわけがないとまで言われている。それをつけてプレイしたからと言うのも可能性としては0ではない。現に、その時にPixieでアバターインした人間達やエデンをプレイ中にその事故で光が見えてしまったと考えれば不思議ではない。
だが、あのメール内容や数と無関係とは考えられない。そして、Pixieを通してならネットワーク断絶中もメールを送受信出来た謎。
―「メールが届きました。開きますか?」
流れていく世界中の事故の映像をニュースは俺に見せ続けている。そんな中の半画面からメール着信の呼び掛けだった。
今、パソコンの管理もAIがしてくれている。パソコンメイドと呼ぶ奴らもいるらしいが、正式な名称はLOIDーロイドー。マザーの知識から作られた分身体で、成長し、自らで考える事や対話まで出来るAIだ。LOIDは、ある程度の管理・セキュリティ機能に対応していて、導入されると直ぐにパソコンの世話をしてくれる状態で人々の元に届けられる。
―「Pixieからのメールですがどうなさいますか?」
「……開けてくれ」
―「了解しました。Pixie内からのメールで、差出人はアクロ様からです」
…………。
沈黙の後、俺は「あぁ」っと静かに頷いた。
―「タスケテ。クロ、アナタノ力ガ必要デス。私ノ右腕…」
―「その後は、文字化けが酷くて読むことが出来ません」
「さっきのメールより長い!?おい、他にメールは来てないか?」
―「更に、二件来ています。一件は同じくPixie内から送信されたメールで差出人はノエル様です。内容としてはアクロ様よりも文字化けしていて読むことが出来ません。そして、もぅ一件はエデン様よりメールです」
「エデンって…ゲームのエデンのことか?読んでくれ」
―「…エデンチャットコマンドを開いて下さい。アナタにアバターを返します」
アバター?消された俺のアバターのことか?
「エデン、チャットコマンドを開いてくれ。ウィルスに注意してな」
俺はテレビを消して、全面をネットに繋げる。拡大された画面にネットのページを開いてるアイコンが流れた。緊張と不安が俺の手を汗ばませている。
―「ウィルスは探知されませんでした。エデン、チャットコマンドを開きます。ただいまの人数、一人です」
ログイン人数は俺一人。
からかわれた。
その程度で笑って誤魔化したかった。しかし、俺の思いは少しもかすらず、俺の考えは少しも外れていなかった。
―「やっぱり、来てくれた。信じていた」
匿名希望のそのチャット参加者は、ログインして直ぐ様チャットを打った。打たれた口振り、名前。予想通り数時間前にチャットしていた奴だ。
「いったいなんだってんだ?全部話せ!」
―「全部話せば、長くなってしまう。こんな公の場で話す時間はない」
―「ただ、アナタのアドレス経由でアナタがエデンのヘビーユーザーであった事を知った」
俺がキーを打つ前に淡々と出てくるチャットに、俺は文字を目で追うことしか出来ずにいた。
―「殺戮魔女の守護者・Dezi=Kuro。…アナタですね」
一拍おいてからチャット画面に出てきたのは、確かに俺がエデンで一緒に冒険…いや、冒険と呼ぶには生易しく血生臭いゲームを共にした自分の分身だった。
―「時間がない。アナタのアドレスに、でじクロを添付してメールします!」
―「メールにあるアドレスを通ってエデンにインしてください」
「意味がわからない!なんで、お前がでじクロを?いったい俺になにをさせようってんだ!!」
―「アナタは……ワタシタチ…ノ………希望………世界…ノ…救………済…者」
俺の呼び掛けには何一つ応えることなく、チャットは一文字づつ文字化けして打たれた。チャットと共に匿名希望の参加者はサイトからログアウトされ連絡はとれなくなった。
「あ?なんだってんだよ!!訳わかんねぇ」
誰もいなくなったそのサイトを消して、俺はビールを一気に飲み干す。勢いよくテーブルにおいた缶はカツンと乾いて響く音を、なにもない寂しい部屋に鳴らした。
「だいたいなんだ?今日の事件がエデンやPixieのせいだってのか?もしそうならなんで運営者はこれを口外しない?なんで誰もこれに気付かない?ちゃんちゃらおかしいだろ?」
ハーハーと息を荒げる俺から、守里は膝から降りて布団の上に丸まった。
――「もしかしてびびってる?コワい?」
拳をつくって息を荒げる俺の頭に響いた言葉が、拳に汗をかかせていた。
「チッ!!」
――「いつも人目を気にして、したいこともできない。自分に言い訳をして何もしない。そんなんじゃ、いつか大切なモノ全部無くしちゃうよ?」
「うるさい!」
――「無駄に考えてたって仕方ないでしょ?」
その声が頭に響き、それとは別にチャット画面からアナウンスが入る。
―「一通のメールが届きました。Pixieを通してのメールで、ゲームのキャラクターが添付されています。名前をDezi=Kuro。差出人は、エデン様です」
アナウンスと共に開かれた添付されていたでじクロは、紛れもなく共にエデンを暴れまわっていた自分だった。
自分に似せたつもりの細い目つき、こうありたいなと、言わば目標や夢にも近い感情をぶつけた黒髪に銀のメッシュと整った顔。
煌めく装備。黒に金の線が入ったジャケット、片方だけ伸びた腰帯、脚と腕は素早く動く為に素早さに特化したブーツと一撃を重くする為のガードアーム。
あの頃と変わらぬもう一人の自分を見て、感動よりも先に涙が目頭を熱くした。
「うるっせぇ!わかったよ!」
自分の中の声に怒鳴った。今起きていることへの怒りと言うよりは、自分の色々グダグダと考える性格に怒鳴った。
ガッシリと掴んだヘッドギアを睨みつけ、ゆっくりと頭に被せる。
「マナ・エーデルハイト」
―「はい」
「ヘッドギアにエデンのダウンロードを頼む。PCは添付されてきたDezi=Kuroで頼む」
―「かしこまりました。Dezi=Kuroのデータをヘッドギアにダウンロードしました。…続いて、エデンのゲームデータをヘッドギアにダウンロードしました。後武運を祈ります、マスター」
マナと呼んだ俺のLOIDは画面上で静かに礼をした。
それを確認してから俺はヘッドギアに音声確認をとる。
「The last of Paradise//R.W.2th.//、起動。PC名、Dezi=Kuro」
声紋が、ヘッドギアを通じてエデンを起動する。
ゆっくりコントローラーに手を伸ばしたその時だった、ログイン画面が不思議な光に包まれる。
「なんだ?なんだこれ!?」
「マスター?どういたしました?マスター?」
マナの声がヘッドギアを通じて聞こえる。しかし、その声すらも遠くなっていく。意識が遠のく中、マナの声だけが遠くに聞こえていた。